第81話 闘士選出大会 下位トーナメント

 振り下ろし、薙ぎ払い、突き。


 この3撃を1連として、隙を作らないように、流れるような動作で繰り出してくる。

 回避にすぐ移れるように、重心を残しながら振るわれる攻撃ながら、そのスピードは速く、体幹の強さを感じさせる。

 相手の剣に盾をぶつけて連撃を止めるも、すぐに間を取り直し、再び繰り返してくる。

 盾に感じた衝撃の強さと、剣を取り落とさずに攻撃に戻れる早さから、よく訓練されていることが分かる。


 相手の装備は、金属と革からなる全身揃いの軽鎧に、頭部を隠せるほどの金属製の小盾。

 手に持つ得物は長剣だが、刃は短め。一般的なショートソードだ。

 街中での戦闘を想定した兵士と思われる。


 対する此方は、金属製の全身鎧。フルプレートタイプではなく、短い金属板をリングで接いで、運動性と防御力の両立をはかった鎧だ。

 手には相手と同じく長剣と盾。

 とはいえ、剣こそ相手と同じくらいのショートソードだが、盾は上半身が隠れるほどの大きさ。先端に行くほど尖った逆三角形の、いわゆるカイトシールドだ。先端部は刺突にも対応出来るように鋭く鍛えられている。

 いずれもブルーノさん謹製の武具だ。


 カンカンと軽い音を立てながら、相手の連撃を受ける。

 このまま盾の影に隠れ続けて相手の体力が消耗するのを待ってもいいが、それでは一回戦のときと同じ様にブーイングを食らってしまう。

 一回戦、二回戦ともに、都市兵団に所属する兵士で、戦法は全くと言っていいほど同じだった。

 2人とも僕と同じくらいの年頃に見えたので、成人してすぐ入隊、訓練を1~2年続けたくらいだろうか。


 適当なところで、横薙ぎに盾を合わせ、吹き飛ばす。

 辛うじて剣を取り落とすことはなかったが、ぐるんと身体が振られたところに足払いを合わせる。

 仰向けに倒れたところに、剣を喉元へ突き付け試合終了。

 特に歓声が上がることもなく、舞台を後にした。



「お疲れさん。どうだった?」


 ラピスラズリで夕食を摂っていると、聞き慣れた声が訊ねてきた。


「オットーさん。どうもこうもないですね。新兵の訓練に付き合わされているだけですよ。明らかに期待外れです。兵団にドワーフの武器を導入したいというのも分かりますが、明らかにダメな連中まで参加させるのはどうかと…」


 その後も2試合消化し、昼を挟んで2試合ずつ。計4試合を消化したけれど、いずれも同じ3連撃を繰り返すのみ。

 盾で弾いてバランスを崩したところで、剣を突き付け終了。

 良くも悪くも均一化された戦法で、崩し方も全く同じだった。練度が上がればまた違うのかもしれないが、あの程度ではただのカモだ。


「そう言ってやんな。初めての大会なんだ。不手際も多いだろうし、あの様子じゃあ見る側からも苦情が出るさ。次回からはこの大会自体にも参加資格が設けられるだろうよ。コッチとしては稼がせて貰えるから、試合数が多い方がありがたいんだがな」


 席につき料理を頼むオットーさんは、見るからに上機嫌だった。


「賭博があるんですか?」


「おうよ。選別眼を養うためにも、こういう大会には付き物だぜ? ティーダに賭けときゃまぁ間違いはねぇから、助かってるぜ」


「選別眼関係なくないですか?」


「トモーを見初めた結果、ティーダたちに会えたんだから、選別眼は間違ってねぇよ。嫁探しには難儀してるがな。やっぱ背の低い女の方が好みに合うわ」


 運ばれてきた麦酒を煽り、チーズを肴に熱弁し始める。

 父は酒で釣ったと言っていたが、下手にツッコまない方が美味しく呑んでもらえるだろうと、相槌を打つのに終始した。



 翌日も同様に4試合を消化し、ラピスラズリで夕食を摂る。

 オットーさんは選出大会を観戦するドワーフたちと一緒に宿を取っていて、基本的に観戦なども同行している。

 乗ってきた馬車もオットーさんの宿に停め置いている。大会にあわせて宿泊費など、ドワーフたちが優遇されているためだ。

 オットーさんと常時一緒にいると、闘士として王選に出ることが決まっている人間が、大会を荒らしていると思われるかもしれないので、基本は別行動だ。

 夕食だけ別々に入店し、相席のかたちで情報交換をしている。

 オットーさんから一方的に、誰にいくら賭けていくら勝ったとかそんな話ばかりだが、オッズから前評判と番狂わせの有無くらいは分かる。

 互いに、酔っ払いとそれに絡まれている青年の体を上手く演じている。演じて…?



 三日目。

 選手数も絞られてきて、1日2試合になった。

 昼前の相手は、兵団内で情報交換があったのか、多少手強くはなったものの、振り下ろしの直前に盾を構え突進シールドバッシュし、怯んだところに剣を突き付けて終了。

 いくらか年配にも見えたが、只人と僕とでは基礎体力が違いすぎるようだった。


 2試合目の相手は、メイスを持った40代くらいの男。防具は共通品だから兵団所属の一人なのだろう。

 髭面はオットーさんたちドワーフで見慣れているし、ゼインさんも伸ばしている。

 ホーランが伸ばし始めたときには、不覚にも笑ってしまったが、最近では見栄えよくなってきている。見慣れたことによる補正かもしれない。

 相手のは明らかに無精髭で、あまり好感を抱けるものではなかった。

 そんな事を考えながら品定めしていると、雄叫びとともにメイスを振り回し始めた。

 観客たちもそれを見て歓声を上げる。

 審判員の男は観客席にいる黒服の男とハンドサインで符号を交わしているため、試合開始の合図はまだだ。

 黒服の男はディーラーのようで、観客たちと金銭のやり取りをしているようだった。賭を取り仕切っている最中なのだろう。

 程なく男たちが頷き合い、開始の合図が告げられた。


 再び雄叫びを上げ、頭上でメイスを回転させる相手に対し、パフォーマンスが終わるまで待ってやる。


「さぁ! かかってこいッ!!」


 え? コッチから行くの?


 相手はメイスを回転させ続けるまま、此方の攻撃を誘ってきた。

 それならそうでやり方はいくらでもある。

 サッと後ろに回り込み、前蹴りで膝裏を蹴飛ばしてやる。


「ぐぬわぁ!?」


 重量武器を頭上で回している分、咄嗟の方向転換は出来ない。

 メイスの回転で生じる荷重移動を吸収し、バランスを崩さないようにしている膝関節を蹴飛ばせば、呆気なく倒れてくれる。

 顔面から地面に突っ伏し、むさ苦しい顔を真っ赤にして起き上がった。


「ぬふー、やるな! 次はこちらから行くぞ!」


 鼻息荒く、メイスを腰溜めに構え直す男。

 振りかぶりながら突進し、メイスを横薙ぎに払おうとしてくるが、出だしを見据えて握り手を狙って盾をぶつける。

 呆気なく手放し、勢いそのままに飛んでいくメイスは、審判員の足元に突き刺さった。審判員の位置取りも甘い。

 焦って拾いに行って構え直すが、待ってやる必然性はない。リィナママは怒るかもしれない。


「うおおぉぉ!」


 流石に背中を斬りつけることはしたくないので、不本意ながら声を上げて接近する。

 相手が振り返ったタイミングでショートソードを振り下ろし、受けたメイスの柄を切り落とした。


 柄の短くなったメイスと切り離された石突きとで二刀流となった男は、我武者羅に振り回してくる。

 両手で支えていたメイスを片手で扱えているのは評価に値するが、それだけだ。

 先程と同じようにメイスの振りに合わせて盾をぶつけ、返す石突きはショートソードの腹で叩く。

 両手とも得物を取り落とし、がら空きになった胸、鎖骨の辺りを剣の柄尻で打ち、空いた顎に爪先蹴りを見舞う。

 地を滑る相手を追い掛け、止まったところで顔に剣を突き付ける。

 駄目押しだったが、相手は既に意識を飛ばしていた。


「勝者、ティーダ!」


 審判員に勝ちを告げられ、観客たちの悲鳴ともつかない歓声が上がった。


「明日の試合から隣の大闘技場だ。間違えないようにな」


「はい、ありがとうございます」


 舞台を降り、闘技場を後にする。

 オッズが良かったらしく、一財産レベルで稼いだオットーさんに夕飯をご馳走になった。

 出場給と賞金は出るものの、八百長防止のため闘士本人が賭けられないことに、強く不公平を感じた夜だった。

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