第78話 53万
帆柱を2本持つ中型船の処女航海は、外洋の離島──アニスの島へ向けてだった。
船の設計を学んでいるドワーフのハンスと、船大工をしている猿人のナイルが乗船し、使い勝手の確認を兼ねて、帆や舵の操作を手伝ってくれた。
山育ちのハンスは早々にリタイアしてしまったが、ナイルは漁師もしているため、風の掴まえ方が非常に上手かった。
船の扱いに長けたホーランも付いてきてくれた。
満身創痍なのは、奥さんにお灸を据えられたからだ。
畑仕事の合間に、アニスの島に猿人の子が多いことを話すと、何故か顔面蒼白になってしまった。
その様子を偶然見ていた奥さんと、急遽O・HA・NA・SHIタイムとなってしまったのだ。
数日経つが、【回復魔法】を禁止されており、此方も釘を刺されているため、完全に自然治癒任せだ。
獣人の高い回復力でも回復しきらないあたり、最初のダメージが大きかったと推測される。
実際、はじめの2、3日は姿が見えなかったし、組み手も欠席していた。ケガの更新は行われていないと信じたい。
アニスの島に着き、島民が迎え入れてくれる。
「1、2、3──。8人です、父さん」
「なかなかどうして、モテモテですね」
──スマン、ホーラン。
人数の確認も、愛され具合も報告するように仰せつかっているのだ。
ある種の人望があるとして、ホーランを移住させた方がいいのか迷う内容だ。奥さんの裁量次第だな。
ウェルマーチスからの移住希望者を降ろし、反対にウェルマーチスへの移住希望者を乗せる。
リリー、マリー親子にベルレーヌの3人が乗り込むが、他の4人の子とその親たちは移住を希望しなかった。
島に男手を残すためだというが、アニスを含め、偶には会いに来てほしいと頼まれてしまった。
男性が増えることで、羨ましく思える機会が増すことを懸念しているらしい。
母子が嫉妬しないで済むように、顔を出してやろうと思う。
処女航海を終え、移住者たちを送り届けたらとんぼ返りだ。
ホーランのことを悪く言えるのは奥方だけだ。
前回の訪問から期間がそれほど空いていないため、半島には寄らずそのままウェルマーチスに帰還した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
工房で新しい魔導具の開発に戻る。
とは言え、どういう風なものが作りたいか、どういう仕組みかをフィーネに伝え、その案をもとにフィーネが製図し、オットーが仕上げていくので、貢献度は低い。
本来ならフィーネが完成まで手掛けるのだが、しばらくは【身体強化】が使えないため、オットーへ委託している。
作りたいものは、【収納】を無効化する魔導具だ。
危険物・兵器の持ち込みを制限したり、所有者を殺害し、強引に所有権を奪って【収納】していく強盗・略奪者への対策だ。
結果的に魔法の使用を制限する効果になるだろう。
【収納】だけを狙って無効化することが難しいためだ。
魔法の発動は原則として任意で起こる。
当人が発動しようと思って、脳から魔核へ向けて信号が送られ、目的の行動に合うようにマナの流れが生まれていく。マナのパスの形成だ。
この脳からの信号、またはマナの流れを妨害してやれば、魔法の発動は抑えられる事になる。
脳に向けて微弱な電波を流して、脳波を乱してやる。
魔法を発動するための集中を妨害するのだ。
魔核から魔法発動に向けたマナの流れが生じているように、脳に誤認させることが出来ればなお良い。
動力源は無意識に身体を循環するマナの流れ──不随意流を利用する。
魔導具を動かす以上の不随意流は、一定以上になると体外へ放出するようにしておく。
短期間であれば、食事等で摂取されるマナで補填されるため特に問題とならないが、長期間装着し続けると、脳波への干渉と慢性的なマナ欠乏症で体調不良を起こす事になるだろう。
魔法が妨害されているため、【収納】の更新が出来ず、パスが切れた物からどんどん消失していくことになる。
運が良ければ泉に出現して、後で回収できるかもしれないが、検証は必要だろう。
マナを纏う量には個人差・種族差があるため、不随意流の放出量は装着前に調整出来るようにしておいた。
もし脳波をうまく妨害できずに、意識的に流れるマナ──随意流を検知した場合、電流・電圧が上がり、神経・脳を焼くようにした。
随意流と不随意流の区別を付けることはせずに、装着前に設定した放出量を超えるマナが流れたら、放電側の回路へ誘導する仕組みだ。
これにより【身体強化】による魔導具の破壊も防ぐ事が出来る。
肝心の装着場所は首。
脳と魔核の間にあり、魔核からのマナを放出するため、頭部がマナで守られることがない。
このため脳波の妨害がしやすく、いざという時にも無防備な脳を焼きやすい。
最終手段として、爆発して首を落とすことも出来る。
機能に制限をかけたり、装着する場所を変えることで、軽犯罪での逮捕・拘束に用いたりすることも出来るし、反対に機能を強めたり複数箇所で併用したりすることで、重犯罪者や人に害為す生き物の拘束に利用することも出来るだろう。
例えば手首や足首に装着して、随意流による強化放電流を、魔導具その物を強化し互いに引き合う電磁石のように変更すれば、魔法を使おうとすると両手首・両足首が互いにくっつき身動きが取れないように出来る。
それらを組み合わせ、試行錯誤を繰り返す。
自分を被験者にして試験するが、マナ流量が多過ぎて、何度回路を焼き切ったか分からない。
完成した魔導具は『拘束輪』と名付けた。
悪用すれば強制奴隷を仕立て上げる事が出来てしまうので、取扱いには注意が必要だ。
自らに装着されたときのことを考え、
また、不随意流の体外放出量を設定するために、相手のマナ量を可視化できる魔導具も製作した。
魔法視覚と虚視の応用で、相手のマナ量に応じて反応量が変化する体魔計ゲージだ。
これを目安にして、設定値を変更する。
マナの体循環量は得てして、【収納】の量や大きさ、延いては脅威度に繋がるため、入国時には必ず確認しておきたい項目だ。
あまり数値化しようとするとインフレしやすくなるんだろうな。強敵は少ない方が良い。
それにしても、魔導回路が電気図によく似ているのは何なのだろう。
直感的に分かるものだから助かってはいるが…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ティーダ、急に弟妹が増えてしまったのは私の不徳の致すところです。申し訳ありません」
「それはいいのです。父さん。これからも増えるのでしょう?」
「そう言われてしまうと、何も言えなくなってしまいます」
高台の南、かつて見張り小屋のあった場所。今は機能を失った方尖碑が灯台兼物見塔に姿を変え聳え立つ。
2人で物見台に上がり、規模を大きくしていく国を見ながら話をする。
「これまで息子は僕一人でした。それが突然6人も増えました。父さんと同じ黒髪黒眼の子が。それが、なんだか不安なのです」
「ドワーフ国へ出発するとき、貴方は『長兄として──』と言ってくれました。私にはそれが凄く嬉しかった。でも、それが貴方を悩ませるのであれば、気にする必要はありません」
「でも──」
「貴方は私の息子です。よくやってくれています。でもね、兄である前に、子どもなんです。もっと甘えてくれていいんですよ。──いずれ、黒髪黒眼ではない子も生まれてきます。これまでが異常なくらいです。その子たちが大きくなったとき、今の貴方と同じ様に感じてしまうかもしれません。そのときの辛さを分かって上げられるのは貴方だけです」
ティーダの方に手を置き、目を合わせる。
「今回連れ帰ったトールとジャスティの2人は、生まれた村の中で、周りと違うことに悩んできました。移住してきたことで、私とともに生活することで、いつかはその辛かったことも忘れてしまうでしょう。反対に貴方は、その辛さを抱えていくことになるかもしれません」
ティーダの茶色の瞳に涙が浮かんでいた。
「それはきっと、私の子でありたいと強く思うからこそ、感じる気持ちです。私にとってはそれが凄く嬉しい。何度でも言います。貴方は私の子です。私の子でいてくれてありがとう」
「──パパぁ」
大きくなった息子に胸を貸す。
少し前までは頭に手を置いていたと思いながら、そっと抱き締める。
久し振りに聞いた呼び方に、涙が溢れてしまった。
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