第77話 風穴は2つ

 外洋を回る。

 依然訪問した村々を再訪するためだ。


 獣人国が建国されたわけだが、特に体制は変わらない。

 見た目が明らかに異なることから、只人が混じればすぐに分かる。

 入国時の検査もさほど強化する必要はない。

 検査を簡便にするための魔導具も現在開発中だ。


 魔導具の話を除き、建国の報を伝えることと、可能であれば同盟関係か、併合から順化していく道を選んでもらうことを打診するためだ。

 断られたからといって、侵略するわけでもない。

 交易さえ断るようなら、後顧の憂いを断つために、逆に侵略してこないようO・HA・NA・SHIしておくだけだ。


 獣人国はマナの樹があるため、比較的マナの濃度が高い。

 このため、子どもの成長にはかなり気を遣うことになるが、元々のマナ耐性が高い獣人と“渡り人”の子にはその心配は適用されない。

 余所からの住人を受け入れる場合は、すでに成人しているか、獣人・“渡り人”いずれかの子である必要があり、新しく子どもを授かりたい場合には、少なくとも母親に擬似獣人化を施しているのが現状だ。

 移住者を募るにしても、障壁をいくつも超えなければならないのだ。


 併呑するにしても、海を挟んだ土地では、常駐する者を派遣せねば、即刻形骸化してしまうだろう。

 派遣をするにしても、あんな事があった後だ。

 ちゃんと実力の有る者を派遣せねばと、疑心暗鬼にもなる。


 ロリーナの歯の治療は完了したものの、ルーティの四肢は徐々に再生し、イーディスは魔法視覚の修得中だ。

 彼女たちのような者を生み出すわけにはいかない。

 勿論、此方が侵略者、加害者になることなど論外だ。


「父さん、見えてきました」


 ティーダの声に顔を上げると、最初の目的地が見えていた。

 ルーティ、イーディスの魂のカタチを取り戻し、維持するために考えたマナ鬼ごっこ。

 一緒に参加することでマナの操作が上達したティーダが、是非にと船の操作を買って出てくれた。

 楽が出来るのは申し分ないが、少し物悲しくもある。

 息子の成長を喜ぶべきなのだろうな。



 程なく目的の村に到着し、村人から歓迎を受けた。


「これは宗主様、ご無沙汰しております。この島からゴブリンどもを一掃して頂いた時以来ですかな? 御子たちも元気に育っておりますぞ」


「父さん、やっぱり──」


「ちょっと待って下さい。失礼ですが、ご婦人は一体? 子どもというのもよく分からないのですが…?」


 出迎えで先頭に立った老婆の言葉に、此方の心は波風どころか大嵐だ。ティーダの視線が早速痛い。


「これは失礼しました。この島で長をやっとります、アニスと申します。過日に宗主様を歓迎した長の娘ですぞ。御子というのは、そのときに女衆に授けて頂いた子たちのことですぞ」


 アニスの言葉で、人集りの中からルゥナによく似た子どもたちが姿を現す。

 皆、黒髪黒眼で、傍らにいる母親らしき人物が「あの人がお父様よ」と不穏なことを囁いている。否定の材料が乏しい。


「この子も含め、全部で6人います。ベルレーヌ、お父様にご挨拶を」


 アニスの後ろから、ベルレーヌと呼ばれた少女が顔を出す。例に漏れず、黒髪黒眼だ。


「はじめまして、お父様。ベルレーヌと申しまふ」


 はい、噛みまみた。

 目許が緩みそうになるが、ティーダの視線がそれを許さない。


「この子の母親が見あたりませんが?」


「ワシがベルレーヌの母親ですぞ。もうアガっとりますが、以前見えられたときはまだイケましたので。ワシを筆頭に、ゴブリンにやられて伴侶を亡くした者も含め、当時独身だった者は全員お相手して頂いております。その中で当たった者が6人というわけです。生娘じゃったリリーもマリーを授かり、母娘で宗主様の子を育てておりますぞ」


 リリーとマリーと思われる母娘が会釈する。


「島長を務める母、アニスに子を授けたので、宗主様と崇め奉るようになったのです」


 補足説明をありがとう。


「父さん、いえ、“宗主様・・・”。どうなされるおつもりで?」


 ティーダの目に影が差す。暗殺モードだ。答えを誤ると殺られる──。


「少年よ。ワシらは何も宗主様に迷惑を掛けようとは思っとらん。ゴブリンに男衆を殺され、島民も減った。数を増やさねば、島の営みは滞ってしまう。優れた男のタネで子を生したいと思うのは当然じゃろう? 現にお前さんらの村から来る漁師に、休憩所として使ってもらいながら、情を育んだ者もおる」


 よく見ると、チラホラ頭の上に耳のある子がいる。

 ぱっと見では只人との区別が付け難いが、漁に出ることの多い猿人の子が多いようだった。帰ったらホーランに訊いてみよう。


「宗主様、ワシらは挨拶をさせてもらって、御子たちの頭の一つでも撫でてもらえればそれで満足ですぞ」

「「宜しくお願いします」」



 子どもたちの頭を撫でてやり、希望する子は抱き上げてやる。

 ベルレーヌとマリー以外の4人は男の子で、ちゃんと男の子も生まれることが分かり、なぜか胸を撫で下ろしてしまった。

 ティーダは少し複雑そうな顔をしていた。



 アニスと獣人国の話をすると、恭順の意志を示してくれた。

 宗主様の国に従うのは順当だとおどけてみせたが、獣人の子も数多くいるので自ずとそうなると、理路整然と説明してみせた。島長も伊達ではない。

 島は漁の拠点にもなっているため、島民を全員移住させることは現実的ではないとされ、反対に、漁師以外にも積極的に島を訪れる者を増やしていくこととなった。

 行く行くは獣人の割合も増えることになり、事実上の併呑と言える。

 獣人国への移住を希望する者は、後日、建造中の中型船で再訪し連れ帰ることになった。

 そのときにこの島への移住希望者を募ることにもなる。少なからず謝罪する時間が確保された。



 夜は持参した酒や果実に農作物を振る舞い、道中でビリってきた魚を提供して捌いてもらった。

 ちょっとした宴になったが、ティーダの監視もあって、以前のようなことは起こっていない。

 タイミングを逃した結納の席のようになって、肩身が狭い思いをしたくらいだ。


 翌朝、いくらか土産を頂き、次の村へと出発した。



 次の村は半島を少し入ったところ。

 アニスの島からは北上したことになる。


 黒髪黒眼の子どもは2人で、いずれも男子。

 アニスの島で見た子たちとよく似ていた。

 母親たちに頼まれ、同じように抱き上げてやると、2人ともが大きな声で泣き出してしまった。

 父親がいないことと、髪と眼の色が違うからと、同世代の子からからかわれることが多かったらしい。

 ティーダはまたも複雑そうな顔をしていた。


 獣人の子はおらず、子どももいうほど多くはなかったが、男手は足りているようであった。

 地続きの内陸部に都市国家があり、そこから行商人が往復する中で、男性を連れてきてくれたのだそうだ。

 農業に理解のある商家の三男などは、実家の後を継げないからと、一旗揚げようと前向きにやってくるのだという。

 この村もゴブリンに荒らされた後で、男性が減っていたため嫁候補は多く、男性側もそう悪い気はしなかったのだろう。


 以前は方尖碑の調査のため此処まで来たが、漁の流れで訪れるには遠く、定期的な交易しか行われていなかったため、情を結ぶことがなかったのか獣人の子はいなかった。


 獣人国の話をすると、内陸部の都市国家に組み込まれているため、恭順は無理だが同盟関係を結び、今後も交易は継続することとなった。

 それくらいの独自性は保障されているとのことだ。


 国としての話を終えたところで、交易の話に移り、従来品の物々交換を済ませる。

 貨幣について訊ねたところ、中央のものとは異なる系譜だが、貨幣価値は共通していた。

 必要な物は足りているので、物々交換以上のやりとりは生じず、貨幣の世話になることはなかったが、こちらの大陸を旅することがあれば、将来的には世話になるかもしれない。


 すべての用件を終えても日はまだ高かったので、家路につこうかティーダと相談していると、先の男の子2人の母親たちに、家に来るようせがまれた。

 逼迫したものを感じたため、二つ返事で応じた。

 曰わく、息子たちのことを考え村を出たいらしく、とどのつまりは獣人国への移住希望だ。

 物々交換をしていた間に村長とも話をつけており、大まかな家財道具は残さなければならないものの、人頭については漁に出て亡くなったことにしてくれるらしい。

 漁村ならではの融通の利かせ方だ。

 べそをかいたままの息子たちを傍らに、涙ながらに語られては、断るわけにもいかなかった。


 夕食を軽く済ませ、必要なものを【収納】し、先に村を出発した。

 4人は日が落ちきるのを待ってから、なるべく村人に見つからないように出てくる。

 目撃者が多ければ、変に勘繰られたり、国へ密告されたりするリスクが増すため、それを避けての行動だ。


 海岸で4人を待つ間に、船に4人が乗れるように改造する。

 と言っても、舷外浮材アウトリガーとの間に足場板を渡すだけだ。

 幸いにして天候も荒れることなく、ウェルマーチスへ帰り着いた。

 荒れたのは帰り着いた後だった。

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