第76話 桜の花弁が落ちる速度で
鬼ヶ島──かつて人鬼が住処にしていたであろう沖合の孤島。
猫人のニアを連れ、亡き妹さんのものと思しき遺骨を【宝葬】して以来。6年振りとなる訪問だ。
あの日と同じように、太陽が西に沈みかけ、夕焼けが周囲を彩っている。
人鬼の寝床となっていた場所は以前に更地にしておいたため、現在は下草が伸び、ちょっとした草原になっていた。
なるべく草の生えていない、土が剥き出しになっている場所を選び、【土魔法】で掘り下げる。
人鬼を【収納】から取り出し、出来た穴の中に、横たえていく。
次いで防具の装甲部分と銃手甲の砲身と弾頭、娘たちのナイフに、試作・検証で作った物。鍛冶道具の数々のあと、最後に鬼人刀を置き、【宝葬】を放つ。
「いろいろ大変だったみたいですね」
「どうでしょうか。リィナさんも一緒でしたし、ミアたちは大人しくしていたと思いますよ? ちゃんと外の世界を見せてやれたかどうかは分かりませんけどね。最後がアレでしたから。偏見をもったりしていなければ良いのですが…。ニアの方こそ、村で大変ではありませんでしたか?」
背後から声を掛けてきたのはニアだ。
胡座をかいて青い炎を見つめる背中に、心地良い重さがのしかかってくる。
「かしまし娘が居ないおかげで、少し寂しくはあったかしら。ティーダちゃ、ティーダがよく手伝ってくれました。ふふ、最近あの子、ちゃん付けで呼ぶのを嫌がるんです。まだ7つにもなっていないのに。立派なお兄ちゃんになろうとしているんですよ」
「そうですか──。もしかしたら、私もティアナも、リィナさんも呼び捨てであの子を呼んでいますから、合わせて欲しかったのかもしれませんね。一人だけ他人行儀もおかしいでしょう? ニアママ?」
ハッとするニアに微笑んでみせる。ちゃんと笑えているだろうか。
「そっかー。アタシの方で壁を作っちゃってたのかな。子どもってやっぱり敏感なのね。今度時間が空いたら、ティーダと手合わせしてあげてね。凄い上達したんだから。身体もまた大きくなったし。アタシと目線の高さは同じくらいね。耳の形でちょっとだけ勝ってるわ!」
「ははは。それは楽しみです。ティーダへのお土産もまだ渡せていませんし、なるべく早めに時間を取りますよ。ニア、貴女との時間もあまり取って上げられませんでしたね。申し訳ありません」
首に絡みつかれながらも、頭を下げる。
「ううん、こうしてちゃんと2人の時間があるもの。彼女たちのことも放ってはおけないのでしょ? また家族が増えるのよね?」
頬ずりがくすぐったい。
「フィーネとその子どもは間違いないですね。あとはどうでしょうか?」
「うん。フィーネさんは初めて見たときに『ヤッパリ』って思ったから大丈夫よ。ティアナとも想定済みだったし。それだけじゃ収まらないのは間違いないわ。女の勘よ! ちゃんと全員愛してくれるのなら大丈夫よ。気にはなるけど仲良くするわ」
「善処します」
「ダァメ! ちゃんと約束して? アタシのココに、もう一度アナタのカタチを覚えさせて欲しいの! 次は男の子がいいなぁ。ティーダが寂しくないように、ちゃんと兄弟喧嘩が出来る子」
「産み分け出来るほど器用じゃありませんよ。現に女の子ばっかりですし」
「じゃあ、男の子が生まれるまで一杯愛して下さいね。アタシもしっかり産みますから!」
前に回ってきたニアと口付けを交わし、夜は更けていった。
翌朝、ニアが隣で眠る褥を抜けて、【宝葬】の跡を見に行く。
鬼人刀をはじめ、人鬼素材は灰となり、人鬼たちの魔玉が残るだけだった。
魔玉をすべて拾い集め、忘れ物がないかを確認し、穴を埋め直す。
この場で魔玉を埋葬し、供養するということも考えたが、途轍もない何かが生まれてしまったらどうしようかと、オカルトじみた不安が頭を過ったため、持ち帰ることにした。
解明できていないことに対して、無為に恐怖を抱くこともなければ、否定することもしない。
だが、怖いものは怖い。
科学が追い付いていないだけの可能性は否定できないし、『無』の証明は出来ない。
『有』の証明は見つけるだけで完了するが、『無』はそれが出来ないのだ。
路地裏の窓や交差点、明け方の街、旅先の店など、こんなとこにいるはずもないのにと、分かっていてもすべて探して、それでも証明が出来ないのだ。
恐怖のメカニズムも、感じ方も人それぞれだ。
個人差がある時点で、この感情は自分だけのもの。誰にも文句は言わせない。
怖いものは怖い。
ニアが目を覚ますのを待ち、村へと帰った。
ロリーナ、イーディス、ルーティ、メアリアンの治療を行い、工房へと顔を出す。
ブルーノが防潮扉を、ハンスが王城の設計を行い、フィーネが方尖碑の魔導防壁を組み込めないか、2人の作業に加わっていた。
櫛作りを終え、少々手持ちぶさたにしていたオットーを掴まえ、人鬼の魔玉を渡す。
「すごく…大きいです…」
人鬼魔玉を見たオットーの第一声がそれだった。よかったのか? ホイホイついてきて。
「人鬼の魔玉です。これに穴を開けて、糸を通して輪っかにして下さい。私の故郷で祈りのときに使う道具なんです」
「へぇ~、そうかい。石の方は磨くかい?そのまんまでも、いい味出そうだが」
魔玉に光を当てて品定めしながら、加工の方針を訊いてきた。
赤黒い魔玉は多少歪ながらも球体に近く、大きさも大小入り交じっていた。
【宝葬】の炎が青くても、魔玉では色が違うのだなと、今更ながらに気が付いた。
「そうですね。ぶつかり合ったときに傷付かないように、丸く磨いて下さい。大きさは揃えずに、適当に並べて下さい。大きい方が少ないようですから、小さいのが幾つか並んだ後に大きいのを挟んでまた小さいのをといったかんじで。あとは貴方のセンスに任せます」
幾つか魔玉を取り、見本で並べてみせる。
「石の並びは分かったが、飾りとか入れるか? 金属でも、貝や珊瑚でも合わせられるぞ?」
「人鬼の牙や角を残しておけば、それもよかったですが、一緒に燃やしてしまいました。紐飾りは出来ますか?」
「問題ねぇよ。色はどうする?」
「蜘蛛の糸のような透明感のある白がいいですね。房にして、一番大きな石に付けてもらえますか? 出来れば2つ」
「透明感は何処まで出来るかわかんねぇが、アラクネーの糸は在庫が有ったはずだ。高ぇぞ?」
「去年仕込んだ新作の生搾り原酒を残してくれているそうです」
「単位は?」
「樽で」
「乗った!」
固い握手を交わし、交渉を終えた。
対価をちゃんと要求してくる相手ほど、信頼できる者はいない。
夕方、バンドウッヅから連れ帰った者たちをはじめとする、移住者たちの住居を用意していたティーダが帰ってきたところを掴まえる。
「久し振りに手合わせしましょうか」
いつも組み手をする教会前の広場に場所を移し、【収納】から木剣を取り出して、軽く構えて見せる。
ティーダも木剣を取り出し、準備を整える。
此方は長鉈を象ったもの。
ティーダは短剣を両手に構える。
「成長した姿を見せて下さい」
「はい! 父さん」
「「お願いします」」
身を屈め、低い姿勢のまま向かってくるティーダに対し、此方も駆け出す。
タイミングを見計らい、木剣を下から振り上げる。
軽く身体を流したティーダの横を木剣が通り過ぎる。
身体を流した側、右手に持った短剣の刺突に対し、振り上げた剣の勢いをそのままに身を捩って、脇腹を狙い蹴りを見舞う。
自分から飛んでダメージを軽減されてしまうが、追撃に距離を詰めて上段から斬り下ろす。
両手の短剣を十字に構え、受け止めようとするところに、【身体強化】で増強して、軌道はそのままに木剣を叩きつける。
受けきれずにバランスを崩してしまうティーダの足を払い、倒れたところに喉元へ木剣を突きつける。
「参りました」
「はい」
「「ありがとうございました」」
「身体が大きくなって筋力も上がり、瞬発力も格段に上がりましたね。ですが、身体が大きくなった分、的も大きくなっていますから、以前だったら当てられなかった蹴りが、充分牽制として通用してしまいます」
講評をしながら、【収納】から手甲を取り出し装着する。
「ホーランのように、奇襲する事が得意な者がいます。その成功率を上げるためには、相手の視線を集める者が必要です。また、今のように向かい合った状態から戦いが始まれば、身軽さだけが取り柄では不利になることがあります」
次いで、取り出したのは長剣。『戎貴世』と入れ替えで渡された物だ。
「それは?」
「現ドワーフ国王、ガイウス・ケーニッヒ・ツワァゲンランドの打った名剣です。これを使いこなせるようになりなさい」
手甲で自分のマナを抜きながらティーダに手渡す。
「遅くなりましたが、お土産です。力業で押し切る戦い方も身に付けましょう。短剣での軽業も、当面の間は従来通りでいいでしょう。この剣を使う間に気が変わって、完全に力押しに宗旨替えするのであれば、両手剣や斧なんかをブルーノに頼みましょうね。そのときに防具も揃えてもらいましょうか」
「はい! 父さん。ありがとうございます!」
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