第75話 家具屋は不採用

 村に戻ってきてからは、連れ帰った者たちの治療と心のケアが中心となった。


 連れ帰った19人以外にも、各地で生まれた獣人たちが村の噂を耳にして、ダンの村経由で迎え入れられた者もいた。

 家族に獣人がいるからと、只人ながら村に訪れた者には、人工的に獣人化が出来る旨を伝え、希望者には施術した。


 高齢な男性では保守的な者が多く、施術に至ることは少なかった。

 余命幾許もないのならと、慣れ親しんだ肉体で過ごすことを望んだ。

 対照的に、女性の場合は好奇心の方が勝るのか、子に対しての母性の為せる業なのか、積極的に変化を求めた。

 自らが変わることを良しとはしなかったものの、姿を変えた伴侶に新鮮味を感じたのか、来年の人口増は過去最大の見込みだという。

 施術時にスキンケア等サービスしたことが効いたのかもしれない。

 いずれにしても、ギスギスした夫婦仲を取り持つことが出来たのなら結果オーライだ。

 若い夫婦では子どものことを第一に考え、両方が施術を望んだ。


 望まない者はそもそも村に来ることをせずに、別れを選んだとみていい。

 両親ともに育児放棄された子どもが、祖父母や近くに住んでいただけの老人などに連れて来られることもあった。

 そのような引率の方々では獣人化を選択することもなく、ただ余生を過ごそうと定住していった。


 年を召した方々は長年の経験を生かし、様々な技術を持ち込んでくれた。

 ティアナに任せていた稲を、早々に実用段階まで引き上げてくれたのは僥倖だった。

 1年目は種籾の増加に落ち着き、食用分は確保できなかったが、次年度以降、作付面積を徐々に増やし、単純な米食の他、米味噌や酒へ用途を展開していった。


 酒造りの経験がある者は積極的に登用した。

 意見のぶつかり合いはあれど、なかなかの新商品が開発できた。

 芋の強みを生かした鬼殺しオーガキラーに対し、米の繊細さを生かしたフルーティな甘さが特徴の“桃太郎ピーチジョン”が。

 麦の香りにハーブを加え、黄金色に輝く香り豊かな麦酒の“金太郎ゴールドジム”が桃雉酒造のラインナップに加わった。


 数量を確保することが出来ないため、祝い用に少量作られるだけの蜂蜜酒、“蜜月ハネムーン”は商品化には至っていない。

 製造元の特権を生かし個人で楽しませてもらっていると、茜色バケツヘッドが何処からともなく嗅ぎ付けてくるため、そのたびに記憶を飛ばしている。

 仄かに漂う花の風味と、サッパリとした甘さが特徴で、子どもたちが伴侶を見つけたときには贈ってあげたいと思える品だ。

 断酒前のフィーネに贈ると、大層喜んでくれた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 人口増加を受け住宅を増やすとともに、国家の樹立に伴い、王城の建設をすることとなった。


 村は元々あった場所から移築した際に、畑や浜、森との位置関係に加え、方角も滅茶苦茶になってしまった。

 玄関や物干し場の位置といった使い勝手どころか、採光など家の寿命そのものさえ左右しそうな程、立地条件が変わってしまった。

 住人の希望に応じ、家の向きを変えるだけで済んだものや、改築をしたもの、果ては建て直しとなったものまである。

 元が木造のため、改築はまだしも、建て直しとなった際は再利用できる物が少なく、1から建てることになった。

 丸太が手元に大量にあったのは不幸中の幸いだった。


 現在の村の構図は、高台の縁に教会があり、周辺に住宅用の家屋が散在しており、北側には高台の下へ降りる坂道が続く。

 高台の下は元の農場と村跡地が広がり、直線距離で6km以上の平地の先に砂浜が、湾を抜けると外海に出ることが出来る。


 現在の村に目を戻し、南に向かえば広大な畑と牧草地、四圃式の輪栽農法が行われている。

 稲作も始まり、水路の整備を含めた広大な開墾作業が行われたところだ。

 人口との兼ね合いもあるのだが、酒に変わる割合が大きいあたり、この世界の闇の深さを感じる。

 ──娘たちの視線が痛い。


 住宅地と農地は大樹──マナの樹から見て東と南に広がることになり、マナの樹を基準にぐるりと住宅地と農地が広がる予定であった。

 このためマナの樹から東西南北に街道が走り、西から東に向かって小川も併走している。

 教会の地下に入り、下水道としても利用されている川だ。

 無論、マナの樹付近や上流では、生活用水としても利用可能な清涼な水だ。

 地下避難所への落下で折り返し、大浴場の下を通過した後、排水処理場を通って高台下へ向かい、最終的に湾に放流されている。


 王城の建設予定地は教会の裏。

 工房を移設した地の北側で、旧農地一帯が敷地になる。

 高台の下から基礎を組み上げ、1階が高台と同じ高さにくるようになり、地下に当たる箇所は造船所になる予定だ。

 船渠を構え湾から水路を引き込み、湾内にも数隻係留出来るようにしたいが、船の排水量を大きくしようとすると、水路を広く深くしなければならないため、砂浜との兼ね合いが難しい。まだ水着回をしていない。

 湾の北岸を係留用の接岸施設にし、水路を挟んで南岸を浜で残せられればいいのだが、砂の流入やゴミの堆積、侵入者対策もしておかなければならない。


 海水耐性マリンスライムなんかがいたら便利そうだけれど、無双感が凄い。海と一体になって巨大化しそうだ。

 スライムの災害化は目の当たりにしたばかりだから、採用は見送ろうか。

 自然界ならきっと大型化する前に、海棲生物に捕食されているんだろうな。

 利用しようと保護すると、牙を剥かれてしまうのは何とも皮肉な話だ。

 大人しく干潮時に清掃・保全に取り組もう。

 魔法の使えるこの世界ならではのやり方もあるだろう。

 最終的には工房も飲み込み、高台の下はすべて要塞化しそうだ。

 この世界の構成元素の比率はどのくらい弄っていいのだろう?

 加護が効いている間だったら、無罪放免だった気がして残念でならない。


 まずは地盤調査と、必要であれば杭打ちをして改良をしなければならない。虚子走査を修得しておいてよかったと思える瞬間だ。

 元が農地なので、地面自体は柔らかくなっている。

 最悪【土魔法】で岩盤を形成してしまおうか。

 そのあとで基礎造りと防潮扉の製作を同時展開していきたい。

 ハンスとブルーノにフル稼働してもらうことになりそうだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「これで最後だよ。もうヴィーラントの紋章は使えないから、ウェルマーチの紋章にしといたよ。自分の銘も入っているけどね」


 新たな工房でフィーネに仕立て直してもらった防具と刀を受け取る。


「もう一つ、刀の名前として、“櫻華”と入れてくれますか? こんな字です」


「コレ、字なのか? うーん、アンタなら魔法で焼き付け出来るんじゃないのか?」


 漢字はやはり難しいらしい。

 誤字で何度もやり直すよりかは、言う通りに自分でやった方が良さそうだ。

 フィーネが刻んだ銘に倣って、銘を刻む。


「誰かの名前なのか?」


「モデルにした刀の持ち主の名前だと思います。名乗ることはしなかったので予想ですけれど。もしかしたら刀の名前として刻んだだけかもしれません」


「ふーん。大事な人だったのかい?」


「いえ、この村を襲った鬼人です。この手で殺しました」


「む、なんだってそんな奴のことを?」


 少し申し訳なさそうにしながら聞いてくる。


「私と境遇が似たところもあったので、自戒として入れておこうと思いましてね。とは言え、字も少し変えていますし、ただの自己満足でしかありません。あの子たちを救うという名目で、何人も殺めてきましたしね。たぶんこれからも同じことをすると思います」


「そう、だね。──でも、そのおかげでこうして二人っきりにもなれてる。幸せにしてくれるんだろ? 魔王様?」


「一応、獣王ですよ」


「じゃあ獣王様、獣の王様らしく激しく頼むよ?」

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