第74話 鬼失症*鬱展開注意

「おはようございます。今日もいい天気ですね」


 扉を開け、朝日の差し込む部屋に入る。

 声を掛けた相手から、返事は得られない。


 ティアナの家。

 ルゥナにシルフィ、ニアとミアが同居するようになり、増築して部屋数を増やした。

 その中の客室に迎えた新たな住人は、白い巻き髪の女の子だ。

 横向きの耳は偶蹄目によくみられる特徴だ。家畜や野生動物の分布から、無角の羊人だろうか。


 彼女の名前はメアリアン。

 寝て起きてを繰り返すだけ。

 喋ることもなければ笑うこともない。

 自分で食事を摂ることも出来ず、誰かが食べさせなければならない。

 ただ息をするだけの、緩やかに死を待つ存在だ。

 

 彼女の名前は、同時期に屋敷に連れてこられたという只人の少女、アリスから教えてもらった。


 屋敷に来る前のことは分からないけど──と、前置きして話してくれた内容は、鬼畜の所行であった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 メアリアンとの出会いは、お風呂へと向かう道中でした。

 彼女と一緒にお風呂に入り、綺麗にするようにと、執事長のグレイに命じられました。

 そのときの私は屋敷に連れてこられて、1週間が経った頃でした。

 まだ入ったばかりですから、毎晩相手をさせられていました。

 身を清めるついでに、主人アイツに抱かれるための準備をしてやれとのことでした。


 正直に言うと、主人を受け止める人数が増えるので、自分の負担が減るのならと嬉しい気持ちが殆どで、メアリアンがどんな子なのか少しも気に留めていませんでした。

 あまり長湯しても叱られるだけですし、どうせ汚されることは分かりきっています。

 自分の身体はそこそこに、メアリアンの身体を重点的に洗いました。

 薄汚れていた肌を磨き、絡んだ髪を梳かし、香油を塗り込みました。

 艶やかに、馨しく。

 主人が喜ぶものは常に用意されていて、いくらでも使って良かったのです。

 油を塗り込んだ方が、擦れて痛い思いをしなくて済みます。

 いえ、主人の関心をメアリアンに向けたかったのです。

 たった1週間とはいえ、連日連夜犯され続け、アソコも擦り切れていたし、あの巨躯にのし掛かられるのにウンザリしていました。

 家族のためにと売られて来ましたけれど、堪えられなくなっていました。

 たぶん、メアリアンがいなかったら、私はもうこの世には居なかったと思います。


 メアリアンは初日からずっと主人の相手をさせられていました。

 私は傍にいて、メアリアンの痛みが和らぐようにしたり、手慰みに身体をまさぐられたりするだけでした。

 主人が出掛けるときは、使用人たちに代わる代わる犯されていました。

 今思うと、新入りがいきなり主人以外の相手をさせられるのは不自然でした。

 主人が飽きて初めて、使用人たちが手を出すことを許されるのです。

 でも、私は自分の身体を休められることが嬉しくて、そんなことに気付くことも出来ませんでした。


 メアリアンが屋敷に来て2週間あまり経ったとき、あの惨劇が起こされました。

 普段は寝室で行われる性奉仕が、その日はなぜか玄関ホールで行われたのです。

 屋敷は締め切られ、ゴロツキのような荒事向けの使用人たちが、ホールを囲むように配置されていました。

 私は主人の相手をすることがなくなり、女中として屋敷の清掃などを行っていましたが、その日は全員ホールに集められました。

 面白いモノが見られると主人は言い、連れて来られたのはメアリアンでした。

 ドロドロに汚されたままの彼女は、背の高い椅子に脚を広げたまま縛り付けられ、そのままの状態で男たちの相手をさせられ続けました。

 何で今更そんなものを見せられるのか、そこまでする必要は何なのか、分からないことばかりでした。


 2時間くらいでしょうか、一際大きな悲鳴がメアリアンから発せられました。

 背けていた目を向けなおすと、メアリアンのお腹が不自然に動いていていました。

 縛り付けられていた姿勢もあって、気付きませんでしたが、彼女は妊娠していたのです。


 それも──、ゴブリンを。


 おそらく、屋敷に来たときには既にゴブリンに襲われた後。

 適切に処理をしていれば、何も問題はなかったはずです。

 ですが、彼女はその処理が行われていませんでした。

 いえ、その日の為に育てられてきたのです。

 常に男たちがメアリアンを犯し続けていたのも、誰かが気付いて堕胎させるのを防ぐためだったのです。


 叫ぶ彼女には猿轡がされ、呻き声がホールに響きました。

 メアリアンはその場で2体のゴブリンを産み落としました。

 ゴブリンは男たちに捕まえられ、メアリアンの目の前で縛り上げられました。

 椅子に縛り付けられているメアリアンは、ゴブリンを取り返そうと、必死に暴れました。

 その様子を見て笑いながら、あの男はメアリアンを犯しました。

 犯されながらも、メアリアンの目線はゴブリンに向けられたまま。あの男は使用人たちに命じ、1体を剣で串刺しにしました。

 椅子に縛り付けられたまま暴れても、あの男を喜ばせるだけでした。


 動かなくなり、血が完全に抜けきったゴブリンは、盥に入れられ運ばれてきたスライムのもとへ投げ込まれました。

 スライムに取り込まれたゴブリンは徐々に溶かされていき、完全に消化されてしまいました。

 スライムがゴブリンを溶かしている間中、メアリアンは暴れ続けていましたが、あの男は笑いながら彼女を犯し続けていたのです。


 ゴブリンが溶かされきり、メアリアンの反応が落ち着くと、あの男は使用人たちに命じ、もう1体のゴブリン持ち出してきました。

 手足に縄が括り付けられ、両手両足を大の字に開いた状態で、メアリアンの視界に入るように持ち上げられたゴブリンは、取り返そうとする彼女の目の前で、斧で真っ二つに斬り裂かれました。

 左右に分かたれたゴブリンは、またもやスライムに与えられ、透明な肉体の中で溶かされていく様をメアリアンは見せられ続けました。

 涙を流し、猿轡のせいで叫ぶこともままならないメアリアンを、あの男は犯し続けていました。


 ゴブリンが骨だけになる頃には、メアリアンは動かなくなり、虚空を見つめるだけの状態になってしまいました。

 ゴブリンを溶かし続けるスライムは、ホールに仕掛けられている落とし穴で地下に落とされました。

 ですが、そのときにはもうメアリアンはゴブリンに対して反応を示すことはありませんでした。

 満足したのか、それとも完全に反応のなくなった彼女に飽きてしまったのか、あの男は彼女を地下牢に送るように命じ、私たちにホールの清掃をするようにと言い残して、寝室へと戻っていきました。

 いつの間にか日が昇り始めていましたが、あれほど嫌だと思った夜明けはありません。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ゴブリン出産による洗脳状態から、ゴブリンを殺されたことによる自我崩壊か…。あの屋敷はこの世から消すべきじゃったな……」


「済んだことを言っていても仕方ありません。今大事なのはメアリアンの心を取り戻すことです」


「そうじゃな。だが、以前にも話したとおり、これまでありとあらゆることが試されてきたが、治療に成功したという話はとんと聞いたことがないのも事実じゃ。お前さんの非常識な【回復魔法】でさえ、どこまで出来るか…。いっそのこと全部作り直してみるか? それは果たして、メアリアンと呼べる存在かは分からんぞ? 食事を摂らせ続けてはおるが、やはりどうしても消耗は避けられん。緩やかに死に向かう事実は変え難いのじゃ…」


 一番詳しいであろうリィナの見解は、以前と同じものだった。

 原因は分かったとは言え、【回復魔法】でどこまで身体を最適化出来るかは分からない。

 ゴブリンのマナに汚染された細胞を一つ一つ作り直してみることも考えた。

 一気に細胞を変えてしまえば、リィナの言うとおり、メアリアンと呼べる存在かどうかは疑問符が付いてしまう。

 では緩やかに置換していけばと思うが、それではもともと備わっている新陳代謝と変わらないだろう。

 それならば時間が解決する問題ではある。緩やかに消耗していく彼女に、どれだけの時間が残されているかは不明だ。

 筋肉や内臓、骨格はまだしも、脳の細胞置換には抵抗がある。

 脳細胞のネットワークが記憶を保持すると言われているが、再現する自信がない。

 ルーティ、ルータムのように、共に生きてきた者が居て、フィードバックを得られるなら違うのかもしれないが、個を破壊する事に繋がりかねない。



 ゴブリンのマナが悪さをしているのならと、手甲でマナを吸い上げてみるも、メアリアン自身のマナを吸い、消耗が進むだけだった。

 【巡廻】で回復するも、結果として好ましいものではなかった。


 ゴブリン出産後の長期生存の症例が少ないことから、新陳代謝──細胞置換を活性化するも、体力の消耗が著しい状態では、望む結果は得られなかった。


 赤ん坊を失ったことに起因するならと、赤子を抱かせてみるが、これも顕著な変化は見られなかった。

 それでも少し表情が柔らかくなったように感じたので、なるべく一緒に過ごすようにしてもらった。


 自分の子どもであれば、もっと効果が得られたのかもしれないが、検証することはできなかった。

 妊娠・出産という行為が深刻化の引き金になるかもしれないし、性行為自体が彼女を苦しめるだろう。

 もしリィナやティアナ、ニアたちがゴブリンを産み、自我を崩壊させてしまうことになったとして、最後の望みが妊娠・出産させることであれば、躊躇うことはしない。

 情を交わした相手ということもあるが、そこに至るだけの関係が、しっかりと構築されているからだ。

 だが、メアリアンとは何もない。既に壊されてしまった心では、新たに人間関係を築くことさえ出来ない。

 結果を優先して、と考えることもひとつだが、彼女の受けてきた仕打ちが、そこに至ることを躊躇させる。


 結局、何もすることが出来ないまま、2年の月日が経ち、メアリアンは静かにこの世を去った。

 世話係を買って出てくれ、2人で生活することを選択したアリスは、メアリアンの亡くなった翌日、2人の暮らした家で首を吊った状態で発見された。



 何が出来たのか、何をすべきだったのか。

 打ちのめされた頭では思考が定まらず、無為に時間を過ごすだけだった。


 【宝葬】の炎を見つめ、夜を明かした。

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