第73話 ギャラクティカファントム*鬱展開注意

 ルータムは折れ耳の兎人の少年だ。

 褐色の髪が背中まで伸びていたが、ミディアムに纏めた。

 双子の姉のルーティとお揃いにしたいと願ったからだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 父親は2人が生まれたときに、別の女と一緒になり、母親を捨てた。

 5歳になった日、遊びから帰ると家に見知らぬ男たちが居て、母親から売られたことを告げられた。

 母親は2人を売った金で、当時付き合っていた男性と一緒になることを望み、そのためには2人が邪魔だった。

 運良く買い手も見付かり、高く買いとってくれたこと。

 2人の耳を見る度に、自分を襲った人兎を思い出すこと。

 種を仕込んだ父親が逃げた原因を育て続ける意味が分からないこと。

 早すぎる成長が薄気味悪く、愛情を感じることが出来ないこと。

 有らん限りの罵詈雑言とともに、売られていく理由を説明され、愛の巣だと思っていた生家を追い出された。

 そして、一生残るキズを負うことになる屋敷に連れて行かれることとなった。


 最愛の母親に捨てられ、茫然自失となっている間に、ルータムは屋敷の主人に犯された。

 耳を捕まれ、性器を扱かれ、尻を何度も往復する痛みと違和感に悲鳴を上げた。

 抵抗する事も出来ず、ただ泣き喚くしかなかった。


 弟が犯されている様を見せつけられていたルーティは、押さえつけていた使用人たちを振り解き、主人に一撃を見舞うことに成功する。

 それが主人の琴線に触れたのか、面白いことを思いついたとばかりに、不適な笑みを浮かべながら、傍にいた使用人に殴った腕を切り落とすように命じた。

 屋敷に着いた初日に、ルーティは弟を守った右腕を失った。


 翌日、再び目の前で犯される弟を守るべく、またしても押さえつける使用人を跳ね除け、残された左腕で主人を殴り飛ばした。

 三日目には両脚を奪われた。


 四肢を失ってようやく、二日目の使用人がわざと押し退けられたのだと思い至った。

 主人の指示で、ルーティが殴るように仕向けられていたのだった。

 弟の悲鳴も、自分の怒りも、主人を楽しませるためのショーに過ぎなかったと思い知らされた。

 切断された四肢を目の前にぶら下げられ、犯される弟の悲鳴を聞かされ、絶望感に涙を流した。

 自分が泣くほどに主人は喜び、弟の悲鳴のボリュームが上がった。


 腐り始めた四肢が棄てられる頃には、主人を喜ばせる涙を堪えることが出来るようになった。

 不機嫌そうな主人に、内心ほくそ笑むのも束の間、弟を担ぎ上げた主人が近付き、弟の性器を股間に押し当ててきた。

 犯され、思考を停止させていた弟が我に返り泣き叫ぶも、そのままのし掛かられ、初めての相手は弟になった。

 主人や使用人たちに純潔を奪われるよりかはマシかとも思えたが、弟を通して感じる主人の動きに気付いてしまっては、もはや涙を堪えることは出来なかった。

 わんわんと声を上げて泣くと、主人は大喜びして笑い声を出しながら、弟の中に精を吐いた。

 次いで弟も自分の中で果て、その有様を見て、主人はさらに喜んだ。


 明け方近くに解放され、ドロドロの姿で横たわっていると、不意に弟が立ち上がり、窓を割ってガラスの破片を手に、自ら性器を切り落とした。

 割れたガラスの音を聞き、駆け付けた家の者に手当を受けるが、性器を失ったルータムの姿に興味を無くしたのか、2人は地下牢送りとなった。


 偶に来る主人と食事を持ってくる使用人の相手をさせられながら、互いが生きていることを糧に、何をしても生き延びることを決意した。


 地下送りになり、ひと月くらいだろうか。

 再び日の光を浴びることが出来た。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ルーティ、まずは貴女の身体を治します。貴女も知っての通り、ルータムの方がケガの程度は軽いものです。ですが、自ら切り落とすほどに、その心は傷付いています。治したとしても、また同じことを繰り返してしまうかもしれません」


「分かった。──分かりました。お願いします」


「いい返事です。ですが気を張らなくても大丈夫ですよ。ここはもう、貴女の家でもあるのですから」


 ルーティ、ルータムの治療に際し、2人にはニアの家をあてがった。

 回復浴を用意するため、小さいながらも風呂が備わっている、遠征用の家が最適だったためだ。

 家の勝手を知り尽くしているニアが、介護も買って出てくれた。

 自分も双子だったため、2人に重なるものがあったのかもしれない。


 ルーティは毎日回復浴に浸かり、本人の体力の許す限り治療を進めた。

 自分の回復が、弟の回復に直結するのだと分かっていたためだ。


 四肢を失ってから、あまり時間が経っておらず、失った状態で動こうとしていなかったため、今の肉体の動かし方に慣れていなかった。

 幻肢痛もあるようで、弟を心配させまいと強がる素振りを見せていた。

 それは魂のカタチと肉体のカタチが一致していないことを示していると思えた。

 早ければ早い方が、四肢の再建は上手くいく。リハビリの期間も短縮出来るだろうと考えた。


 しかしながら、失われた部位の割合が大きいため、どうしても時間はかかってしまった。

 細胞外構造などは物質変換と分子構築で用意したりと、可能な限り短縮できる方法を模索した。


 最大の難関は手指の神経だった。

 毛先が触れるか触れないかを感じ取れるほどの、非常に繊細な感覚器なのだ。

 そして文明を築き上げてきた最大最高の道具でもある。

 感覚神経に加え、運動神経もあり、繋げ直さなければならない神経の数が非常に多いのだ。

 兎人の手には肉球が存在しないため、双子のルータムと、年頃の近いルゥナを参考に再建を進めていった。


 最終的な繋ぎ込みは、【巡廻】を使ったマナの鬼ごっこを応用した。

 体内をぐるりと周回し、自己の理解を深めさせる。

 時折戯れに筋肉を刺激し、ポンと腕を跳ねさせる。時には足を、時には指を、跳ねさせては笑いながら、自分の身体なんだから遊ばないでと、主導権を取り返そうと、意志に反する動きを押さえ込もうとする。

 それは自らの身体を、自らの意志で制御すること。

 繰り返す内に支配領域を広げ、動かせる範囲を増していった。


 動きを取り戻したときの喜び様は、身体が有るべき形を取り戻したとき以上だった。

 いつも隣で見守っていたルータムと泣きながら笑い、抱き合っていた。

 世界を狙えそうな左の拳で顎を打ち抜かれ、脳が揺らされて立っていられなくなった私も泣いていいだろうか?


 足の方も、ベッドの上での運動から、掴まり立ち、伝い歩きから介添えをつけた歩行練習と、徐々に出来ることを増やしていった。

 駆け出すようになってからは早かった。


 手指の感触も問題ないようで、繊細な動きが出来るようにと、ニアに踊りを習い、全身の筋力トレーニングを兼ねて、組み手にも混ざるようになった。

 弟以外の男性へはまだ抵抗があるため、ミアやシルフィたちが主な相手のようだ。

 じゃれ合っているだけに見えたのもはじめのひと月ほどで、今ではもう見違えるようだ。



「ルータム、ルーティはもう完全に治りましたよ? 次は貴方の番です。失ったものを取り返しましょう?」


「でも、またルーティを傷付けてしまうかも。もう、思い出したくないんです…」


「なぁに言ってんのよ? ルータム、アナタがアタシの初めてで良かったと思っているわよ? だって、その後は散々だったんだもん。でもそれも全部獣王様に綺麗にしてもらえたわ。髪も綺麗に整えてもらえたし、今は生きていることが素直に嬉しいと思えるの。でもルータムがそんな顔をしていたら、それも半減ね」


「だって…」


「『だって』じゃない! いいじゃない。アタシを襲いたくなるって言うなら、そのときは受け止めてあげるわ。もう1回も2回も一緒よ。まずは元の身体に戻りましょうよ! 獣王様、ルータムを元に戻してあげて下さい。姉のアタシが責任もって黙らせますから!」



「獣王様、おっきいです。もう少し小さめに。あ、それくらい。うん、それくらいの大きさでした。あ、どうする?ルータム。大きくしといてもらう?」


「──も、元の大きさくらいで、ダイジョウブデス」


 正にすべてを知り尽くした姉なるものは、非常に厄介な存在だった。

 頑張れルータム! 負けるなルータム!


「どう? 使えそう?」


「わかんないよぉ」


「本来、貴方くらいの年頃なら、まだよくわからない段階の子もいます。肉体的には元に戻っていますから、精神的な部分もあるかもしれません。焦ることはありませんよ。いつか愛する人が出来たときに、一緒に解決していったっていいんです」


「まぁ、最終的にダメでも、アタシがルータムの分まで子どもを生むわ。獣王様のは大きそうだからまだダメだろうけど、もう少し大きくなったら赤ちゃんを下さいね!」



 ──ひびの入る音がする。


「あ、あの、生えていても愛してくれますか?!」



 ──明日の世界は平和だろうか。

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