第69話 計画的な犯行でなければ突発的な犯行の可能性

「これから貴方たちには仮住まいとして、村の避難所に入って頂きます。そこは地下で薄暗く、お世辞にも広い空間とは言えません。ですがいつでも外に出て来ていただいて構いません。此処はもう貴方たちの住む場所です。どうしても駄目だという方は教えて下さい。避難所よりも狭くなりますが、地上に部屋を用意します」


「トモーさん、謙遜も度を過ぎると嫌味でしかありませんよ?」


 村に帰り着き、連れ帰った面々を避難所に案内するに当たり、ティアナが手伝いを買って出てくれた。

 フォロー要員のはずが、ダメ出しをされた。──解せぬ。


 シルフィがフィーネに木剣を渡している。何をさせる気だ?


 気を取り直して、教会の地下へ向かう。

 泣き叫ばれるかもしれないと覚悟はしていたが、震えながらも付いてきてくれている。

 【照明】を明るめにしておけば、我慢してもらえるだろうか。


「「「うわぁ──」」」


 階段を下りきり、広間に出る。

 感嘆の声は、前向きなものであろうか。


「! 痛ぁっ?!」


 フィーネに尻を叩かれた。

 木剣の腹で思いっきりだ。皆が吃驚しているではないか。

 ベルトを掴まれ、しゃがむように指示される。ズボンが下がるから、力加減をそろそろ覚えてほしい。


「あとで話がある」


 耳許で囁かれると、変に期待してしまうから自重してほしい。言わんことはない、ティアナが警戒し始めているではないか。

 リィナは地下牢組のケアに集中してくれていた。シルフィのニヤニヤは止まる気配がない。


 壁際の個室へ案内し、それぞれが自分の部屋を決めていく。

 村の人口もかなり増えてきたことだし、落ち着いたら個室の増築は必要だろう。

 此処ではマナラインを活用できるから、その分は楽が出来る。ハンスにも協力してもらおう。

 兎にも角にも、全員が避難所での生活を受け入れてくれた。あとは心と体のケアだ。


 一人地上に戻り、村の様子を確認する。

 牝馬の出産前に帰ってこられたが、種蒔き、植え付けには間に合わなかったようだ。


 泉の近くの一角を借りて、稲の準備も始めなければならないな。


 今後のことを考えながら、ゼインの家へ向かう。村のあり方を話し合わなければならない。


 

「いいのではないかね? 国の名前はそうだな、“ウェルマーチス”でいいだろう。初代国王はトモー、キミがやりなさい。それがケジメだろう? 実務は今まで通り、儂とアーロンで見ていくから、特段引き継ぐこともないぞ」


 ゼインの決定はひどくあっさりしたものだった。

 集められた者も狼人のアーロンとケヴィン、猿人のホーランだけだ。

 他の者は事後承諾で良いと、なかなか乱暴な話だが、自分が関わっている時点で、皆納得するとのことだ。どういう評価なのか、小一時間問い詰めたい。


「我々獣人は親から子へと単純に血が受け継がれて生まれるわけではない。今この瞬間にも、どこかで只人から生まれ落ちているかもしれない。各地に報せを出して、この地へ向かってもらうとして、今回連れ帰った者たちのように、個人の所有物と扱われているかもしれないし、国が税の源になる国民を手放すとは思えん。そのような者たちをどうやって集めるかという課題は常々考えていかねばならん」


「今回はリィナ嬢の拉致もあり、トモー自身が命の危険に晒されたこともあった。無法が先行したからこそ容認できることで、今後常態化出来る手段ではない」


 ゼインの言葉にアーロンが続く。


「穏便に済ませるのであれば、各地に受け入れるための施設を設けて、身請けしてからこの地へ送るような仕組みを作り上げる必要があるな。国家の成立と共に広く獣人を集めることをすれば、不幸な者が増える可能性は高いな」


「各地に領事館を設けるわけですね。派遣する者は自衛できる実力も、自制できる忍耐も必要ですね。育成も見据えて人選をどうするか、課題は山積みですね」


「各地で国家の成立が行われて、防衛がしっかり整備されていくなら、ゴブリンたちの被害は減るんじゃないさ? 余所で獣人が生まれる可能性も下がっていくと思うさ。ましてや獣人たちは只人に比べて、強力な者が多いさ。重宝されて待遇も悪くないものになっていくと思えるんさ」


「人はそう簡単ではではないよ。自分と違うものを排除する心理は少なからずはたらくさ。この村でさえ、親に棄てられた者は山ほどいる。まともに飯を食わせてもらえなかったら、力が育つことも無いだろう? だが、余所で生まれる者が減ることは一理ある」


「いっそのこと、獣人国成立の旨をトモーが伝えに行って、身請けも済ませて帰って来るのはどうッスか?」


「それでは後から回る場所で獣人の囲い込みや、身請け額が高騰することが考えられます」


「かと言って、同時に複数箇所に派遣できるほど、人的余裕はないのが現状だ。儂らが如何に強靭な肉体をもつと言っても、所詮、数の前には無力だ」


「じゃあ、噂を流してコッソリ逃げ出してくる獣人たちを手助けしていくってのはどうッスか?」


「現状はそれしかあるまいな。腕の立つ者を見繕っておいてくれ。各地で獣人が生まれることがなくなるまで、10年か20年か。その頃にはこの地も安定するだろう。儂らの仕事も行く行くはホーランとケヴィンに継承していくつもりだ。トモーも後継者を育てておけよ?」


 ホーランもケヴィンも積極的に発言していた。

 ニアと狩りに出ている息子が戻ったら、暫くは父親の背中を見せてやることにしよう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ドワーフたちを新しい仕事場である工房へ案内する。


「悪くはないが、王宮工房を手掛けた後だとまるで化石だな」


 グスタフ氏、延いてはオイゲンのヴィーラント工房の系譜をもつ遺産ではあるが、フィーネの評価は辛辣だった。


 工房の改良に着手するに当たり、今までは金属を叩くことが無かったため、民家に近くても問題なかったが、これからは本格化するため移設するところから始めた。

 場所は高台の下。

 教会の裏手の階段から下りて、旧農地から少し南に入ったところ。

 津波で殆どなぎ倒されてしまったが、辛うじて残った木々の合間に移した。


「! 痛ぁっ?!」


 フィーネに尻を叩かれた。2回目。

 村に戻ってくる道中でも、何度かニアの家を出し入れしていたはずだ。

 今更これっぽっちの工房の【収納】でやっかまれる筋合いはない。村を呑み込んだ話が拙かったのか?


 王宮工房を建造した際に構造は走査済み。

 方尖碑の図面と同じ様に紙に転写してあるので、見返せばすぐに思い出せる。

 【地図】でホログラムを現出し、型をなぞるように炉を作り替えていく。

 材料となる物質源は、避難所を拡張するために切り取り【収納】した土と、現地を整地した際に出た残土。

 図面が有るため、【地図】に使う労力が減り、物質変化に注力出来た。

 マナはマナラインから無尽蔵に供給される。炉に使うマナ源にも使用できるように回路を変更し、常時稼働状態も可能になった。


「! 痛ぁっ?!」


 フィーネに尻を叩かれた。3回目。

 王宮工房を再現してはいけないという話はあった。

 だが魔匣は付いていないし、魔吸庫もマナラインに繋げ、陰圧を利用した吸い上げアスピレーションを採用している。

 似て非なる物だし、技術の先に挑むことはドワーフたちの本懐であろう。

 大樹からは離れるものの、高台から降りたためマナラインには近付くことになり、村の周囲とさほど変わらず利用できるのだ。

 マナラインを風呂にも流用できると考えたのが邪念と思われたのだろうか?


 新しい工房には、4人の得意分野に合わせて鍛冶、彫金に加え、魔道具、建築用の設計室も併設した。将来的なことも考えて造船用の設計室も加え、書庫も備えた。

 今まで無関心だったスクラバーも新規で設置したことで建屋も新築となった。

 余熱による風呂も用意し、弟子もとれるように下宿部屋も追加。

 食堂にキッチンも付け、一大拠点が完成した。

 地下が苦手な者は、仮住まいとして利用可能だ。


 バンドウッヅから連れ帰った者たちを案内するために避難所に戻るが、誰も工房へ移ろうとする者はいなかった。

 悔しいから、風呂釜の改造をした。


「! 痛ぁっ?!」


 フィーネに尻を叩かれた。4回目。


 むしゃくしゃしてやった。反省はしていない。

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