第68話 案外荷車も速い
「獣王様に付いて行きます。助けていただいたことは間違いありませんし、たとえ騙されていたとしても、あのままアソコにいても結果は同じです。遅かれ早かれ命を落とすことに変わりはありませんよね? 安住の地へ導いて下さい」
「騙すつもりはありませんが、姿を偽ったのは事実です。申し訳ありません。ですが、付いてきて下さるのであれば、全力でお応えします。まずは着替えと腹ごしらえをしましょう」
着替えが済んだ者から朝食を摂らせていく。
地下にいた者たちは着替えもままならず、食事も回復食を与え、【回復魔法】と【巡廻】を施す。
その間に、オットー、ブルーノ、ハンスの3人で予備部品を組み上げ、馬車をもう一台仕立て上げてもらった。
馬たちの負担は大きくなるが、1頭立てに変更し、乗れる人数を増やすことを優先した。
それでも総勢28名。
立つことどころか、座っていることさえ辛い者もいる。
無理を言って、故障交換用で残していた部品を出してもらい、更に一台、荷車を仕立ててもらった。
初めに組んであった馬車の方に地下にいた者を中心に乗せ、リィナがケア役で入ってくれた。
次に組んだ馬車には座れる程度のものたちを中心に、フィーネがケア役に。
荷車は自分が牽き、人買いの所にいた2人を始めとして、比較的健康な者たちが乗ることになった。
オットーたちが交代で御者をし、娘たちが牝馬と荷車とを交代で乗ることになった。
昼前には出発できるようになり、一路東、ダンの村を目指した。
「ハイヨー! ミクラー!!」
──シルフィ、あとでお話があります。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
馬車は四輪で車軸は分割式。左右は独立している。
各車軸はころ軸受けで受けており、車体とは簡易な板ばねを介して懸架されている。ちょっとしたサスペンションだ。
コイルばねやダンパーを組み込んだ方が衝撃吸収力は上がるのだろうが、その辺りの改良は村に帰ってからだ。
車輪と軸は鉄製で、前輪の軸にはそれぞれ制動用の円盤を付け、御者台のペダルを踏むことでパッドが円盤に当たり、抵抗が生じる。
停止するときはもちろん、曲がりたいときにも回転差を生み出して補助することが出来る。
荷車も二輪ではあるが、同様の構造を備え、制動は手で操作出来るようにレバーが取り付けられた。
1台目の馬車には座席用にクッションが用意されていたが、2台目と荷車は着替えを畳んだものを座面に敷いてもらった。
遠征用の家の中にあるクッションも、1台目で横になる者たちへ与えられた。
快適とは言えないまでも、特に不自由することはなく、ダンの村へと辿り着いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「また大所帯になったなぁ。全員嫁さんか?」
「冗談にしては笑えないね。男の子もいるし、皆大小様々な心のキズを抱えているんだ。事情を知らない人間の軽口は感心しないよ」
「トモー、コチラの女性はどちらさんで?」
「グスタフ氏の妹君のフィーネ女史です。──リタさん、ラピスラズリの女将さんからコレを預かってきました。お納め下さい」
フォローするより早く、
大人しく預かってきたイヤリングを渡す。
すまない、ダンよ。私は無力だ。
「あら、ありがとう。魔玉をあしらったイヤリングね」
「ええ、リタさんの祖父母に当たる方のものだそうです。『リナと一緒にしてやってくれ』と先代女将のルナさんの遺言らしいです」
「──そう。あとでリズに渡しておくわ。わざわざありがとう。バンドウッヅも大変だったらしいわね。建国の報せはこの村にもきたわ。もう開拓二世以降ばかりだけれど、起源を辿ればあの街に行き着くわ。恭順して国の一部となるよう要請されているの」
少し窶れたように見えたのは気のせいではないようだ。
「その件に関連して、というわけではありませんが、我々が帰還したのを機に、獣人村も建国の流れに向かうと思います。やることは変わりませんけれど、獣人たちをもっと積極的に受け入れていきます。この子たちのように搾取される者を少しでも減らしたいので」
「分かったわ。協力関係は従来通りでいいのよね?」
「はい。今まで以上に集まるようになれば、この村に負担を強いることになるかもしれません。勿論、お礼は弾みます。今後とも宜しくお願い致します」
「こちらこそ宜しくね」
リタと改めて友好の握手を交わす。左手には紫色になり始めたダンが握られたままだった。
「前払いと言ってはなんですが、こちらが手持ち最後の一樽です。お納め下さい。ダンにも土産があるので、お借りして宜しいでしょうか?」
「ありがたくいただくわ。トイレ掃除と水汲みさせる時間は残しておいてね」
「「すぐ終わらせます」」
工房へ場所を移し、ダンへ土産を渡す。
ドワーフの国で用意してもらった鍛冶道具一式だ。今使っている人鬼素材の道具の代わりとなる。
「いいのか? こんな立派なもん貰っちまって?」
「新たな技術の礼と、禁忌との葛藤に対する労いです。人間にとっては害獣の扱いを受ける人鬼ですが、生あったものへの扱いとしてどうだったかは、互いに悩んだでしょう?」
ダンは渡された道具を一つ一つ手に取り、握り具合を確かめていく。
「俺にしてみりゃ、かつては村の仲間を人鬼どもに殺されたことがあるから、あまり気にはしないように出来るけどな。まぁ、あんだけの人鬼を炉に焼べりゃ、多少の罪悪感も湧いてはくるが…。そういうことなら有り難く頂戴するぜ」
「国家で管理するレベルの代物ですから、くれぐれも他人には渡さないようにして下さい。ラルゴへ継承するのも駄目です。引退するときは私が責任をもって、ドワーフ国へ返却しますから、不要となったらいつでも声を掛けて下さい」
これまでダンが使っていた人鬼素材の道具を引き取り、【収納】していく。どれも程良く使い込まれ、これから本領発揮していく段階だったが、村に持ち帰って全ての鬼人素材の物と一緒に、供養する予定だ。
「お、おう。責任重大だな。なるべく【収納】して、人目に付かないようにしておく。ホント、ありがとよ」
「うちも鍛冶士を連れて帰ることが出来ましたので、仕事を頼むことは無くなりますが、良い物をいっぱい作って下さいね。それが弔いになると思います。では、鬼が出ない内に帰ります。では、また」
「おう! またな」
ダンに渡した道具は正真正銘、王宮工房で仕立てられた、ガイウス王自らの手による逸品だ。
各工房長や星持ちしか持てない道具を他種族に贈るのだから、当然の如く賛否はあった。
だが人鬼素材の共同研究者であったことが評価され、自分の責任の下に、譲り受けることが出来た。
とはいえ、道具は一級品でも炉はそのままのため、ドワーフたちの優位性は確保されているから、あまり危険視はしていないとのことだった。
むしろノウハウを知り尽くしている他種族と星持ちがいる、どこぞの田舎の方が危険度は高いと睨まれた。
フィーネの子が生まれ年頃を迎えたら、人質交換よろしく、修行に預けた方が良いのかもしれない。追々相談していこう。
昼食を済ませ、ダンの村を後にする。
地下牢組も、重湯から比較的軟らかい物へ移行し、咀嚼の感覚を取り戻していく。
歯を全て折られてしまっている犬人の女性は回復食を中心にし、魔核を本調子に戻すことを優先している。
感覚的にはあと2日程で歯の再建に耐えられるようになるだろう。【回復魔法】でマナ酔いをして、体調を崩されては元も子もない。
金色のウェーブ掛かった髪はくすんでしまっており、毛量の多さが災いしてか、毛玉が所々に出来てしまっている。肩に届きそうなほどの大きな垂れ耳は、スパニエルを思わせる。
もう一人、自我を失ってしまった羊人の少女も回復食を飲ませており、リィナがお伽噺を聞かせながら回復を待つ状態だ。
白くカールした毛はやはりダマが多く、垢と砂利が噛んで酷く重々しくなっている。
地下牢組の5人が特に酷いが、全員早く大浴場で洗ってあげたいところだ。
無論、自ら洗うわけではない。
この世界では美容師の資格なんてものは存在するのだろうか?
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