第67話 愛と勇気だけが友達

 バンドウッヅで娘たちがフードを外したのは東門の守衛小屋だけだった。

 黒髪黒眼であることを知っているのはあの場に居合わせた者だけ。

 ターバンを巻いてからは言わずもがな。

 黒髪黒眼が珍しいとはリィナの言だ。そこに獣耳が付けば、希少性はさらに上がる。


 何故追っ手が付いたのか。

 何故入市税を徴収する都市国家で治安を守るはずの衛兵が、人攫いの現行案件に付いて来ようとしなかったのか。

 何故昼からの遅番勤務で、全員が持ち場を離れ門外にいたのか。


 黒髪黒眼を狙っていた時点で、守衛の関与は疑いなかった。

 人攫いが横行している事実を認めながら、放置するのは怠慢もいいところだが、現在起こっている事件に対して無頓着とは如何なものか。

 そして街中を騒がす巨大スライムの出現時に、守衛小屋には誰もおらず、門の外にいた。


 限り無くクロと言える相手を前に、問答をすれば、黒髪黒眼で獣人だから狙っていると、売り先は幾らでも有ると宣う。

 生業を棄ててでも追いかけてくる相手だ。今回の騒動の主原因とも言える。

 生かしておけば、村までやってきて誰かを攫って行くだろう危険性は容易く想像できた。

 禍根は断つ必要があった。

 少なくとも目の届く範囲のことは、自らの手で片付けようと思った。


 連中に追いつくことができたのは望外であった。

 最悪、娘たちを捕獲して帰ってきたところで遭遇することも考えていた。

 母親たちを人質にしたと言われれば、大人しく従う優しい娘たちだ。従うんじゃないかな。うん、きっと従う。

 もしかしたら、持ち場を離れるために人気が無くなるのを待ってからの出発で、思いの外時間がかかってしまったのか、発見出来れば直ぐに捕らえられると高を括ってゆっくり歩いていたのか。

 閉じた門の先に出るための隠し通路は無かったから、前者なのだろうとは思う。もしかしたら両方か?


 娘たちを売った先がどういう扱いをするかも分かっているようだったし、命を奪いにくる相手には相応の対処をしようと決めていた。

 でないと、鬼人を葬ったことが何だったのか分からなくなってしまう。

 連中の魔玉は武器と対にして、街道脇に置いた。

 分かる人が見れば、街へ持ち帰り遺族に届くだろう。外道とは言え人の子だ。親であったかもしれない。

 それがせめてもの情けであり、してやれることの全てだ。



 他人の嫁を拉致した輩も、はじめは娘たちを引き合いに出していた。

 フィーネの言葉を信じれば、娘たちの種族もはっきりと分かっていたようだった。

 捕まえてもいやしない娘たちの身柄を盾に、母親たちを捕獲。今度は母親たちを人質に、娘たちを呼び寄せる算段だったのだろう。

 娘たちの実力を、身をもって知っている2人には、分かり易い虚言でしかない。

 相手も直ぐに通じないことが分かり、代わりに常連となっている店を引き合いに出した。

 苦し紛れに出た言葉は、リィナにとっての急所であった。

 幼き日を育った生家であることは勿論のこと、親孝行する間もなく追放され、街が辛いときの全責任を負ったであろうことは想像に難くない。

 迷惑ばかりを掛けてきた負い目があった。

 店内で少し暴れるくらいでも、リィナには抜群に効果があるだろう。

 相手がそこまで見通せていたとは思わない。偶々口に出したことが的を捉えただけだ。


 そこからはあれよあれよと屋敷へ連れられ、風呂に入れられ、寝室での性奉仕へまっしぐら。

 娘たちに対する人質として連れられた筈なのに、何故か家主に抱かれる流れに組み込まれている。

 家主に対して2人の何が刺さったのかは今でも不明だ。

 街で一目置かれる存在だった、亡くなったラピスラズリの前女将、ルナさんの面影をもつリィナが狙いだったのか、それとも一緒にいるドワーフの女を抱きたかったから引き合いに出しただけなのか。

 ただ抱いたことのない女であれば、誰でも良かったのか。

 何れにせよ度し難いことに変わりはない。


 ラピスラズリが逆恨みされないように、獣人からの報復を装うことにした。

 逆恨み出来るほどの余力が残っているとは思えないが、獣人に対して悪感情を抱かせることになってしまったことは否めない。

 だが、縁もゆかりもない只人が助けにきたからといって、囚われている獣人たちが付いてきてくれるかは怪しいところだった。

 追っ手を差し向けられたとして、逃げ着く先が一緒であるなら、安心して付いていける方がいいだろう。


 獣人であるということは、それだけで獣人に安心感を与える存在だ。

 それほどまでに、獣人が生まれてきた悲劇は計り知れない。

 産まれてきた子が我が身と異なる容姿をしていたために、育児放棄をされる。ショックが大きい場合には、自ら命を絶つ親もいたかもしれない。

 成長が早いため、周りからも奇異の目を向けられることもあったかもしれない。

 住む地を追われることになったときに、親は付いてきてくれたであろうか。

 最も信頼できるはずの肉親が、その身を疎んで害してきたのかもしれない。

 只人の中にいる獣人たちは、少なからず心にキズをもつことが常である。

 キズの舐め合いかもしれない。だが紛れもなく、獣人は彼らの理解者足り得る存在なのだ。

 自分はその理解者にはなれないだろう。でも理解者のいる地へ導いてやることは出来る。

 最終的には丸投げ状態だが、とるべき責任はとるつもりだ。

 まずはこの者たちを安全に村に連れて行くことだ。


 もっとも、屋敷の人間を全員死亡させてしまえば、スライム騒動も賊の仕業ということにされ、追っ手の規模は大きくなるだろうことも考えられた。

 そこには獣人であることも只人であることも関係がない。

 であるなら、当主が生きていて被害を訴えなければ、追っ手が向けられることはないはずだ。

 そう考えて生かすことにしたのだから、しっかり仕事をしてもらわねば困る。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 長い夜が明け、娘たちと合流する。


「ミクラさん?! どうしてこんな所に?」


 野営地に現れた20名近くの大所帯を前に、ルゥナが声を上げた。


『今から、全てお話しします。皆さん、驚かずに聞いて下さい』

「ミア、シルフィ、ターバンを外して、耳を見せて上げて」


 【音魔法】を解除し、地声に戻す。

 聞き慣れた声色に、2人は素直に従ってくれた。

 もしかしたら気配に敏い2人は、接近している間に察していたのかもしれない。

 ルゥナは目を白黒させている。


「この通り、皆さんと同じ獣人、猫人のミアと熊人のシルフィ。小さいのは只人のルゥナ。3人とも正真正銘、私の娘です。只人の娘がいますから、私も勿論只人です」


 【照明】を利用した偽装を解除する。

 ざわざわと訝しむ声が聞こえる。

 ルゥナは固まってしまった。


「獣王様は魔王様であられますですか?」


 怖ず怖ずと手を挙げながら訊ねるのは、人買いの所にいた豚人の少女だ。

 ふわふわの桃色がかった赤髪に、前折れの耳がリボンのようだ。


「魔王と名乗るつもりはありませんが、魔法に秀でてはいるかもしれません。あなた方を獣人の国──今はまだ村ですが、連れて行くことはお約束します」


 獣人たちがヒソヒソと相談する。

 フィーネはドワーフたちに合流していたが、傍らのリィナもまた、ルゥナ同様固まっていた。


「リィナさん、おかえりなさい」


「「お、おま、え?え?」」


「ミクラは“古くからの友人”と言ったでしょう? 私に“古くから”の友人がいないことはあなたが一番よく知っているでしょう?」


「「パパ、お友達いないの?」」


 ミアとルゥナの無垢な言葉の刃が、心を抉る。


「け、ケヴィンやホーランはお友達ですよ?」


「「うっそだ~」」

「2人はティーダお兄ちゃんのお友達だもん。パパのお友達じゃないよ」


「ぜ「ゼインさんは村長だから皆に優しいもんね。ダンさんは仕事上の付き合いだし──」


 もうやめて、パパのライフはもうゼロよ?!

 ──この世界で居ないだけなんだ。──うん。


 フィーネがポンポンしてくれる。優しさがツラい。

 シルフィは満面の笑みだ。あの笑顔やだなぁ。

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