第66話 バンドウッヅ建国記
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おいおい、なんだありゃあ…」
「でっけぇな…。街に戻った方が良いんじゃないか? 街の一大事に当直がいないことがバレたら大問題だぞ」
バンドウッヅの東、畑地帯の終わりに男たちはいた。
暗闇の中、北門の外に現れた【照明】群の中にスライムを認める。
「だが此処まで来ちまったんだ。今から戻ったところで何も出来やしねぇって。それより、賊を捕らえたことにして、帰還した方が良くねぇか?」
持ち場を離れたことを、なんとか辻褄を合わせて誤魔化そうと話し合う。
「不審者を追い掛けて持ち場を離れたけど、ちゃんと捕まえて戻ってきましたって筋書きか」
「それでいこう!」
「「オウッ!!」」
『夜分にこんな場所で悪巧みとは、まさか衛兵とは思えんな。上納先は既に潰してきたが、まだあの娘たちを狙うのか?』
「何だ手前ぇ!?」
街の方、種蒔きを待つ畑の間から、一人の男が姿を現す。
『獣人王ミクラ。我が同胞に害為すものを排除しにきた。此処で退けば追わずにいてやろう』
名乗りを上げ、外套のフードを外す。
男は焦げ茶の巻き毛をもつ熊人であった。
「なんだとぉっ!」
「ハイハイ、そうですかって、とって返す訳にゃいかんのよ。黒髪黒眼の獣人なんざ、一生かかってもお目にかかることができねぇ代物だ。ソレが2匹もいるってどんな強運だ? いつもんとこがダメだってんなら、中央に連れてきゃあ良いだけの話よ」
『退く気はないと?』
「ああん? お前も剥製にして売り飛ばしてやんよ! かかれ!」
男たちが得物を手に襲いかかってくる。
男たちの脚へ【雷魔法】を放ち、歩法を崩し、踏み込みを妨害する。
踏鞴を踏む男たちの脇を抜け、東に続く道を走る。
200m程進んだところで道を逸れ、草原然とした地で振り返る。
ミクラは男たちが追い付くのを待っていた。
「──ハァハァ、運良く躱わしたみてぇだが、次は逃げらんねぇぞ!」
男たちが円形に包囲する。
再び得物を見せつけるように構え、隣合った者同士で呼吸を合わせていく。
『お前たちが外道で助かるよ。迷いがなくなっていく。此処まで離れると、マナの通りは良くなる。“沈め”』
「何言って──。う、動かねぇ?!」
「あぁ?!、地面が、うわぁ!?」
まるで手品を見せるかのように、一声掛けてから次の変化を作り出す。
男たちの足下がぬかるみ、徐々に沈んでいく。手を突く場所もなく、得物を懸命に振り回しても手応えはない。
「クソッタレ! これでどうだ!」
リーダー格の男は得物の両手剣を足許に突っ込みながら、剣の腹を蹴って飛び出し、泥濘から脱出する。
『なかなかやるではないか。だが残念、其処も泥濘だ』
落下の勢いが手伝い、跳んだ先で腰まで泥濘に浸かった。
再度逃げ出すことは叶わず、丸太など浮力を稼げるような物を【収納】から取り出す者もいなかった。
10分程だろうか。
後悔、懺悔、罵倒、怨嗟を口にしながら、男たちは頭の先まで地中へと沈んでいった。
完全に動きが無くなったことを確認し、ミクラは傍らに作り出した縦穴に、男たちを引っ張り出して放り込んでいく。
全員の遺体を移し終えると、青や緑、黄や赤と色とりどりの炎が立ち上った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
視線を街の北に移せば、スライムを囲むように篝火が焚かれ、衛兵たちが手分けして
並べ終えた藁の塊に火を点け、炎の壁を作り出す。
炎の熱でスライムの体積を減らす作戦だ。
スライムは熱に身を捩らせ、炎を嫌う素振りを見せる。
狙い通り、徐々に体積を減らしていくが、表面に映る炎の照り返しが明瞭になると、変化が見られなくなってしまった。
衛兵の一人が長剣を持ち、突き刺してみるが、硬い手応えとともに弾かれてしまった。
別の衛兵が両手斧で薙ぎ払うも、敢え無く弾かれる。メイスなどの重量武器に渾身の力を込めるも、結果は同じであった。
メイスの男が一番の力自慢だったのだろう、その後の衛兵たちは火を焼べて、スライムが動かないように止めるだけで、硬い表皮には為す術がなかった。
状況が動いたのは、1時間後。
街中の可燃ゴミを燃料にしながら、スライムの足止めをし、稼いだ時間で招かれたのは1人のドワーフ。
街の中で工房を構えるその男に、高火力の【火魔法】で溶かしてもらう狙いだ。
ドワーフは要請通り【火魔法】放ち、スライムの表皮を溶かし始める。
より効率よく体積を減らすため、【火魔法】を受けて軟らかくなった部位に、両手鎚を振るって千切り飛ばしていく。
分かたれた破片には藁灰が掛けられ、含まれる酸を中和していく。
徐々に体積を減らしていくものの、ドワーフのマナも有限。両手鎚を守るマナに綻びが生じ、呆気なく溶かされてしまった。
【火魔法】を維持することも出来なくなり、ドワーフは戦線離脱となる。
ドワーフが戦線を離れる隙を突き、体表が液状の戻ったスライムから、液弾が全周囲に向かってバラ撒かれた。
炎の壁や篝火を消火するだけでなく、取り囲んでいた衛兵たちへも被害は及ぶ。
水分が蒸発したため、濃縮された酸液を体内で維持することが出来ず、過剰になった無機成分とともに放出されたそれは、直撃するだけで骨が折れる程の衝撃を伴っており、酸が肌を、肉を、神経を、骨を焼く。
直接の被害に悲鳴が上がる。
使用者が犠牲になったのか、【照明】が幾つも消えた。
未だ大きな体躯は僅かな灯りに照らされ、威圧感を増し、恐怖感を呼び起こしていく。
阿鼻叫喚の様相を呈し、統率なく衛兵たちは逃げ惑う。
対するスライムは一番の脅威と判断したのか、ドワーフへと詰め寄っていく。
あわや接触というところで、一陣の風が吹き、スライムの進行を阻んだ。
風はスライムを中心に渦をつくり、逃げる者たちの背中を押す。残った炎はかき消され、数えるほどの【照明】と星明かりとが辺りを照らす。
恐慌に陥り敗走する衛兵が、振り返って見たものは、大きく爆ぜたスライムだった。
再びの酸弾発射かと思いきや、飛び散る破片は大きく、燃えていた。
渦を作る風は勢いを増し、スライム片が降りかからないように舞い上げていた。
程なく風は止み、スライム片が一所にまとまり落下する。
まだ燃えているものもあったが、他のスライム片に埋もれる内に消火されてしまった。
しばらく様子を見て、動き出す気配がないことを察した衛兵たちが歓声を上げる。
どうやら魔核が破壊され、爆散したようだと結論づけるも、なぜ魔核が破壊されたかについては考えが及ばない。
一時は命の危険があり、今を生きている。それが全てだった。
喜び合うのも束の間、怪我人たちを収容しては【回復魔法】をかけ、生の喜びを分かち合う。
消えた【照明】が再び灯り、場の明るさも増していく。
手の空いたものは、藁灰を残骸に掛け、含まれる酸を中和していく。
作業は夜通し行われた。
北門は解放され続け、手伝う市民が行き来をする。
不振な輩の出入りを咎める者はいなかった。
門外での後始末に、出現地点での調査、移動経路の被害確認、犠牲者の身元確認と遺族への報告といったスライムによる直接被害に加え、避難者宅を襲った空き巣被害の調査、偶然居合わせた犯人の捕り物など、二次被害も彼方此方で発生し、衛兵の仕事は多岐にわたった。
都市国家成立後、最大の事件であった。
発生源宅の家主は急な病で面会謝絶と、断固として取り調べを拒否し続けた。
憔悴しきった執事長が代わりに取り調べを受けるものの、獣人王の逆鱗に触れたと、今ひとつ要領を得なかった。
被害の大きかった倉庫が発生源に近いとして、現場を汚していた溶解液の作用が落ち着いた頃を見計らい、調査が行われた。
ぽっかり空いた地下への通路は直ぐに見つかったが、下りる階段も溶かされており、調査は難航した。
地下には不自然な分岐空間があったものの、スライムによって溶かされ詳細は不明。
自前の排水処理場で使用していたスライムが変異し、今回の騒動に発展したと結論付けられた。
被害を受けた家々へ賠償を行うこととなり、現金資産で足りない分は、動産、不動産での対応となり、最終的には広大な屋敷の敷地を切り売りして充てられた。
病で一歩も家を出られない家主は議員資格を剥奪され、家業である商家も遠回しに責を問われ、客足は遠のき斜陽の一途を辿ることとなった。
職を失った使用人たちが路頭に迷い、貧困区の人口は増加したものの、治安はかえって落ち着いたのは、多忙を極めた衛兵たちにとっては不幸中の幸といえた。
荒れた畑を考慮して、四圃式農法のサイクルを変更し、春の種蒔きが行われた。
金属成分の除去に手間が掛かったが、概ね生育は良好を維持できた。
秋冬の休耕時であれば、殖えすぎた排水処理スライムは、畑で単純処分することも検討されるほどだった。
欠員の出てしまった衛兵を補充し、再発した際に備えるため、成人を迎えた男性には兵役が課せられることとなった。
精強な兵を揃える軍の誕生の瞬間であった。
再発防止のため、北西部の上流・中流階級宅では、自前の排水処理場は禁止され、全戸一斉で抜き打ちの検査が行われた。
隠し財産──脱税の摘発も同時に行う為だ。
災害報告会と銘打たれ、各家の当主が一堂に集められた間に検査は行われ、所有権をもっているであろう当主が不在のため、【収納】で咄嗟の隠匿はできない。
地下をはじめ、隠し部屋、金庫まで洗いざらい調べ上げられ、議会の臨時収入は莫大なものとなった。
脱税を指摘された議員は職を追われ、代わって森が焼かれた時代を知る貧しくも強く生きた世代が中心となって、二度目の再生の道を辿ることとなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます