第64話 帽子で照準を合わせる
穴の先は槍だった。
幾つもの槍が天を向き、落ちてくるものを貫かんとしていた。
落下しながら斬り捨てるなんて、斬鉄剣の使い手でもないので出来っこない。
落下時間が短すぎるので、大人しく【収納】から丸太を取り出し、槍を押し潰した。
両開きで造られた蓋の開閉シロと、刺さった後に抜け出され難くするため、長めに作られた槍。
槍に刺さるための勢いを生み出す位置エネルギーの確保とで、10mも掘り込まれている。
それでも落下時間は1.5秒に満たない。
事前に穴の存在を知っていなければ、一張羅を台無しにしていたところだ。
それにしても敷地の広さもさることながら、建物に掛ける情熱が桁違いだ。
怪盗三世が喜んでお宝を盗みに来るんじゃないだろうか。
一緒に落ちた男は運悪く、槍の餌食となった。助ける義理は勿論ない。
魔核を貫かれれば爆発するため、誰かを落とすたびに槍の再設置をしているのかと思うと、この屋敷の闇は深い。
入り口は直ぐに閉ざされ、暗闇が当たりを支配するが、虚子で走査すれば光の有無は関係ない。
ましてや【照明】がある。
【回復魔法】もあるのだから、槍を躱わすことが出来れば、脱出の可能性は格段にあがってしまう。
【照明】を点ければ、この部屋の主が顔を見せる。とは言っても、顔がどこかはこの世界に来て6年経った今でも、よく分からない。
脱出の可能性を潰す肉食性のスライムだ。
男の血の匂いに惹かれ、穴の直下、槍林へ踏み入ってくる。
呆気なく男は取り込まれ、消化が始まった。
物質による消化の可否を観察したいところだが、生憎時間に余裕がない。
槍を見る限りでは、金属も多少腐食はするようで、形がしっかり残っていることから、栄養素として求めているわけではなさそうだ。
しかしながら、穂先だけでなく柄も金属製であることから、木材は消化吸収してしまうように思われた。
穴があることを知っていながら、わざと落とされたのは、このスライムに会うためだった。
不定形な体に対して、意味がある数字かは不明だが、饅頭型の体高は3m、直径は5m。ヒトを優に取り込める大きさだ。
【収納】から適当な長さの木の棒を取り出し、マナ纏わせスライムに突き刺す。
多細胞動物のように胃があるわけでなく、単細胞生物のように食胞があるわけでもない。消化器官とそれに準ずる細胞小器官が存在しない。
非常に原始的な細胞内消化を行うが、言い換えれば、体内の何処でも同じ様に消化吸収出来るということ。
刺した棒を頼りにマナを送り込む。【巡廻】ではなく、取り込まれた男と同じ様に、消化吸収されるものとして送り込んだマナは、スライム自身の魔核へと辿り着く。
虚視でマナの動きを見、魔核の成長過程を確認しながら、どんどん送り込んでいく。
体格に対して、魔核の占める割合が大きくなっていく。
徐々に男を消化する速度が上がり、身を包んでいた革鎧こそ残っているものの、服はポケットや袖口といった布の重なるところを残すのみ。
皮膚はなくなり、真皮、皮下脂肪、表層筋と、人体の桂剥きを見ているようだ。
スライムの体内が赤く染まったかと思えば、それも直ぐに分解され、元の無色透明に近付いていく。
男が骨だけになった頃には革鎧も溶かされ、骨格標本が宙に浮いているかのようだった。
ついに男の魔核までもが吸収され、マナの残滓が零れ落ちる。スライムがドクンと大きく脈動すると、更に消化が早まった。
男を取り込む際に、体内に入り込んでしまっていた金属槍までもが溶かされ、無色透明だった体は黒っぽく、不透明になってく。
大きくなりすぎた魔核が食欲を刺激するのか、貪欲になったスライムが手当たり次第に取り込み始める。大きさは二回りほど大きくなった。
まずはこの成長を齎した、膨大なマナをもつ熊人を。
そうなるであろう事は予測済みだったため、木の棒を刺したまま放棄し通路へ走る。
内側から開けられないようになっている頑丈な鉄扉を、
旧来の製法によるものながら、ドワーフ製の魔鋼武器は通常金属を物ともしない。
扉の先にも通路が続き、程なく上り階段が見えてくる。
上った先にも鉄扉があり、同様に斬り捨てると倉庫の中に出た。
改めて周囲の様子を確認する。家主は既に寝室で、4人を品定めしているような状態だった。
『フィーネ、窓から離れて伏せて下さい。屋根を吹き飛ばします』
遠隔通話でフィーネに指示を出す。心得たもので、直ぐに3人を引っ張り、おもむろに倒れ込んだ。
【収納】から銃手甲を取り出しながら、倉庫の屋根に飛び乗り、狙いを定める。手を入れるだけの簡易な装着のため、マナによる弾体誘導で補助する。
弾は熊牙徹甲弾、狙いは主寝室。
「──ターゲット確認。これより破壊する…!!」
主寝室の天井を吹き飛ばすようにマナを調整し、【着火】する。
放たれた弾丸はレンガ造りの建物を、漆喰の化粧も梁の木材も一纏めに、瓦礫に変えて吹き飛ばした。
天井が高いので、2次加速の衝撃も彼女たちへは届かずに済んだ。
もう2発ほど撃ちたくなったが、過剰攻撃はどうかと思えたので、大人しく銃手甲を【収納】し、主寝室へ駆けていく。
『貴君がこの屋敷の主人か? 同胞が世話になっているようだな?』
「何だお前はっ!? クソッ! グレイは何をしておる!?」
下着姿の4人に適当にカーテンやシーツを羽織らせ、主人に詰め寄る。
『お初にお目にかかる。我が名はミクラ。獣人たちの王なる者。この度は同胞を迎えに参った次第。貴君が支払った相応の額で身請けするつもりだったのだが、残念なことに其処の執事に落とし穴に放り込まれ、命からがら舞い戻ったところだ』
「なんだとぉっ?!」
主寝室の異変に駆け付けた男たちの中にグレイの姿を認め、先程の無作法について言及しておく。
『危うく命を落とすところだったのだ。其方も同様の覚悟があってのこと。おっと、執事の独断だと興の冷めることは言うなよ? 使用人の不手際は家主が責任を負うものだろう? 其れだけの権限をもたせたにせよ、躾がなっていないにせよ、飼い主の責任は言い逃れさせぬぞ』
「ぐぬぬ。お前たち! 何をしておるか!? 賊が侵入しておるのだ! とっとと始末せんかッ!!」
短絡的な主人で甚だ楽だ。
『自ら命のやりとりを宣言したな? 我が命、安くはないぞ? ──“跪き、生に祈れ”』
先程と同様に【雷魔法】で筋肉に電気刺激を与える。腓腹筋だけと生温いことはしない。
大腰筋と腸骨筋、
指屈筋群、上腕二頭筋、大胸筋ら、手を握り、腕を曲げる筋肉に加え、首の斜角筋を収縮させる。
手を握ったまま、頭を垂れ、身体を折り畳んでいく男たちは、祈りとはほど遠い悲鳴を奏でる。
主人の命に従い、侵入者を排除しようと握った刃物が、自らに牙を剥いたのだ。
拮抗筋群を働かせることが出来た者も、屈曲筋、伸展筋の同時収縮という有り得ない力に、骨が折れるか、腱が断裂・剥離し、まともに動けない状態に陥る。
自らの意志とは関係なく動く肉体に、混乱しきった者は敢えなく床を赤黒く汚し、咄嗟に武器を【収納】できた者、拳鍔や寸鉄といった徒手に近いものを得物とする者たちが残った。
『ハッハッハ! 結構、結構。三分の一は五体満足かな? 主人に命令されただけでこの仕打ちを受けたわけだが、しっかり躾てやらねばならんからな。まだまだ付き合ってもらうぞ』
そろそろスライムも倉庫に差し掛かってくる。
『ここから先はご婦人たちには刺激が強い。この隙に遠くへ離れておくことだ。倉庫へはくれぐれも近付かないようにな』
4人が部屋から出て行くのを待ち、【音魔法】で拡声できるようにして、屋敷内へ呼び掛ける。
『我が名はミクラ。獣人たちの王。聞け! 同胞よ! そして、意に反してこの地に縛られている者よ! 其方らを迎えに参った。その意志ある者は、屋敷のエントランスに集まるがよい。我が国へ案内しよう。我が国は助け合いを尊ぶ。動けぬ者には手を差し伸べよ。さぁ、自由をその手に掴め!』
拡声を終了し、このあとの作業に向けて上着と襟布を【収納】し、カーテンをマント代わりに羽織る。
屋敷内から喧噪がこだまする。幸いにも邪魔しようとする輩はいないようだ。自力ではどうしようもない者が、地下に数名いるようだった。
『さぁ、お祈りの時間は終了だ。懺悔はしたな? 主人よ、地下の牢に繋がれている者たちは、随分と手篤いもてなしを受けたようではないか。相応の礼をせねばならんな』
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