第63話 ぱんつくったことある?
「オイ、出ろ」
屋敷のエントランスを過ぎ、馬車止めに着いたところで降りるように指示された。
「お前はコッチだ。グズグズすんな」
御者の男が鞭を撓らせ、風切り音を鳴らす。
「ひぃ、堪忍して下さい」
情けない声で返事をしながら、すごすごと従う。
満足げな御者は、見るからに小悪党だ。
グレイと呼ばれた男は少女2人を連れ、使用人口から母屋の方へ入っていった。
「ホラ、此処でからだを洗いな。足は動かせねぇが、腕は自由にしてやる」
井戸端に案内され、行水するよう命じられる。足枷を変えられ、その間に下着を脱がされた。
「お前でけぇな。いくつあんだ?」
「180くらいです」
「ソッチじゃねぇよ。チン長の方だ」
「計ったことがないので、分かりません」
「まだそっからデカくなるんだろ? 御館様に見付かんじゃねぇぞ。チョン切られちまうからな」
御者の男は根本で手刀を振り、切り落とす動作をしてみせる。
「う、肝に銘じておきます」
「ちょっと待ってろ。着替えとってくるからよ」
そう言い残し、使用人が下宿する建物へ入っていった。
改めて今いる場所を確認する。
母屋はドワーフの国で建ててもらった別邸くらいはあり、加えて使用人たちの住み込む寮と倉庫。少し離れて馬車止めと馬小屋があり、庭も2~3軒家が建ちそうな面積を有していた。
市内での位置は北西部の中程からやや外周に寄ったところ。
中流階級層のはずだが、周りの建物でここまでの規模を有しているものはない。
付近の土地も買い上げ、大きな御屋敷を建てたようだ。
外壁に囲まれ、家屋の密集する都市内で、そんなことが出来る家主が相当な実権を持つことは、想像に難くない。
貧困区の人買いからフィーネたちのもとへ辿り着けるかは賭だった。
偶々、今日獣人を買い取る客がいて、ソイツが2人を攫った犯人だった。
ご都合主義にも程があるが、腐った人間が大勢いても嫌だ。
そもそもが娘たち目当ての犯行で、人質として攫われたのだと思った。
母親であるリィナの顔を覚えていたのだと。
なので人買いで獣人を購入し、同好の士を紹介してもらって、そこから犯人へ辿り着こうとしたのだ。近くまで行くことさえできれば、大分見付け易くもなると考えた。
それが既に買い手が付いていては、購入どころではない。猿知恵ここに極まれりだ。
話を進め、買い手が直ぐ来ると分かるまでは、気が気でなかった。
尾行しようかとも思ったが、到着時間は変わらない。便乗して行くことにした。
【音魔法】と虚子による脳への介入で、店主はひどく素直であった。セロトニンとオキシトシンの脳内分泌は、安心感、多幸感をもたらすというが、猜疑心を消すことにうまく成功したようだった。まぁ、洗脳だな。
運良く2目的地に人がいてくれた。
闇雲に都市内を探すよりかは効率的だったと思う。
まぁ、ダメだったらダメだったで、街を滅ぼす覚悟を決めるだけだったが。
家人は食事中だろうか、肥え太った体躯が長テーブルを前に小刻みに動いている。
フィーネたちは風呂から上がり、寝室と思しき部屋へ移動中だ。
釣った魚に餌はやらない方針なのか? もしくは胃の中に何もない方が都合がいいのか。自分だけ食事をして、女たちには与えないようだ。
いずれにしても、余り時間はないようだ。
此方は既に未亡人を2人娶っている身だ。
NTR属性もなければ、目覚めたいとも思わない。
先程の少女たちがフィーネたちと入れ替わりで身を清めている。
申し訳ないが、出しに使わせてもらうことにしよう。
ラピスラズリを引き合いに出してきているのだから、真っ正面からぶつかっても店に迷惑をかけるだけだ。
フィーネたちとは無関係を装い、此方に注目を集めておいて、その間に逃げられたとした方が良いだろう。
無論、二度とちょっかいを出すことが出来ないように、相応のダメージは受けてもらうが。
「待たせたな。コレに着替えろ。──ってえぇ!?」
『御苦労。着替えは手前で用意した。いらぬ手間をかけさせたな。では、主人の許へ案内願おうか』
「ハイ、此方です」
戻ってきた御者に、人買いの店主と同様、聞き分けよくなってもらう。
6年半振りに袖を通したスーツはかなり窮屈で、破らないようにするのに注意が必要だ。シャツも第二ボタンまで開けたまま。
ネクタイが出来ないので、ティアナの土産にと買っておいたスカーフを首に巻く。
上流階級と呼ばれる者たちの暮らしは知らないが、そこそこの見た目にはなっているはずだ。
御者の先導の許、正面のエントランスに引き返し、玄関から堂々と母屋に入っていく。
「夜分に何用ですかな? 初めてお目にかかる顔です。失礼ながら、お名前をお訊きしても?」
灰色になった髪を撫でつけ、モノクルを掛けた男が誰何の声を上げる。
スーツ姿に白手袋、口元にたくわえられた髭は、如何にも執事長といった様相だ。
先程は外套にハットを被っていたため顔が分からなかったが、声から察するに、この男がグレイか。
『我が名はミクラと申す。ここで同胞が世話になっていると聞いた。是非とも身請けしたく、ご主人にお目通り願いたい』
「ふむ。まともな格好をしているから、どこかの家の者かと思いましたが、見当違いでしたか。所詮はケモノといったところですね。どうせどこかの家で盗んできた物でしょう。サイズも合っていない。旦那様に会わせるなど以ての外だ。お引き取り願いましょうか。──オイ、お帰りだ。つまみ出せ」
『それは貴方が判断することではない。主人の処へ案内せよ』
「──。妙な術を使う。そうか、貴様さっきの熊人か。なら、尚更会わせるわけにはいかんな」
そう言ってベルを鳴らすグレイ。
奥の扉が開き、屋敷に不釣り合いな男たちが顔を出す。
「お帰り頂け。多少手荒になっても構わん」
「ヘーイ。だってよアンチャン。とっとと出てってくれや。血を見たくはねぇだろ?」
実力行使でいくしかないか。
男たちの中には、追っ手の中にいた顔も散見出来た。いずれ村までやってくる可能性もなくはないだろう。
ゼインたちには事後承諾だな。謝って許してくれるだろうか?
『──仕方ない。勝手させてもらう』
「何ウダウダ言ってんだ。いいから早く、出て──けぇ。イデデデデ!」
男たちは悲鳴を上げながら、その場に座り込む。
【雷魔法】で脹脛に電気刺激を送ったのだ。強烈な収縮が腓腹筋で起こり、痛みを伴い、正常な歩行が阻害される。いわゆる腓返りだ。
座り込みはしないものの、グレイも顔を引き攣らせ、額には脂汗を浮かべている。
ちゃんと効いてはいるが、胆力で耐えているようだ。
『少々動きを封じさせてもらった。抵抗しなければ、命は保証しよう。この屋敷にいる獣人をはじめ、望まずに奉仕させられている者を全員連れてきてもらおうか』
「うおおおぉぉぉっ!!」
背後から近寄り、両手剣を振り下ろしてくる男を躱わし、長鉈を取り出して両腕を切り落とす。
悲鳴とともに血が撒き散らされるが、直ぐに【火魔法】で切断面を焼いて止血する。
『抵抗するなと言った。力技で職務を全うしようとは見上げた根性だが、状況をよく考えた方がいい。次は首を落とす。グレイ、だったか? 早々に主人の許へ連れて行け。でなければ、どうなるか分かるな?』
武は見せた。主人への献身さを出してくるのか、はたまた我が身可愛さで差し出してくるか。
少女たちも風呂から上がり、寝室に向かっている。
主人もどうやら食事を終えたようだ。
いよいよ時間がなくなってきた。
「分かりました。案内しますので、解いてもらえますか?」
『よかろう。だが下手な真似はするなよ? 奥の食堂の主人が、寝室に向かい始めたことは分かっている。わざわざ案内させるのは、あくまで客人として訪問しているからだ。賊として侵入したのであれば、生かしておく必要はないという事を、肝に銘じておけ』
「ハイ。ではコチラへ──」
そう言ってグレイに案内された場所は、地下だった。
ガコンという音とともに、ホールの床が口を開け、全身を浮遊感が襲う。両腕を切り落とされた男も一緒だ。
落とし穴の先は──。
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