第62話 音無響呼
バンドウッヅの街中を走る。
目下の目的地は貧困地区と言われる南東区。人買いがいる場所を目指しながら、2人の居場所を探る。
虚子も虚視も常時発動で地区の中央部に向かう。
人買いの拠点なら檻なり牢なりが備えられているはずだ。
虚子走査が出来る分、端から順に探すよりも効率がいい。
尋ね人は嫁2人。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
東門に到着しても、リィナとフィーネの2人の姿は見えなかった。
暫く待ってはみたものの、一向に現れる気配がないため、捜索することにした。
娘たちは門の外で待機。念のため農業地帯の外周で野営を張ってもらうことにした。
オットーやブルーノは鉱脈探しで遠征することもあり、慣れているからと了承してくれた。
気配察知に優れるシルフィとミアが周辺警戒に立ち、野営の準備が終わり次第、オットー、ブルーノ、ハンスで幌馬車の準備に取り掛かり、ルゥナが食事の支度をする。
周りの環境と、妹たちが獣人で成長が早いことから、張り合ってなんでもできるように頑張っているが、熟しているあたり少々物悲しくもある。
だが今は転生チートみたいな娘に頼らせてもらうしかない。5歳なんだよなぁ。
ラピスラズリには酔い客がポツポツ出来上がりはじめ、2人の姿はなかった。
散歩がてら武器防具・装飾品の見学に、道具屋を覗いていないかと北通り沿いも見て回ったが、そこでも2人がいる様子はなかった。
大店の番頭に2人の特徴を告げ、見かけていないか尋ねるも、色よい返事は得られなかった。
東通りに戻り、門に向かって走る。
行き違いになってしまったのではないかと不安になった。
2人のマナのパターンも、スキャンしたときの外形も覚えている。
見落としようがないと驕っていたからこそ、見落としてしまったのではないか。
行き違いを願いつつ門へと急ぐ。
「おい、アンタ!」
不意に呼び止められた。
「私でしょうか?」
「そうだ。さっきもすごい勢いだったが、どうした? なんか無くしもんか?」
声を掛けてきたのは東門の守衛。
閉門作業のために人払いで出て来たところだろうか。
よく見ると、往路で世話になった人だった。
挨拶もそこそこに、急いる心を抑えながら、事情を話す。
2人の特徴と、待ち合わせ場所に時間になっても来ないこと。
既に心当たりは回って、行き違いの確認のために、待ち合わせ場所に戻ってきたこと。
「──おお、あのときの。──今日は昼からの勤務だったが、見てねぇなぁ。ドワーフならそこまで珍しくもねぇはずだがな。ただ──」
距離を詰めながら、声を潜める。
「ここだけの話、好事家──いやただの好色ジジイだな。ソイツが前回の選挙で当選しちまってさ。誰某構わず、需要がある状態になっちまってるんだ。人買いたちは自分たちが献上することもあれば、客に頼まれて調達することもあるしで、この街の人間じゃなけりゃ、誰でもいいくらいの勢いらしい」
ゴォン、ゴォンと6つ鐘が鳴り、東門外側の落とし格子が降ろされ、次いで内側の落とし格子も降ろされた。
これで朝まで娘たちと合流できないことになった。
「
「人買いが棲み付くのも貧困区でしたっけ?」
「おい、まさか──」
「──行ったか?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『ご免!』
「ハイハイ、何でしょう? 今日はもう店じまいなのですが?お急ぎですか?」
『人を買いたい。何人かいるんだろう? 見せてもらえないか?』
「お客サン、なんです? 藪から棒に。ウチはタダの雑貨商ですよ? 人なんて売って──」
南東区の中程、都市の階級で言えば下級から最下級の合間。貧困区のど真ん中にその店はあった。
周りにも複数似たような店はあったが、檻の中に人がいるのはこの店だけだった。
薄暗い店内には雑然と物が並べられ、店主の言うとおり、見た目はタダの雑貨屋だ。
【照明】のあるこの世界では珍しく薄暗いのも、もう店を閉めるからだと言われれば納得してしまう。
『コレでどうだ?』
店主の座るカウンターに金貨の入った袋を置く。
ジャラリと中を見せてやり、れっきとした客であることを主張する。
『獣人が欲しいのだ。2人ほど、何とかならんか?』
「──ハイ。いや、既に2人とも買い手が付いておりまして、申し訳ないが売れんのです」
『その方の倍払おう。何だったらその買い手の方と直接交渉しても構わん。良ければ相手のことを教えてもらえないだろうか?』
「──ハイ。いえ、余所のお客の情報を教えるわけにはいきませんが、そろそろ引き取りにみえられるはずです」
『そうか。この場で交渉するとお主の立場も悪くなるだろうから、外で話すこととしよう。獣人が
「──ハイ。そのように。では私は檻から出してきますので、失礼します」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いらっしゃいませ、グレイ様。準備は出来ております」
店の扉が開き、現れた客人の姿を認めた途端、猫撫で声で店主が応対する。
「ン、1体多いようだが?」
「先程入荷したばかりでして、鞭で叩けば反抗しないように、従順に躾られておりますゆえ、折角ですからオマケにと思いまして…。勿論、お代は頂きません。仮に逃げられたとしても、財布が痛まないので、如何でしょうか? 掃除夫としてでもお使いになってみては…?」
「良かろう。取り敢えず連れて帰ろう。そこで旦那様がお決めになる。殺してしまっても文句は言うなよ?」
「えぇ、もう、構いませんとも。お気に召すように扱い下さい」
グレイと呼ばれた男の乗り付けた幌馬車に、下着姿の豚人と兎人の少女2人に熊人の男が乗り込む。手足には枷が付けられ、満足に走れないようにされていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
馬車は30分程走ったところで一度停止し、門の開く音の後に再度動き出した。
目的地に着いたようだ。
改めて虚子走査をすれば、目標の2人も見付かった。
どうやら風呂に入っているらしい。周りは女性ばかりだ。
事の後でなければ、入荷直後の身体チェックといったところか。
フィーネは鍛冶での【身体強化】は出来るものの、荒事はからっきしだ。
妊娠してはいないので、リィナは戦えないわけではないはずだ。
姉のルナさんの逝去がショックだったにせよ、拉致されるほど呆けてはいないと思う。呆けていないんじゃないかな。まぁ覚悟はしておこう。
自らとフィーネの声帯を虚子で包み、右耳の鼓膜の前、外耳道に虚子を展開する。
『フィーネ。聞こえますか? フィーネ』
声帯から鼓膜へ、虚子を介した【音魔法】による遠隔通話だ。
『トモー?! どこだ? どこにいる!?』
『落ち着いて下さい。返事は小さな声で大丈夫です。周りの目がありますから。すぐ近くにいますよ。状況を教えて下さい』
落ち着いたことを確認し、フィーネの周りに【風魔法】で展開していた真空の無音帯を解除する。
急なことで取り乱すだろうと、保険を掛けておいたが、正解だったようだ。
大きく声帯を振動させると、どうしても周囲の空気も振動し、他の者に気取られてしまうのだ。
『自力で外に出てこられますか? どなたかお知り合いの家ですか?』
『いや、脅迫されて連れてこられたんだ。猫人、熊人、只人の3人娘は預かったとかワケの分からんことを言う連中が来てな。そんな間抜けはいねぇよと軽くあしらったら、ラピスラズリがどうなっても良いのか?って言われて、リィナがこんなだからズルズルとここまで来た次第さ』
『何かされましたか?』
『特にはされてないけど、時間の問題だ。今は風呂に入れられてる。丹念に洗われちまったよ。助けてくれるんだよな? ダンナ様?』
『──無頼の輩というわけですね。了解しました。介入します』
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