第61話 瑠璃の姉妹
出発時と同様、北からバンドウッヅに入門する。
例によって守衛に呼び止められるが、今回は理由が異なっていた。
ドワーフ国の成立に呼応するかのように、選挙後の新議会発足と同時に都市国家となることが宣され、入市税が必要なのだという。
余所者は金銭の納付が必要で、無一文では正に門前払い。
難民など財をもたないものを入れさせないための理由づくりであり、盗難目的の無頼者を排する事が目的だ。
完全に買い取り目的の行商で、手持ちがない場合は、担保となる物を差し出すことで仮入国が可能となる。
その場合、衛兵の付き添いで買い取り所まで行き、早々に目的の物を売却、付き添った衛兵にその場で支払いを済ませ、担保を買い戻すことと決められている。
衛兵によっては、足元を見ようとする買い取り所に目を光らせ、適正価格で取り引きを行わせて、付き添いの駄賃をせしめる者もいれば、反対に、買い取り所の好きにやらせる代わりに、口止め料として上前を撥ねる者もいる。
いずれにしても、予め入市税を用意しておいた方が、実入りは大きいものとなる。
集めた税は、入場者が問題を起こした場合の治安維持費に充てられることになっており、市民は市民税として徴税されているため、開門時間であれば何時でも何度でも出入りは自由らしい。
また、物品の販売・売却についても税が掛かることになるという。
都市内の店舗に持込む分には店舗側が買取価格に都市への税を上乗せするため問題ないが、露店などをする場合には許可証がないと、処分の対象となる。
この許可証も市民以外では莫大な保証金の納付が求められ、一朝一夕では手に入らないようになっているとのことだ。
「くれぐれも問題を起こさんようにしてくれよ」
「ご説明有り難うございます」
「なぁに、新しい決まり事で、説明するのが今の俺の仕事だよ。何百回同じこと言ってきたか、覚えちゃいねぇや」
守衛の男に礼を言い、門をくぐる。
「あまり長居しない方がいいかもしれませんね。食事を済ませてから牧場で馬を購入して、早めに出ましょうか」
皆の同意を得て、一路ラピスラズリを目指す。
「おや、久し振りだねぇ。めっきり姿を見ないから、もう帰郷しちまったのかと思っていたよ。そっち使いな」
ラピスラズリに到着し、女将に声を掛けると、テーブル席を2つ使うように促された。
「ご無沙汰しております。彼らを勧誘するのに少し手間取りましてね」
「アッチも国家成立させたんだっけねぇ。注文はどうすんだい?」
ドワーフたちの姿を認め、何となく事情を察してくれたようだ。
「お子様ランチを3つにカレーライスを6つ。カレーライスの1つはグリンピース抜きじゃ。福神漬けとらっきょうは容器ごとくれ。麦酒6つに、果汁を3つ。なければミルクを3つじゃ」
「あいよ。今日は羊肉だよ。ラッシーもあるけどどうする?」
「じゃあ、子どもたちはラッシーに変更じゃ」
程なく料理が運ばれてくる。
店で出される料理の殆どで使われているベーススープに、羊肉の下拵えに使われたネギと生姜にローリエ。
クミン、カルダモン、コリアンダーにターメリックが加えられ、カレーとしてしっかり完成しているにもかかわらず、小麦粉を炒めた物を加えトロみと香ばしさが追加されている。
故郷のカレーを再現しようとした苦労がヒシヒシと伝わってくる。
スパイスを取りまとめ、まろやかにするため使われているのは生クリーム。
冷却して分離した乳の上澄み、浮いた脂肪分だけをとっているのだろうか?
低温殺菌されていても、乳脂肪分までは調整されきっていないこの世界では、ミルクと生クリームは区別されていないが、紛れもなく生クリームだ。
そして隠し味に使われているのは──。
「──チョコだ」
「よくわかったねぇ。隠し味はもう一つあるんだけど分かるかい?」
目を閉じて味覚に集中する。虚子で分子解析は邪道だ。
舌を刺激する唐辛子に邪魔をされながら、色々なスパイスの先にある味を探る。
味覚を鋭敏にしながらも羊肉の臭みを感じないのは、浮かび上がる灰汁をこまめに取った丁寧な下拵えの賜物だ。
「アプリコットジャム──」
「!? ──正解だよ! よく分かったねぇ。──ウチの娘いるかい?」
「いえ、間に合っていますので。当たっていたようで何よりです」
辛さ、まろやかさ、臭み消し、旨味の他に感じたのは甘味。果実であることは揺るぎなく、舌触りから、皮は取り除かれた物のようだった。そこでベリーの類が候補から消えた。
ほのかな酸味と果実の甘みをさらに追い求め、辿り着いたのがアプリコット。すなわちアンズだ。
味覚チャレンジのつもりだったのに、女性陣の目線が痛い。
こんなところで娘の成長を感じたくはなかった。エビフライが美味しそうだ。
「賞品を頂けるのであれば、スパイスを分けて貰いたいですね。帰りの旅路を急ぎたいので、商店に寄る時間がないのです」
「それぐらいならお安いご用だよ。ちょっと待っていな」
「凄いと褒めるべきなのか、バカじゃと扱き下ろすべきなのか…」
「お待たせ。今日使っていないのも入れといたよ。娘は本当にいらないのかい? 2人目でもいいんだよ? 母親のアタイが言うのもなんだけど、気立ても良くって美人だよ? 尻もキュッと上がって揉み応えも十分さ。胸も大きいし、そっちの娘と──」
リィナに目を留め、停止する。
──バレたか?
「こんなによく似た嫁さんがいたんじゃ、靡かないか~。あわよくば跡取りが出来ると思ったんだけどなぁ。それにしてもアンタ、ウチの娘──いいや母さんの若い頃にソックリだね」
あからさまに顔を背けるな。本当にバレるぞ。
「女将さんはリタさんに似ていますね。娘をグイグイ売り込むところなんか、錯覚するほどですよ」
「あらやだ、歳は取りたくないもんだわ。孫の顔見たさで焦っちゃってんのかねぇ。悪いね。忘れて、忘れて」
何とか話を逸らせたようだ。
「そうだ、帰りってことはリタの村にも寄るんだろ? コレを届けてもらえないかい?」
そう言ってイヤリングを手渡された。
左右で石のカットは揃えられているが、色味は違っていた。金属部分は同じ意匠で、対になっていることは間違いない。
「コレは──?」
「アタイの祖父さん祖母さんのだよ。母さんがこの冬に逝っちまってね。遺言なんだ。『リナと一緒にしてやってくれ』ってね。リタに渡してくれたら、あとはアッチでやってくれるさ」
「──分かりました。確かにお預かりします」
「あと、アンタにはコレ。お駄賃って訳じゃないけどさ、前回来てくれたときにピーマン抜いただろ? 碌な人間にならないよって。死んだ叔母さんと重なったみたいでさ。姉妹でお揃いだったリボンだってさ。──貰ってやってくれないかい?」
コクリと頷きリボンを受け取り、そのまま俯いてしまうリィナ。
長めのランチタイムとなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「では、フィーネさん、リィナさんのこと、宜しくお願いします」
「夕方には東門にいるようにするよ」
昼食を終え、フィーネとリィナを残しラピスラズリを出る。
フィーネにはリィナに付いてもらい、もう少し落ち着いたら、散歩でもしながら東門を目指してもらう。
その間に南門から外に出て、牧場の厩舎を訪ねて馬を購入するのだ。
夕方5つの鐘を目安に東門で合流し、ダンの村へ向けて出発する予定だ。
日暮れからの出発は褒められたものではないが、遠征用の家や地下室の方が、娘たちにかかるストレスが少ないのだ。
門を出る際に、念のため再入門用の札を貰っておく。
これがあれば、当日の6つの鐘で門が閉まるまで、再入門で入市税を払わなくていいのだという。
合流を済ませればそのまま出立してもいいのだが、リィナの様子が不安定なこともあるため、一応の保険だ。
「アッチの2頭とソッチの黒いのとソコの白いのだな」
「とのことです。おいくらですか?」
「黒と白は牡馬だが歳もいってるし金貨5枚ずつ、もう2頭は妊娠してるから金貨15枚ずつだ。どんな馬が産まれるかは訊かんでくれよ。良い馬が産まれるように掛け合わせても、駄馬のときもあるんだ」
「合計金貨40枚ですね。此方で宜しいでしょうか?」
「おう、数えるから待っとくれ」
牧場主に金貨を渡す。
建築材を運ぶのに馬を使うことがあったらしいので、ハンスに目利きを任せた。
牝馬と牡馬2頭ずつで、仔に期待できそうなら老馬でも構わないという条件で選んでもらった。
提示された額も妥当なところらしい。
「お客さん、枚数は合ってんだけどさ、中央金貨じゃねぇと駄目だぜ。コイツとコイツは見たことねぇ意匠だ。古銭か? 使えねぇことは確かだぜ。あとコッチの6枚は磨り減ってて認めらんねぇや。別でキレイな8枚あるかい?」
「えっと──、此方で大丈夫ですか?」
【収納】から再度金貨を出して手渡す。
「ひぃ、ふぅ、みぃ────。おう丁度だな。今準備するからな。待っててくれ」
牧場主が馬を連れてくるそばから、ハンスたちが馬具の準備をする。鞍を載せ終えた馬に娘たちが跨がり、常歩で慣らしていく。
妊娠中の牝馬も、娘くらいの体重であれば程よい運動となるだろう。山越えのときが少々不安ではある。
「飼い葉はサービスだ。3日分くらいはあると思う。【収納】出来なきゃ、背負わせてやりゃいい。自分たちの食い扶持だしな」
ゴォン、ゴォンと街から鐘が5つ鳴る。
「もう東門へ向かわないといけませんね。お世話になりました。飼い葉もありがたく頂戴します」
手早く飼い葉を【収納】し、牧場主に挨拶を済ませる。
「おう、またおいで。早くしねぇと、門が閉まっちまうぞ」
ミアとシルフィ、ルゥナとハンスで牝馬に、オットーとブルーノが白馬に、そして自分が黒馬に乗る。
外壁沿いにぐるりと回り、2人と合流するべく、東門へ向かった。
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