第60話 乳袋は浪漫
ドワーフの国の新体制が整う間に冬を迎え、帰郷は年を越してからに決めた。
ドワーフ国に留まる間に済ませておこうと、手始めに宅地を整えた。
虚子による走査で地下に坑道が走っていないことを確認し、適当な大きさで土を小分けしながら【収納】し、地面を掘り下げていく。
与えられた土地をすべて掘り返し終えたら、用意していた容器に土を取り出し、王選予選で使用していた鋼材を突き刺してマナを纏わせていく。
程なく、マナに耐えられなくなった鋼材が振動しはじめ、土をどんどん崩していく。電動ハンマーならぬ、魔動ハンマーだ。
崩れきったら沸かした湯を注いで、可溶性の金属塩を抽出する。
簡易的な魔法炉とスクラバーを組み、水気が抜けた残りの土を焼却する。
融点の低い金属は取り除かれ、酸化物となったものの内、磁性のあるものを電磁石で除去する。
残った土から手甲でマナを吸い出し、マナ由来の毒性も排除する。
これらを繰り返して粗方の有毒成分の抜けた土を、掘り返した穴に戻して【土魔法】で圧縮、基礎を固めていった。
建物自体は王宮側で図面が引かれ、実作業も殆どドワーフの職人たちの手に委ねられた。
王宮に近いことから、周囲と外観の雰囲気を揃え、景観を損ねないようにするためにはそれが最善だと判断した。
職人たちの暇潰しや彫刻・造形の練習台になるのは明白だが、人の手が加わり続けてくれれば、建物の寿命は長くなりやすい。
獣人の村へ出向いてくれることが決まった職人たちも、積極的に暇潰しに参加してくれた。
オットー、ブルーノ、ハンスがそれぞれミア、ルゥナ、シルフィに付いてくれた職人だ。
王選予選を突破し、武器製作で一人前となったが、それぞれ彫金、鍛冶、建築と得意な分野は異なっているらしい。
辛うじて王都を発つ前に完成し、落成式を執り行うことが出来た。
公衆浴場では大浴場と脱衣場とトイレが大部屋で用意され、男女を分けて計6区画。1つ当たりも大きいので同時に取り掛かれる人数が多く、短期間で完成できた。
王都ウェルマーチ邸は、用途が大きく異なるため部屋数や装飾が異なり、敷地面積に対しての工期は大きな差があった。大衆向けと国賓向けとの違いもあったのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お世話になりました」
「「「なりました!」」」
「おぅ、またいつでもおいで。お前ぇたちもいつでも帰って来いよ。ちゃんと仕事してからだがな。追い出されるなんてカッコ悪いことすんじゃねぇぞ」
「「「お世話になりました!」」」
娘たちに続き、オットー、ブルーノ、ハンスの3名も別れの挨拶を済ませていく。ご家族も見送りに来てくれた。
「彼らのことは任せてください。帰りたくないと思わせるほどの生活をお約束します。とはいえ、少なくとも10年周期で戻って来られると思いますよ。王選がありますからね」
残雪の中、獣人の村へ帰るべく、王都ツワァゲンバーグを発つ。
この世界で7度目の年越しを過ごし、ようやくこの国でやるべきことを終えることが出来た。
ミアとシルフィの誕生日を村で過ごすため、畑の種蒔き、植え付けを手伝うためにも、少し足元が悪い時期だが出発を決めた。稲作への挑戦も待っている。
ドワーフの国でも新年は花火を打ち上げ、寒さを吹き飛ばすように騒ぐのだが、酒量がやはりドワーフなのだ。持参した
誕生祝いの振る舞い酒が出せないことも出発を急がせた。
王への謁見も済ませ、オイゲンらに見送られ王都門へ向かう。
馴染みとなった酒場の店主や女中、公衆浴場でよく一緒になるご隠居さん、世話になった職人たちが手を振り、挨拶してくれる。
この地はこの地で、一つの地盤を固められたと思う。
だがそろそろ干物以外の魚が食べたい。まずはバンドウッヅでオムライスだ。
半年以上経っているし、追っ手の彼らも暇ではないと思いたい。
門を出て、狭い山道を下っていく。
「「「パパ」」」
「来ましたね」
「「「??」」」
──────
「すみません。ここで少々休憩します」
オットー、ブルーノ、ハンスの3人はポカンとしているが、気配を察した娘たちは心得たもので、【収納】から各自椅子を出し、遊び始める。最近のブームはあやとりだ。
新年には羽子板や独楽をお披露目したが、羽子板は目を離した隙にマクアフティルに姿を変えた。羽根を打ち合う競技のはずが、羽子板で直接相手を打ち合っていた。飾り羽子板でなくて良かった。
独楽は紐が結びつけられ、中距離武器になっていた。折角なのでちゃんとしたヨーヨーに作り替えることにした。舐めたらいかんゼヨ。
些か物騒ではあったが、楽しんでくれたようなので良しとする。
案外先人達は実利に重きを置き、こういった文化の伝来は出来ていないのではないだろうか。決して伝来失敗した僻みではない。
一人あやとりが上手いのはシルフィ。ミアがハシゴ、ルゥナが東京タワーに挑む中、スカイツリーを完成させた。展望台の造りが意味不明だった。
二人あやとりが巧いのはルゥナ。ダイヤモンドの取り方がキラーパスとなるはずなのに、
そもそも、糸の長さがおかしくないか?
ミアは紐を振るだけでじゃれてくる。これも遊び方が違うんだけどな。
「のう?」
「何でしょう、リィナさん?」
あやとりを眺めながらボーッとしていると、リィナが声を掛けてきた。
「嫁を2人とも置いて、何処へ行くつもりなんじゃ?」
「昨夜も酔い潰れた上に、バケツを被って王都兵に連行されてしまうから、てっきり永住するのかと思っていましたよ。家もありますし、面倒見てもらえるように、ガイウス王にもちゃんとお願いしてあったのですよ?」
「迎えに行かなきゃ明後日くらいまで独房だよ。酔いが醒めてから丸一日空けての釈放だからね」
「フィ~~ネええぇぇぇ~~」
うすら涙を浮かべたリィナがフィーネに抱きつく。
防寒仕様の毛皮のコートを着用しているにも関わらず、何故か胸の谷間にフィーネが埋まる。
「く、苦し──、っぷはっ」
辛うじて息継ぎをするフィーネがウインクしてみせる。
──計画通り。
「まーたワルい顔している~」
「「ねー」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の内に山道を下りきり、新たに設けられた関所で一夜を過ごす。
【収納】のあるこの世界では、武器や危険物の持ち込みは防ぎようがない。
【収納】の中身を詳細に知ることが出来なければ、裸一貫で十分に脅威に成りうるのだ。
この関所も一般的に用いられる道の上に在るものの、道なき道を進む輩を防ぐことは不可能だ。
だが切り立った岩山を進むためにはリスクがあり、国家設立のきっかけとなった『十器世』の窃盗のように、窃盗品は【収納】が出来ないため、自然と道を進まざるを得なくなる。
持ち込みを防ぐことは不可能だが、持ち出しを防ぐことは可能だ。
そのために設けられた関所である。
明らかな不審者を排除する役割もある。
他者が所有権を有する物は【収納】が出来ない。この原則は絶対であり、窃盗品は常に身に付け持ち歩くことになる。
往路での窃盗犯の捕り物騒ぎも、所持品検査で潔白を示すことが出来る。
わざわざ連行する必要はないのだ。
仮にクロだとして、賠償だ何だといった際に保護者を切り離す理由はない。
ここで一つの可能性が思い浮かぶ。
取り調べをする際に、相手が【収納】から物を取り出し、紛れ込ませればどうなるか?
無論、相手は【収納】出来、此方は出来ない。所有権が明確なため、犯罪が立証されてしまう。
取り調べ側が明らかに有利であり、冤罪と反証することも出来ない。
元々相手を疑ってかかっていたため、犯人像と身体的特徴を変えることでやり過ごしたのだ。
おそらく人身売買絡みだろう。議会選挙も終わっただろうし、急な需要もないはずだ。
国家として民の権利を主張したドワーフを伴っているため、進んで揉め事を起こそうとはしないと思いたい。
村に連れ帰る馬を購入しなければならないし、リィナの生家であるラピスラズリをもう一度訪ねるくらいは許されるだろう。
とはいえ、娘たちにはしっかり偽装するように釘を刺すのであった。
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