第59話 またなんかやっちゃいました?

 4度目の銅鑼が鳴り、互いが飛び込み剣を交える。

 筋肉質なドワーフは総じて重心が低く、静止状態からの押し合いに強い。

 身長が頭2つ低いからと、上から伸し掛かる様に体重を掛ければ、逸らされたときに踏鞴を踏むことになる。


 中途半端な加重はすぐに跳ね除けられるも、それしか選択肢がないことも分かっている。後跳し距離を取る。


 右に左に、上に下にと斬り払い、突きを去なし、躱わし、幾合と斬り結ぶ。


「中々どうして、やるではないか。だが、そろそろ終わりにさせてもらうぞ」


 両手剣に纏うマナが増えていくのに合わせて、ショートソードのマナも増やしていく。


「受けて立ちましょう」


「よく言った! 受け損なうなよっ! ──うおおおぉぉ!!」


 両手剣に纏わり付くマナが砂塵を巻き上げ、渦をつくる。

 ガイウスは大きく足を広げ、右足を前に出して半身になり、大上段に振り上げた両手剣を腰撓めに構え直し、切っ先を此方に向ける。


 対して此方も右を前に半身となり、左足に重心を残して右手の剣を突き出す。


「「いざ、尋常にッ!」」


「参るッ!!」


 裂帛の気合いとともに、両手剣を肩に担ぎ突進してくる。


 直剣を持つ手の肘を引いて力を溜める。


 ──6──5


 刺突を繰り出すタイミングを計る。


 ──4──3


「──なッ?!」


 一歩二歩と距離を詰めるガイウスが、遙か手前で担いだ両手剣を振り下ろしたのだ。

 地面に突き立つ剣を支点に宙返りをし、不足していた距離を詰めながら、勢いを増して大上段からの振り下ろし。

 突きのつもりだったショートソードを横にして、斬撃を受け止める。


 タダの勝負であれば、去なしたところに追撃するだけでいい。

 ガイウスも突進前の発気で、砂塵だけでなく【風魔法】を発して、此方の動きを制限することも出来ただろう。

 だが王選のルール上、それは出来ない。

 あくまで武器同士の対決。武器破壊が目的だ。


 意表は突かれたものの、ガイウスは真っ向からの唐竹割り。

 有言実行、受けて立つのみ。


 剣に纏わせるマナを増して刃を守りつつ、腕の屈伸で勢いを殺し、押し合いに持ち込む。

 空中にいるガイウスは自由が利かない。


 一歩、二歩、踏み出し、腕を畳み、伸ばし、ショートソードにのし掛かる両手剣とガイウスとそのマナを──押し返す。


 ギィンと不愉快な音の後に、跳ね飛ばされたガイウスが土煙を上げて地を転がる。

 少し遅れて折れた刃が地に刺さった。



「勝負あり!」


 土煙が晴れ、折れた刃の確認を済ませた立会人が宣言する。


「──見事」


 先の折れた両手剣を杖代わりにガイウスが立ち上がる。


「勝者トモー!」


 残心を解き、礼をする。


 割れんばかりの歓声に、拍手や指笛が鳴り響いた。


「トモーよ、流石だった。これで公明正大に発表できる」


 歩み寄るガイウスに握手を求められ、応える。

 何の発表かと考える間もなく、ガイウスは言葉を紡いだ。


「諸君、ご覧頂いたように、今日此処に新たな技術の集大成が花開いた。予選鋼材どころか、今回の王選を戦った武器も木っ端の如く。大地に突き立てようと刺さりすぎず、かと言って刃毀れする事もない。斬れ味はマナの加減で自由自在だ。今後はこの製法の修得に努めてくれ」


 ガイウスの言に観衆は耳をそばだてる。


「新たな知をもたらし、たった今、その武も披露してくれた。王選という限られた条件での試合ながら、その実力は計り知れない。脅威を感じるとともに、友人としてこの場に立っていてくれることに深く安堵もする。トモーを『永世朋友』とし、トモーに対して敵対行動をとることは一切禁じる」


「有り難く存じます」


 片膝を突き、礼を取る。

 再び、歓声と拍手が鳴り響く。


 ガイウスは頷き、観衆の大音声の中、声を掛けてきた。


「其方が望むのであれば、属する地・集団とも対等な盟約を結ぶつもりだ。娘御も優秀な闘士だ。村程度の規模であろうと、相手をしたいとは思えん。反対に独立を目指すのであれば、無論援助は惜しまんぞ。いっそのこと、この国で骨を埋めてくれる方が有り難い」


「申し訳ございませんが、残してきた者もいれば、現状に不満があるわけではありませんので」


「そうか、残念だ。帰郷はいつ頃か?」


 そう言うガイウスは少しも残念そうではなかった。


「冬の間はお世話になるつもりです」


「分かった。手が空いているときには頼み事をするかもしれん。そのときは宜しく頼む」


「お手柔らかにお願いします」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 王選決勝のようにその場で宴会とはならず、王と元老院議員、フィーネと娘たちで王宮へと場所を変えた。

 茜色バケツヘッドは身元引受を済ませ、娘たちの監視下にある。下着は替えたのだろうか?


 そこで決まったことは、先程の試合で使用したショートソードの献上と、我々家族への通行証の発行。今後の扱いについてだ。


 ショートソードは『戎貴世』入りとなり、打ち直された10本の内、長剣枠の1本と入れ替えられた。

 ガイウスが代理で打ったものが含まれていたため、それとの入れ替えだ。

 刃渡りは70cmと少し伸びたが、特注品であったショートソードと比較するとマナの通りは悪い。


 通行証には紋章と家名を入れる必要があった。

 紋章には、以前ティアナと製作した眼帯のデザインを踏襲し、丸の中に三日月が3つ。

 大小の月が熊の形に配され、遠目に見るとヤツに見えなくもない。

 “渡り人”が見て、もしやと思ってくれればという意匠だ。


 家名は“ウェルマーチ”とした。自らの姓に因んでもよかったのだが、紋章と対にした。


 紋章や家名は本来、生産者を区別するために用意されており、工房や坑道、農場ごとに与えられている。

 工房では製品自体に銘打たれ、坑道や農場では出荷する箱に焼き印が施されている。


 例えばガイウスは“ケーニッヒ”で、代々王を輩出する由緒ある工房だ。王冠をあしらった紋章だ。

 オイゲンの工房は“ヴィーラント”でこちらも伝統ある工房だ。金鎚とヤットコをあしらった意匠になっている。

 とはいえ、長と現役の星持ちで判断することが多いため、家名で言われてもあまりピンとこないらしい。


 他家で修行を終えた職人たちは、そのまま働き続けるか、生家に戻って身に付けた技術を交換し合ったり、更に発展させたりする。

 独立して新たに家を構える場合は、独自の紋章と家名をもつことになる。


 王宮で管理されていない紋章や家名では、王都内での商売は禁止されており、奉仕活動や個人での活動に制限されている。

 質実剛健なドワーフの気性として破る者はいないが、他民族との交易の際に、民を守る有益なルールとなっているのだ。


 紋章と家名を登録したことで、商売が可能となった。

 鬼殺しオーガキラーも譲渡、上納扱いだったが、今後は値を付けて良いことになる。

 行使するかは別として、大きな権利が認められたことは事実だ。


 王宮に近いところの未開発地域を与えられ、王都での住まいを構えることも許可された。



 そして王選について。

 現行ルールにおいては、闘士としての参加権を認められなくなってしまった。


 王宮工房、公衆浴場、王選決勝後のダンスステージの設置・撤去に『戎貴世』の御披露目と、保持するマナの量が異常であり、比較対照を用意することが実質不可能である事から、組んだ時点で王が決定すると、自粛勧告を超えて参加不可の烙印を押されてしまった。

 それもあっての“永世”朋友なのだそうだ。

 御披露目会は見極めの場でもあり、国民に納得してもらうための周知会場でもあったという。

 次回以降の『戎貴世』挑戦では、ショートソードの扱い手として立ち会いを求められた。

 ただ、あのショートソードに挑む者は当面現れることはないだろうから、おそらく死ぬまでの間、10年に一度、秋に王都へ訪れることになる。


 そのための宅地の割譲だった。

 完成した家の管理は王宮の人間がやってくれることになり、不在時のハウスキーパーを雇うことは不要とのことだ。

 死後は子孫への相続も可能で、国家存亡の危機でもない限り、財産として守られ続ける。

 一代限りの権利でないのは、娘たちの実力が認められたということだろうか。

 国としては定住してくれた方が、国力が上がる算段もあるのだろう。

 子や孫で希望する者がいれば、それも吝かではない。


 いずれにしろ自分の死後のことを考えることが出来ていないあたり、この世界に馴染みきれていないのだろうな。

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