第57話 命の洗濯
今一度、人鬼の扱いを見直す。
彼らは獣人たちを襲い、実害も出ている。討伐に足る理由はある。
だが、今【収納】にある人鬼たちは鬼人の手引きで村を襲っていた。
絶対的な実力差があり、人鬼たちが逆らえたのかは不明だ。
自らの意志で襲ってきたのか。
それとも命令に従うしかなかったのか。
戦犯である鬼人のみが裁かれ、人鬼たちは無罪放免とするべきだったのか。
ゴブリンと同様に、繁殖のため、食事のために他生物を襲うという言葉を、真に受けすぎてはいなかっただろうか。
人質を取られていたこともあり、一斉に始末してしまった。
共犯として一斉検挙にしては物騒すぎる気もするが、緊急性を感じたのも事実。
斃したことに後悔はない。
斃してからの扱いは適切だっただろうか。
討伐された人鬼から素材をとることも、焼いて硬質材にすることも、やり過ぎではないだろうか。
知的探求心を満たすために、非人道的な行為に手を染めていないだろうか。
ただ知って欲しかった。
自らが何をしてきたか。
誰を巻き込んでしまったか。
この手で何を掴み、何を守りたかったか。
晒された脅威と、対抗する手段を。
選ぼうとしなかった卑怯な自分を。
掛けられた言葉は望外のものだった。
今一度自らを見つめ直し、生命のあり方について熟考する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
子どもたちはリィナに任せ、王宮付きの工房の建設に加わった。
ドワーフたちの建築技術、【土魔法】での掘削、造形、圧縮を学んだ。支持を入れる場所や太さ、強度について教わった。
従来のやり方を披露しようものなら、何が飛んでくるか分からないので大人しくしていた。
現に魔改造した手甲の回路を説明したときにはフィーネにボコボコにされた。地力が上がっていることを自覚して欲しい。
ドワーフたちの魔法炉では、炉の後にスクラバーが設置され、排気中に含まれる、“鉱毒”と一括りに呼ばれる有毒物質を水に吸着させていた。
有毒物質を含む水は濃縮装置にかけられ、体積を減らしていた。
大気への有毒ガスの放出が少ないため、酸性雨といった問題が起こりづらくなっており、王都周辺での農作物の収穫を可能にしていた。
濃縮された有毒物質は漏出しないように缶に詰められ、住居として流用できない廃坑に埋められているとのことだ。
並行して鍛冶道具の製作にも取り掛かった。
勝手を知っていることから、オイゲンの工房を使わせてもらった。
形の出来上がった魔法炉に火を入れ、炉全体から上る煙が無くなったら、炉がしっかり焼き固められた合図だ。
魔匣の試作品にマナを注いで、許容量を超えさせたときには、またもフィーネにボコボコにされた。2回目。
人鬼素材の道具類が揃ったのは、着手から2週間が経った頃だった。
新しい工房では、魔鋼を用いた道具の製作から始まった。
先ずは新王であるガイウスから。
先代を初めとした歴代の王経験者に補助に入ってもらい、製作にかかる。
魔匣へのマナを蓄積する人員として手伝うも、鍛冶の消耗も激しく、連続して作り続けるのは無理が祟るため、交代しながら順番に道具を揃えていくこととなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
市民権を得られたこともあり、作業の合間に風呂の製作に取りかかる。
土中を通過し、坑道・鉱脈にまで達した水は、飲用どころか生活用水としても使えず、ろ過して工房での冷却水などで使用されるばかり。
生活用水は通常水瓶に雨水を溜め、ろ過、煮沸をして使われる。必要であれば【水魔法】での浄化も行われる。
ドワーフは坑道での土にまみれた生活が主流のため、日々身体を拭くために大半が使用される。飲料が果汁や酒になるのも仕方がない。
そのような環境で風呂を作るわけだから、奇人変人の誹りは甘んじて受けよう。
ただしリィナ、テメーはダメだ。
場所は王都中央、闘技場の脇の空き地を接収した。
【土魔法】地盤を固め、基礎と浴槽を形成する。スラグレンガを積み重ねて建屋を造っていく。
人海戦術となるところでは、娘たちや手隙の者たちの協力を受け、驚くほどの早さで完成した。
王宮工房での経験もあり、支保工を用いてアーチを組み、湯殿では基本に乗っ取った像を置くだけに留まらず、柱や天井、浴槽の造形にも拘った。無論、【土魔法】による成形だ。フィーネにボコボコにされた。3回目。
魔法炉の技術を利用した給湯器を用意し、入り口受付カウンターに魔匣を設置した。入浴料代わりに、入場時にマナで支払ってもらうのだ。
番台スタッフを募集したところ、ご婦人方の応募が殺到した。男性の応募は皆無だった。女性は太陽であった。
水は郊外の汚染土を分子分解して生成し、ついでに土壌の洗浄、鉱毒の抽出も行った。
浴槽や洗い場からの排水を貯水槽に入るようにし、王都内にいた毛色の異なるスライムを貯水槽内に放つ。
からだに付着した泥汚れに含まれる成分も、集めていけば十分な毒性を発揮すると考え、少しでも耐性のありそうなものを利用したかったのだ。
役割は排水中に含まれる有機物を消化してもらうことだが、理想は鉱毒の分解・無毒化までやってもらうこと。
いつかそんな変異種が生まれてくれれば、この地はより安全に住めることになるだろう。
貯水槽からろ過器を通って給湯器へ入り、水を循環させる。
スライムの成長・暴走を防ぐため、魔吸庫の応用回路を排水貯槽に組み込み、定期的にスライムのマナを吸収し、魔匣に蓄えるようにした。
魔核を小さく維持すれば、成長・分裂を抑えられるのではとの発想だ。フィーネにボコボコにされた。4回目。
それでも定期的に貯水槽の底に溜まる沈殿物は取り除かねばならず、その際にスライムの間引きもしてもらうように決めた。
生成した水を浴槽に張り、補充用に雨水貯槽も用意する。
排水・ろ過系統の繋ぎ込みも完了し、最大の功労者であるフィーネを風呂屋に沈めた。入浴的な意味で。
編み込まれた髪も解いて丹念に洗い、トリートメントを馴染ませる。引っ張られていた頭皮も十分にマッサージしてやる。
皹や火傷、染み、雀斑に特製乳液を塗り込み、【回復魔法】でケアしてやる。皺や皮膚の弛み、角質、ネイルのケアはサービスだ。
全身マッサージでからだの内も外も気持ち良くなってもらうと、流石に湯が汚れてしまったが、イイ顔になってくれたので良しとしよう。
魔法・魔道具技術の応用に感じるものがあったのかもしれないが、4回もボコられたのだ、これくらいの役得があって良いだろう。私も仏ではない。
試運転を終え、王への献上を経て、一般への下賜、解放となった。
初日はやはり排水貯槽とろ過器への負担が甚大で、スライムの成長著しく、吸い上げられるマナを利用して、汚れ成分の分解・水生成を行った。
自分だからこそ出来る、裏技対応だ。常駐の職員に伝授するのは、トラブルのもとになりそうなので控えた。
初週を終える頃には、湯の汚れ方も落ち着き、早くも2週目には民の間で風呂が習慣化したようだった。
リィナや娘たちも久し振りの風呂で喜んでくれた。
シルフィがしきりに何かを要求する素振りを見せていたが、よくわからなかった。
もはや既定路線だ。──こら、脛を蹴るな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
鍛冶士たちの道具が一通り揃い、王宮工房が本格稼働する頃には風呂屋も落ち着き、手を離れた。
風呂屋は彫刻が得意な職人たちが、装飾の完成度を上げに腕を振るっている。
王宮工房で先ず製作された武器は、失われた『十器世』。
製作者が存命で、本人が希望した場合は本人による再製作だ。
そうでない場合は、生み出された工房の長か、王が代理で打つこととなった。
道具作りで扱いに慣れたのか、皆余すことなく実力を発揮していった。
完成した『十器世』の内訳は長剣3、両手剣2、鎚2、斧2、槍1。
盗まれた当時のものだが、再現出来たのは種類と比率だけだった。
いずれも10年以上前の作品で、職人たちも日々腕を磨いている。培った技術を上乗せし、新たな製法で生み出されたものは似て非なるものであった。
予選用の鋼材に刃を乗せ、マナを纏わせるだけで、自重で切断してしまう。
流石に鎚では切れなかったが、次回の予選用鋼材の見直しは間違いない。
新たに作られた10の武器は『戎貴世』と改められ、時代に残る貴い武器とされた。貴に鬼の基を込めたとのガイウス王の言に、改称は全会一致で可決された。
続いて今回の王選準々決勝進出の8名にも打つ機会が設けられた。
『戎貴世』は鍛冶士のみで打たれたのに対し、闘士との共同作業で打つことで、闘士と鍛冶士のマナの影響を確認・比較するためだ。
鍛冶士が闘士を兼ねている場合は、単純に新旧での製法比較となる。
とはいえ、王選からひと月以上が経過しており、国外から招かれていた闘士の多くは、ミクラ氏を筆頭に既に王都を離れている。
互いの同意が得られた場合のみ、闘士のいない者は本選に出場した鍛冶士に権利を譲ることを認められた。
このため4回戦に出場したリィナとミアも打ってもらえるようになり、獣人であるという理由も手伝い、2回戦敗退のシルフィも遅ればせながら打ってもらえることに。
ミクラ氏に縁があり、共同作業も多いことから、自分もフィーネに打ってもらうこととなった。
ドワーフたちは探求心が強く、なんだかんだ理由を付けては、異なる条件でのデータを集めているような節を強く感じた。
ドワーフたちの知るところではないが、“渡り人”に、只人とのハーフ、猫人とのハーフ、人造熊人とのハーフ、只人老婆(超若作り魔改造)とバラエティに富んでいる。
完成した武器を魔吸庫から取り出し、マナを纏わせた途端、異口同音に言葉を紡ぐ。
「「「「ファーストタッチが全然違う!」」」」
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