第56話 鬼は外

 思わぬところで時代の節目に立ち会った。

 鍛冶の歴史が変わる瞬間を演出するくらいと思っていたが、国家の成立は斜め上だった。


 政治体系としては元首政となり、これまで通り10年周期で王選を勝ち抜いた王を元首とし、工房、坑道、農業、商業の長らからなる元老院議会との共同政治とすることとなった。

 婦人部門をどうするか訊ねたら、王を筆頭に全員ガタガタ震えだし、全会一致で数席確保することになった。女性は太陽であった。


 周辺諸街町村へ使者を送り、国家制定とその経緯、敵対する勢力の存在を通達する運びとなった。

 交流は従来通り継続し、土地については明文化されることはなかった。

 不用意に線引きをして、反発を招くことを互いに避けたかたちだ。

 いずれ開拓が進み、人里が隣接するようになった際に改めて協議することとなった。


 王都は当面の間、入国管理を厳とし、敵対勢力の排除と国財流出の防止が強化された。

 王都に至る山道の要所に関を置くことも決まった。


 また、国外にいる同胞達の居所と活動の調査をすることも命じられた。

 王都を荒らした者の手が延びていないかとともに、将来的に脅威になりうる者の確認だ。

 幸いにして、叛意を示す者は居なかったらしい。


 他で鉱山を拓き、すでに自治体を形成している者たちへ恭順を打診したところ、いずれも色よい返事がもらえた。故郷を共にする者たちだ。当然といえば当然の反応と言える。

 これにより中央から北部の山岳地帯に、王都“ツワァゲンバーグ”を首都とする共栄圏が構築され、一躍版図を広げることとなった。


 領民や領土、税といった概念に乏しく、共和制・共産主義的な共同体が社会を形成していることが、早期の成立を実現させたと思われた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その日の内に、方々への使者が出され、犠牲となった衛兵たちの葬儀も営まれた。


 翌日には盗まれた『十器世』の穴埋めをすべく、人鬼素材を使った武器の製作方法の研究会議が招集された。

 会議には王と工房長、王選準々決勝以上に勝ち上がったことのある者、精錬に使う魔法炉の製作に関わる築炉工と魔道具士が参加した。

 老若男女、忌憚なく意見が交わされる。



 先入観を持たれないように、人鬼をそのまま燃やして粘土状にし、成形して長剣を作る。

 ただそれだけで現行の金属よりもマナの伝導率が高く、強度を高めることが出来る。


 人鬼の体組織の中で硬質的なもの──歯や骨が強度の源になるとすれば、筋肉や脂肪はスラグとなっていて、純度を下げているのではないか。

 そうであれば、歯や骨だけにした場合はどうか。


 通常の金属刃物を打つように、少し冷まして硬くなりはじめてから鍛えるのはどうか。


 魔核・魔石の大きさや、骨に含まれるマナの量の違いはどうか。

 素体となる人鬼成体の年齢、蓄積したマナの量の相関はどうか。


 燃焼するときの原料は何か。

 【宝葬】は遺体の魔核に残されたマナを用いて焼くため、残される魔玉にはマナが含まれない。

 素材のマナを消費しないように焼けばどうか。


 圧力を加え、圧縮して密度が高くなるようにしながらの成形はどうか。



 幾つもの疑問が出ては、ダンの工房と個人での研究成果を元に回答していく。

 そして何れの疑問に対する最適解を組み合わせても、鬼人刀には及び付かなかったことも合わせて報告する。

 しかしながら、この製法の研究は鬼人刀の再現が終着点ではない。



 人鬼の死体を利用するために、人鬼を斃す必要がある。これが全てであり全てだ。


 なぜ武器が必要となるか。


 これが人鬼や人獣たちとの戦いのために必要だというのなら、気の持ち様は異なる。


 人鬼が人に仇なす、害するものだということもある。

 斃した人鬼は焼かねば腐り、疫病の元となりかねないし、スライムの餌となり新たな問題の原因ともなる。

 斃した人鬼を利用して、更なる武器を作っていく。

 斃す相手が居なくなれば、武器を作る必要はなくなる。合理的とも見える生産体系だ。


 対して、『十器世』を奪った者たちは、一体何を相手取り戦うのであろうか。

 何故、協力を要請するのではなく、強奪という手段を採ったのか。

 人との協力を無視して──いや、敵対までして戦う相手は果たして人外であろうか。

 ドワーフたちには彼らと戦う理由が出来てしまった。

 その戦いに終わりはあるのか。

 戦いのためだけに人鬼を斃すことにならないか。


 人鬼が生まれるということは、少なくとも一人、この世に生まれ落ちようとしたヒトの子がいたということ。

 無性生殖は遺伝子的クローンを作るということ。そうやって生まれてきた人鬼たちを斃すことは、その子が何度も死を迎えるということ。

 有性生殖であれば、遺伝子的に独特な個体を作るということ。人鬼たちを斃すことは、その種を絶滅へ近付けるということ。


 人鬼を斃すため、焼く必要があったため、武器を作る。

 武器を作るため、人鬼を斃し、焼く。

 少なくとも手段と目的とがすり替わるのは言語道断。


 人豚や人牛ではどうかと考える必要はない。等しく扱うべきだ。



 ドワーフたちに伝えたのは、禁忌を知って欲しかったため。

 その上で禁忌に触れずに、より以上の物を生み出してもらうため。


 伝えずに先を──魔鋼への応用を開発することは出来ただろう。

 だが現状の行き詰まりを知ってもらうには、互いに話す必要があると思い公開した。


 ドワーフたちは禁忌の重さに顔を顰めながらも、意見を出し合い会議は続いた。

 頭が下がる思いだった。


 ──私は、卑怯だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 数日の問答と思考、停滞の後に一つの光を示したのは、フィーネだった。


「マナの通りが良いのは、マナで満たされているからなのかい?」


「鬼人は人鬼のマナを受けて生まれる。人鬼のマナとの親和性は高いだろうなぁ。只人が扱うには反発も有るはずだ」


 オイゲンの言葉にもしやと思い、手甲を出す。

 マナの入力部を見本の長剣にあてがい、マナを吸収させた。

 防御壁は展開させずに、バイパスから自身へ吸収していく。

 マナを吸いきったところで、長剣を自らのマナで満たしていく。──ファーストタッチが全然違う。


「明らかに変わりましたね。鬼人刀も一度マナを抜いたことがありました。完全に失念していました」


「人鬼であれば、素体は人間だ。只人との相性が一番良いだろうな」


「獣人であれば、それぞれの中間種が相性高いというわけですね」


「ああ、だが向かう先はソコじゃねぇんだろ? コレを如何に魔鋼で再現できるかだ」


「つまり、マナを吸い上げる工程と、可能ならば使用者に合わせたマナ親和性を高める装置だな」


「吸い上げは完成後でも良いが、研ぎ前の養生んときに出来れば無駄は少ないんじゃねぇか?」


「マナの親和性を高めるのは精錬からか? 鍛えている最中に上げられるもんか?」


「親和性の高い素材を心材にするか? 刃材と心材を皮材で挟み込んじまうのは?」


「片刃なら棟を入れてやるのもいいんじゃねぇか?」


「親和性の高い素材はどうやって作んだ? 人の魔石を使うなんざ、禁忌どころの話じゃねぇぞ」


「魔石なんていったら、その個体のありったけのマナを蓄えているわけだろ? 個人でそんだけのマナを絞り出しゃ、ぶっ倒れるのが関の山だ」


「トモー、さっきの手甲は誰が作った? マナを吸い上げて、お前自身のマナにしていたよな? 吸い上げたマナを汎用化して蓄えて、使用者に注ぎ込んで炉に放たせれば、魔石の代わりになるんじゃねぇか?」


「ありゃ、ウチのフィーネとの共同製作だ。だが魔法炉自体は魔石を燃やそうとビクともしねぇだろうが、マナを送り込む回路はどうだ? 焼き付いちまわねぇか?」


「なんでぇ、お手つきかよ? ウチの娘が年頃なんだがどうだ?」


「既に妻がいますので」


「3人もな! 他が気にならねぇんなら、いいんじゃねぇか? この男なら村単位の食い扶持くらい何とかするだろ? なぁフィーネ!」


「オホンッ! 魔法炉は入力マナの増大に合わせて改良する必要があると思います」


「一度マナを蓄えちまえば、精錬で使った分もマナを吸い出したときにいくらか回収出来るだろ。単純な損失分がどれだけになるかだなぁ」


「鍛える工程はどうだ? 叩いている内に鍛冶士のマナに邪魔されねぇか?」


「合間の沸かしで入ってもらうか? 姪っ子がそろそろいい歳だったが、連れて行くのはオイゲンの工房でいいんか?」


「一旦纏めよう。求める物は、魔鋼を用いる。使用者とマナ親和性の高い心材を作り、刃・皮材で固める。必要があれば棟を入れるんだ。鍛える際には沸かしにも入ってもらい、鍛冶士の影響を極力減らす。完成したらマナを一度抜いた後、使用者のマナで満たす。これは鍛冶士からの影響を完全に除去するためという理解でいいな?」


 盛り上がった議論をガイウスが整理していく。


「先ずは精錬する魔法炉の直しが必要そうだ。魔導回路を含めて高い入出力に耐えられる物だな。マナを吸う“魔吸庫”と、吸ったマナを蓄える“魔匣”の併設も必要だ。いっそのこと新しく造るか──。オイゲン、娘を借りるぞ」


「御意に」


「場所は王宮脇の未着工部分でいいな。どこかの工房を拡張するよりかは、警備面をしっかり出来る。不公平は王の特権としてくれ。明日にでも着工出来るか?」


「問題なく」


「では、当面の道具として人鬼素材を用いる。より強度の高い物を鍛えるに当たり、従来の道具では鍛錬に耐えられないだろう。新規の道具を用意するまでの仲立ちとして必要不可欠である。トモー、『朋友』として素材の供出を要請する。──我々にはお前が必要だ。対等であるためにも、同じ覚悟を背負おう」


「──御意に」


「トモーは今夜から王宮に詰めてくれ。既にお前の経験と知識にはこの国の未来がかかっている。伽の心配は不要だそうだ。まずはオイゲンの娘からだな」


「「ハッ」」



──────は?

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