第55話 ソードの10
「皆さんお疲れさまです。宴を楽しみましょう」
「パパ、フィーネさん、あの熊人さんは一緒じゃないの?」
「ミクラさんなら、所用があると既に発たれました。宴の後でもと言ったのですが、どうも急を要するようで…」
「そっかぁ。お礼を言いたかったのにな」
「またその内会えますよ。さぁ、ご飯ですよ。ここで食べないと、帰っても何もありませんからね。特にルゥナは誕生祝いも兼ねていますからね」
「「「はーい」」」
3人娘とリィナ、フィーネを伴いブッフェスタイルの宴会場になだれ込む。
山岳地帯ということもあり、ウサギやヤギが中心で、潤沢に水が使えるわけではないので血抜きはほどほど。
酒と香草で臭みを上書きする野趣溢れる料理が並ぶ。
山羊乳のチーズや塩漬けハムは酒が進み、“乳飲み子以外は酒飲み”が文化となっている、ドワーフならではの食卓だ。
普段の食事と同じように、子どもたちには持参した果汁を与え、リィナには弱めの果実酒を中心に与えておく。
フィーネは普段通りガバガバ飲ませて放置だ。
予選を通過してからというもの、酒量が凄いことになっている。オイゲンには祝いとして
諦めかけた目標を達成したことに工房の皆が涙し、酒は露と消えた。
中天に昇った月と満天の星々が輝き、巡業の楽団が新王を称える勇壮な調べを奏でる。
火薬の燃焼・金属粉の炎色反応とは異なるこの世界の花火は、夜空を汚すことなく皆の目を楽しませる。
3人娘にせがまれて王選委員会の許可の下、【土魔法】でステージを作り出す。ミアを筆頭に、興の乗った娘たちがニア仕込みの剣舞を奉じた。
王選本選とは違い、舞いの衣装に身を包む。
薄布越しとはいえ柔肌を衆目に晒すのは保護者として甚だ不本意ではあるが、大きなお友達のいない世界なのでグッと堪える。
茜色が酔いつぶれるのも見慣れた光景になった。
野放しにすると不義の種を仕込まれる恐れがあるので膝枕をして介抱してやる。
フィーネは今日も顔をぐちゃぐちゃにしている。泣き上戸か?
組合の席にいるオイゲンの目にも輝くものがある。遺伝か。
空が白み始め、寝入る者がポツポツ出てきた頃、踊り疲れた娘たちが潰れる前に寝床に帰った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
遅い朝食の支度をし、娘たちを食卓に着かせたとき、タイミングの悪い来客の知らせを受けた。
訊けば王選決勝出場者に王宮に出向くよう要請をしているのだと言う。
二日酔いのリィナを引き摺り出し、身の回りを整えてやる。証拠は隠滅済みなので着替えだけ。これも慣れたものだ。
フィーネは既に朝の業務に取り掛かっていた。流石ドワーフといったところか。
娘たちのパートナーをはじめ、工房の鍛冶士に付いて王宮へ向かう。出場者ではないが娘たちの保護者枠だ。
工房長であるオイゲンは先に向かったらしい。
王宮へ着くと完全武装の衛兵が待ち構えていた。
里内のドワーフたちは簡単に済まされたが、下野したドワーフと他民族は厳重にチェックされた。
【収納】があるこの世界で持ち物検査をするということは、【収納】出来ない物を持っていると疑われているということ。
今頃は家主の協力の下、下宿に置いた荷物にも調べが付いているのだろう。
身内に甘いということは、身内はしそうにない物を何者かに盗まれたのだろう。
特に問題なく謁見の間へ通されると、他の工房の鍛冶士と闘士たちが集められていた。
数人後から入ってきたところで扉が閉められ、衛兵たちが退路を塞ぐ。
「諸君、昨日の今日で申し訳ないな。このガイウスの召喚に応じてくれたこと、改めて礼を言う」
昨晩就任したばかりの新王ガイウスが一同へ目礼する。
「早速だが、昨日この王宮の宝物殿に賊が忍び込み、国宝『十器世』が盗み出された。正に『十器世』への挑戦のため、今朝宝物殿へ赴いて発覚した」
予測は出来たものの、事の重大さに息を呑む。
「容疑者は宝物殿の衛兵を斃すことの出来る手練れだ。率直に言おう。諸君等もその容疑者だ。犯人捜査に協力して欲しい」
衛兵の一人がガイウスへ耳打ちする。
「たった今連絡があった。諸君等の家または下宿先の家人、家主の協力の下、部屋の確認をさせてもらったが、『十器世』は見つからなかったとのことだ。先程の身体検査と合わせて、諸君等を潔白としたいと思う」
皆が強権の発動に少しの不満を抱き、潔白とされたことに安堵する。
予想通りの展開に、口許が緩みそうになってしまうが、ここでニヤつけばあらぬ疑いをかけられるやも知れぬ。
努めて平静を装うも、続く言葉でニヤつきも失せた。
「工房長とオイゲンの工房以外の人間は帰ってくれていい。わざわざ済まなかったな。協力感謝する」
入口の扉が開けられ、解散を許可された者たちが宮殿を後にしていく中、残された理由に察しのついたフィーネが小突いてくる。
人数が減り、再び扉が閉められた。
「さて、残ってもらった君たちに訊きたいのは、今此処に居ない人間についてだ。先日私自身も手合わせした、ミクラ氏の消息を知る者はいないか?」
「ハイ、もう既に里を発ったって聞いています。ね? パパ」
ルゥナが怖ず怖ずと手を挙げ、発言する。
積極的でよろしい。
「発言宜しいでしょうか?」
「うむ、其方は?」
「申し遅れました。私はこの子たちの父親のトモーと申します。新王陛下に於かれましてはこの度の就任、誠におめでとうございます」
前に出て片膝を突き、頭を下げる。
臣下というわけでもなく、ドワーフたちの王は職人としての称号のようなもので、どこまで遜ればいいか分からない。
それでも目線の高さは下げるに越したことはないだろう。
「祝いの言葉はいい。ミクラ氏の行き先を知っているのか?」
「ハ、行き先については存じ上げませんが、急な所用ということでした。しかしながら彼が犯人とは万に一つも考えられません」
「して、其の根拠は?」
「彼とは“古くからの友人”で、互いに切磋琢磨し合う間柄です。そんな彼がと、お話ししても、何の根拠にもなりませんので端的に。恐れ多くも、我々は『十器世』には何の価値も見いだせないのです」
「「貴様!!」」
衛兵のみならず、工房長たちも気色ばむ。
「ガイウス陛下、今王選を勝ち抜いた剣は陛下御自身で打たれた物でしょうか?」
「如何にも。して、価値がないとは先人達の足跡を愚弄する発言だが、真意の程は?」
「影打を頂きたく存じます。対価は情報を。『十器世』を過去のものとする製法をお伝え致します」
ガイウスが【収納】から両手剣を取り出した。
スッと眼前に刃先を突き付けられる。フィーネ、あまり揺すると刺さる。
「面白い。何をする気か知らんが、渾身の一振りだ。馬鹿にするのも程々にしろよ?」
「では、そのまま構えて頂けますか?」
立ち上がり、【収納】から鬼人刀を取り出す。
衛兵が王との間に割って入ってくる。
「構わん! 其方、余程の命知らずと見える。返す刃で首が泣き別れになっても恨むなよ?」
衛兵たちを押し留め、真剣勝負の体を固める。
フィーネたちを下がらせる。リィナはバケツの底を見つめている。
「分かりやすくいきます」
刀にマナを纏わせていく。
戦闘時の半分程、しかしドワーフたちの打った武器では、耐えられずに破壊してしまうものが出てくるくらい。
そこから更に増やして、7割まで。まず耐えられる武器がなくなる程度。
「いざ、尋常に」
「参ります」
正眼に構えられた両手剣を横薙ぎに、根元から切断された刃を落ちる前に掴み取って、そのまま床に突き立てる。
刃同士がぶつかる音はなく、折れた刃が床に突き立つ音が謁見の間に響く。
床の修理は請求されるのだろうか。
理解の追い付いた者からどよめきが起こる。
「娘たちも同様のことが出来ますよ。見て頂きなさい」
3人は人鬼のナイフで次々と刃を切り捨てる。バケツへのキラキラは辛うじて堪えたようだ。
「ご覧頂いた通り、我々家族にとっては残念ながら、あなた方の武器は使用に値しません。ミクラ氏も同様です」
「──何故この地に?」
少しの間を取り、ガイウスが口を開いた。他の者たちは先から開きっ放しだ。
「この素材の製法には先があると見ています。あなた方がその先を進んでいれば伝授いただき、そうでなければ一緒に突き詰めるつもりだったからです」
「それならばオイゲンに教えていれば、今頃王と朋友はお前たちの手にあっただろうに。すべての権力を用いて、独占することも可能だったはずだ。何故そうせなんだ?」
「支配が目的ではないのです。それに公平ではないでしょう? 王選まで十分な時間が取れたのであれば、間に合うように里中に公開していました。そうではなかったので、王選後に公開するつもりでした。たまたま工房長が一堂に会しているこの場を利用させて頂いたわけです」
「馬鹿だと言われたことは?」
「そこの
「利発そうな子たちだ。既に察しておろうよ」
娘たちよ、ウンウン頷くな。シルフィに至ってはヘドバンだ。──解せぬ。
「良かろう、この場での事、ミクラ氏の事一切不問とする。しかし、里に仇なす輩がいるのは事実。本日をもって、ドワーフの里は国家の樹立を宣し、他民族に対して独立した主権を有するものとする。工房長達は各々工房へ戻り周知を頼む。追って王宮からも告知する。トモー、少し時間を貰うことになるが、協力を頼めるか?」
「元よりそのつもりです」
再び片膝を突き、礼を取る。娘たち、
「すまんな。国としての在り方が固まり次第、製法の伝授をお願いしたい。皆、顔を上げてくれ。皆で『十器世』が只の武器だったと思えるほどの物を作り上げよう」
「「「オウッ!!」」」
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