第53話 OSR

「簡単に言ってくれるねぇ。ちょっと時間貰うよ」


 そう言うなり、フィーネは製図台に向かい筆を走らせ始めた。

 すぐに間違いが見つかったのかして、書いていた紙を破り捨てる。

 再び筆を走らせ始め、紙を丸めて投げる。


「こうなっちゃ、飯のことすら怪しいわい。儂ゃ、ガキんちょどもの様子を見てくるわ。トモーはどうする?」


 研究室の扉に手をかけるオイゲン。


「しばらく見ています。魔道具造りの勉強にもなりますし、こうして失敗が生まれる中にも成功の種はあって、芽吹く瞬間は面白いですから」


「やっぱ──」


「違います」


「最後まで言わせろよ。んじゃ、悪いがあと頼むわ。コイツにも飯食わせてやってくれな。何だったらチンチクリンの行き遅れで悪いが、食ってくれてもいいぞ」


「パ──、親方ッ!!」


 勢いよく振り返るが、書き止しの図面に大きく横線が入った。


「カッカッカ。聞こえとったか。こんな時はパパでいいぞ。娘を思う親心ってやつだ。お前だけ独り身ってぇのは事実だしな。孫の顔とまでは言わんが、花嫁姿くらいは見せてほしいわい」


「──~。用がないならアッチ行って!」


「カッカッカ。コワイコワイ」


 笑い声を残しオイゲンは工房へ戻っていった。顔を赤くしたフィーネが製図台に向き直り、書き損じを丸め捨て、新しい紙に取り掛かる。



「フィーネさん。先程の工房長の話ではないですけど、あなたさえよければ、ウチの村に来ていただけませんか?」


 暫くして、製図作業に一区切り付いたところで声を掛ける。


「なんだい、藪から棒に。同情とかなら止しとくれよ。惨めったらありゃしないよ」


「いえ、単純に鍛冶士とは別に、魔道具士として来ていただけないかと思いまして。伴侶が欲しいのであれば、紹介くらいはできますよ?」


「いーらーんっ! それに一人前にもなってないのに余所で物作りなんて出来るわけないだろ」


 コップに付けた口を放し、睨みながら吐き捨てる。


「では、一人前になりましょう。手伝いますよ」


「簡単に言ってくれる。見ての通りコッチは満足に鉄を叩けないんだ。おかげで婚期も逃した。こうして見た目を気にしても、言い寄ってくる男なんざ詐欺師くらいのもんさ。──なんだい、その手は?」


「あるんですよね? 今までに打ったモノが。見てあげます。一番出来の良い物を出して下さい」


「アンタに良し悪しがわかるのかねぇ? ──ホラよ」


 鼻息一つ、【収納】から出したものを手渡される。


「ショートソードですか。見た目はキレイに仕上がっていますが──」


 キィィィィンと金属が共鳴する音が研究室を満たす。


「どれくらいのマナを流しているか分かりますか?」


「わ、わか、分かるから止めてくれ。耳が痛い!」


「マナの通りが悪いですね。たったあれだけの量なら、娘たちでも余裕で流せます。強度も──、てんで柔らかい」


 マナで覆った掌で刃の腹を圧しただけで、クニャリと曲がり、元に戻らなくなった。軽く涙目になっているな。


「こちらがあなたのお兄さんにあたるグスタフ氏の打った鉈です。面識はないんでしたっけ?」


 同じ様にマナを通しても、共鳴も振動もすることなく、刃先に薄らマナの刃が浮かび上がる。


「兄が里を出た後に生まれているからね。兄は優秀だったと聞いて育ったよ。タダの鉄で魔鋼の強度を出して、予選を突破したと。流石に魔鋼相手には勝負にならず、王にはなれなかったみたいだけどね。王になる気があったのかは疑問だよ」


 参考資料にと鉈を手渡してやる。

 受け取った鉈をまじまじと眺めながら、フィーネが口を開く。


「大きな体があればって何度も思ったよ。でも与えられたモンで勝負するしかないんだ。だから皆に認められる物を作るなら、ここで親方と工房の名前がいるんだ」


 鉈に目を落とすも、見ている景色は違うものだ。


「それはあなた自身が認められたわけではないでしょう?」


「五月蝿い! お前に何がわかるッ!? ようやく諦められたんだ! 引っ掻き回すなら出て行ってくれ!!」


 ──自分一人が認めてやると言っても満足しないだろうな。何より風穴を開けられそうだ。


 膝立ちになり目線の高さを合わせる。


「手を──」


 フィーネの両手を取り、環を作り【巡廻】を始める。


「何を──」


「パスが繋がるのは分かりますね? マナの量を増やしますよ」


「ん──」


 送るマナを増やしていくと、フィーネの顔が紅潮してきた。


「流石ですね。これだけのマナを送ればダウンアヘ顔してしまう人が殆どですのに。やはりあなたの魔核は小さくない。それなのに、マナの循環量が只人並だ」


「なん…だと……」


「少し強引ですが、あなたのマナを増やすことが出来ますけれど、どうしますか? 魔法力が上がり、【身体強化】の強度が高くなれば、ちゃんとした物が打てると思いますよ」


「──今よりもマナが増える?」


「一体いつから──自分の成長が止まっていると錯覚していた?」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「手間を掛けさせたな」


「いえ、私の利益の為ですよ。恩を売れるならそれに越したことはないですし」


 研究室から出るとオイゲンが外で待っていた。


「じゃあ、もののついでに貰ってやってくれ。そしたら儂ゃ、恩を感じすぎて頭が上がらんようになるわ」


「そこは本人の意志を尊重しましょう。3人の方はどうですか?」


「まぁ、予選を通過するくらいは問題ない。ここにきてアイツらも何か掴んだようだ。本線は娘っ子たちの活躍次第ってとこだな」


 娘たちの様子を窺いに、工房へ向かう。

 その途中、表の一角で3人とリィナが代わる代わる組み手をしていた。

 リィナは標準的なショートソードサイズだが、3人はそれぞれが持つ事になる武器に合わせた木剣を使っている。シルフィは両手持ちのため槍の柄に丸太を括り付けたものだ。


 戦績は体格の差もあって、ルゥナのダントツ最下位かと思いきや、最下位はリィナ。母親の威厳は地に伏した。


 戦績がいいのはミア。敏捷性が高く、すり抜けながら斬りつける戦法で、ダメージを積み重ねていく。

 次点はルゥナで、小さな身体を生かし、相手の攻撃を躱してからの反撃が基本戦法だ。

 シルフィは一撃必殺もとい一撃必壊で大振りの攻撃が目立つ。初めは武器の重さに翻弄されたが、次第に慣れて勝率を上げていった。



「オイゲン殿、王選への参加希望者で闘士が決まってない奴はもうおらんのじゃろか? 彼奴らを本選でギッタギタにしてやるんじゃ!」


「ウチの工房は皆決まっちまったからなぁ。到着したときだったらまだ選べたんだぜ? 明日組合の会合があるから訊いてやるよ」


 翌日、紹介された鍛冶士とともに参加することを決めていたが、曾孫ほど年の離れた我が子に抱く対抗心はどうなのかと思う。

 怪我をしない程度にやってもらいたい。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 リィナは王選の打合せで外出することが増えたため、特に邪魔をされることなく、フィーネの武器打ち練習をする事が出来るようになった。


 王選には真打と影打の2つを登録し、真打ちとする物を予選本選で使用する。

 真打は最後の1つになり国の管理になるか、破壊されて敗退するか、または役立たずの烙印を押されるかだが、影打は手許に残る。

 闘士を募る場合、この影打を報酬にすることが多く、鍛冶士本人が本戦に出場する場合は、店頭に並ぶこともある。

 いずれにせよ、参加者1人につき2つ必要となるため、日程が近付くにつれて工房は戦場の様相を呈してくる。


 フィーネは工房が混雑している日中に、魔道具の設計開発とマナの増量と定着を行い、夕飯から先の時間を使って、武器製作に打ち込んだ。


 方尖碑の防御壁は胸当・背甲、肩盾、手甲、脛当と防具に一頻り組み込んでもらった。

 手甲以外は特定のマナを送り込む事で発動するようにしてもらった。

 手甲は銃発射時にマナで覆うため誤作動が怖いのと、防御壁を張ると攻撃が一切出来なくなってしまうので、発動までに1行程加えることにした。フィーネの歪んだ顔が印象的だった。

 空いた時間を使って、部位ごとに速やかに発動できるように、かつ誤作動を防止するようにと、慣熟に努めた。


 設計時には回路の仕組みも教えてもらい、後でコッソリ虚子応用アレンジも加えていった。

 “完成品マニュアル通りにやっています”というのは阿呆の言うことだ。

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