第52話 工房と炉
「トモー、マナの量を上げとくれ。もう少しスラグを抜きてぇ」
「酸素の割合も上げますか?」
「おぅ、やっとくれ」
ドワーフの里に着き、今は亡きリナの夫でダンの師匠であったグスタフ、その師匠のオイゲンを訪ねた。
以前話を聞いた通り、サトルが世話になった工房で、オイゲンはそこの工房長を務める。
グスタフはオイゲンの三男だった。
グスタフが亡くなっていること、その嫁も鬼籍となり、リタという娘が弟子のダンと結ばれ孫が2人いて、3人目の曾孫がもうじき生まれることを伝えた。
先立った息子に表情を曇らせるも、玄孫まで血が続いていることには素直に喜び微笑んでいた。
本題に移ろうと自己紹介を始めるも、サトルの孫じゃないのかと訊かれたときには流石に言葉を失った。考えなしに森を焼いたりはしない。
オイゲンからは孫弟子にあたるダンの世話になっている者だと正直に伝え、獣人の村に鍛冶士を招聘したい旨を伝えた。
ノーと答えられる前に酒樽を出し、休憩中の職人たちも招いて、村での生活を語った。
3人の若者が、この酒を飲めるならと手を挙げてくれたが、3人ともまだ一人前と認められてはいなかった。
今年行われる王選の予選を目標に、日々試行錯誤する段階で、これといった物が打てていなく、扱う闘士も見つかっていないという。
試しにルゥナ、ミア、シルフィに木剣で組み手をさせてみせ、闘士になれるか訊いてみたところ、全員問題ないという。
予選会自体は動かない鋼材が相手だ。多少のマナさえ扱えれば子どもたちでも十分。鍛冶士たち本人でも良かったのだろうが。
「トモーのおかげで大分捗ったわい。本当にサトルの血縁じゃねぇのか?」
オイゲンは120cmとドワーフでは標準的な身長で、炉焼けが目立つ浅黒い肌に、顔には皺が深く刻まれ、真っ白になった髭がコントラストを生み出す。100歳を超えていることを感じさせない筋肉は、いまだ現役であると教えてくれる。
頭に巻いた手拭いを外すと、肩まで伸びた白髪が長い拘束から解放された。
「本当に違うんです。髪と眼の色が同じだけですよ。同郷だとは思いますけど、面識もないですし…」
オイゲンは鍛冶仕事の一線からは退き、現在は後進の育成と魔道具の開発を行っているという。
金属を叩くことも、手本を見せるとき以外はめっきりなくなったため、髭を纏める『星』は額に入れて工房の壁に飾られている。オイゲンの曽祖父の物と並べられ、2つ星だ。
今も王選に向けた武器を作るための、鋼の段取りを手伝っていたところだ。
ひと月もしない内に王選が始まるが、3人の武器は方向性こそ決まったものの、完成にはまだ遠かった。
ルゥナは体格がまだまだ小さいため短鉈を。グスタフの打った物より少し小さいものになる見込みだ。
ミアは
シルフィはパワーが生かせるように長柄の三つ爪熊手を。
他にも王選への出場希望者はいるのだが、自分は闘士になることはせず、オイゲンとともにサポートと魔道具の開発を行うことにした。
精錬を行う炉はマナを吸い上げ、【火魔法】を起こして鉱石を溶かしていく。
温度を昇降させて融点の差を利用したり、酸素を多めに送り込んで酸化物を作らせたりして、目的外の成分を取り除いていく。
マナを吸い上げ、特定の効果・魔法を発動するという魔法炉に、津波から村を守ろうとした
方尖碑の強力なマナの吸い上げ能力は、鬼人刀に残されていた所有権を主張する鬼人のマナを吸い上げ切ってしまった。
魔法炉には自律的な吸い上げ能力は備わっていないが、魔法炉を作る技術があれば、きっと方尖碑の解析は可能で、再建や改良、小型化など、できることは増えると考えたのだ。
外洋の倒壊したものも含めた方尖碑と、光の壁の発生端末である石碑のスケッチを見せた瞬間、オイゲンの協力は確定した。
それもそのはず、外観だけに留まらず、
【地図】で線描ホログラムを出し、熱線化した後に紙を当てて焼き付け、転写をした物である。
勿論最初は小火を起こしたし、鼻血も噴き出した。紙に付着したヨゴレは分子分解で洗浄済みだ。
その甲斐あって、住み込み条件も引き出せた。小一時間の質問攻めなど、魔道具製作の授業料としては安いものだ。
筆記具を用意しておいて本当によかったと実感した。酒の力は偉大だ。
リタに筆記具を譲ってもらったのはこうしたメモ書きの作成や、住民の台帳を作るためだった。台帳は村の教会に置いてきている。
避難時の点呼に使ったり、村人の戸籍を管理したりすることが目的だ。客観的に夫婦・親子関係が確認できるのは、得も言われぬ充足感があった。
「それはさておき、今日もやるんだろ?」
「ええ、フィーネが作業を進めてくれていると思います。
フィーネはオイゲンの末の娘で、身長は100cm、ドワーフにしても小柄な部類だ。
華奢な身体は、子どもというわけでもなく、年齢は40で立派な大人だ。
長い睫毛と大きな瞳は、砂埃舞う暗い坑道を生活の場にしてきた、ドワーフの種族特徴。
少し焼けた肌は、炉の番をする事もあるからだ。
腰まで届く赤茶色の長い髪を編み込んで、後ろで一つに纏めている。
「やっときたね。親方、あっちはもういいんですかい?」
工房の隣にある煉瓦造りの離れの中は、壁一面に本棚が並び、中央には打合せ用のテーブルと製図台が置かれている。
研究室といっても実験器具はなく、装いも白衣ではなく前掛けだ。
「おうよ、精錬は済ませてきたから、後は鍛えて形にするだけだ。順番に叩き始めてるだろうよ」
「じゃあ、暫くトモーはこっちで大丈夫だね。回路は粗方出来上がってるよ。入力側は魔法炉の応用だったよ。むしろ術者を潰さないようにしてる分、炉の方が応用かも知れないねぇ」
そう言って、書き込みが増えた方尖碑のスケッチと新規の回路図を机の上に広げた。
「あとは出力側。こっちは回路の形が分かっていても、しっかりした理屈が分かんないと、入出バランスが狂ってまともに動かないよ。推測でもいいから原理を教えてもらって、コッチで組み上げ直すのも一つだね」
「そうですね──」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
方尖碑の防御機構は、まず本体が外部からマナを吸収し、端末である石碑に吸収したマナを供給します。
送られてきたマナは展開されて壁を作り、ぶつかってくる対象の運動エネルギーを奪い取ります。
例えば、車輪を回転させます。
勢いがついたところで、車輪の外周に革を押し付けて回転を止めて下さい。
車輪が止まりましたね。革はどうなっていますか?
熱くなっているはずです。
車輪の回転エネルギー──運動エネルギーが熱エネルギーに変換されました。
更に言うと、車輪を回した仕事は、革をそれだけ熱くするエネルギーをもっていたわけです。
この熱エネルギーをマナに置き換えます。
【火魔法】のようにマナは熱に変化しますから、その逆を取らせるわけです。
置き換わったマナは壁を維持するのに再利用されます。
運動エネルギーを失った物体は大地の引力により、落下してしまいます。
方尖碑の壁は津波を受けきることが出来ませんでしたが、これは運動エネルギーを奪われて落下した海水が、再三押し寄せる波で行き場を失い、壁に対して水圧をかけ続け、許容量を超えたため決壊したと考えられます。
改良品は変換できる運動エネルギーの上限をあげたいのと、壁の任意操作を簡便にしたい。
入力側の強力なマナの吸収性を移植して、吸収効率も上げたいですね。
使用者だけが防衛対象ですから、消費マナも抑えられるし、小型化もできると見込んでいます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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