第51話 ドワーフリポート

 人の出入りを拒むかのような峻険な岩山に囲まれたその土地では、無数の坑道が口を開く。

 なぜこんな場所にと訊けば、そこに石があったからだと答える。

 『魔鋼』──それ自身がマナに富み、マナとの親和性が高い金属。その金属を含む鉱石が求める物の正体だ。


 山の上部は木々が生い茂り、豊かな土壌を感じさせるが、坑道から下は下草すらない不毛の岩肌を晒していた。

 それは採掘される石の毒が尋常ではなく、人の手が加わったことで漏出したことを物語っていた。


 何度も人が行き来したことで拓かれた道は、馬が辛うじてすれ違えるだけの幅しかない。


 狭い道を進むと大きな岩壁に突き当たる。

 壁には細やかな飾り細工が彫り込まれ、見る者を飽きさせない。

 壁の前は馬が旋回できる空間が設けられており、ここで引き返すことも可能である。


 壁には道と同じ幅で通路が開けられており、脇に控える兵士が訪れた者を見定める。

 中に入るに相応しいと判断された者は通路へ、不可とされたものは回頭し、家路につくこととなる。


 自然と生じる行列が道を、旋回場を大きくし、手持ち無沙汰の解消に、岩壁の彫刻を増やしていく。


 通路は前後に落とし格子が用意され、堅牢な造りはこの地の民の気性を表す。


 通路を抜ければ、視界は大きく開かれ、景色は一変する。


 幅が広くなった道の両脇には石造りの家屋が建ち並び、壁から突き出た煙突からは炊事煙が濛々と吐き出されている。


 目抜き通りの突き当り、入り口とは反対側に位置する岩壁にも通路が口を開け、周囲は豪奢に彫り抜かれていた。

 それはこの地を統べる王の宮殿。

 柱やアーチが造り込まれ、壁には花鳥風月をあしらった細工が施されていた。


 中に入れば大きな空間が広がり、外界からの採光も通風も確保されている。

 外壁と同様に精緻に造り込まれ、造形の合間から採り入れられた光は柔らかく、彩りを齎す。


 彼らの王が在す処として恥ずかしくないように。

 自らの身に置き換えたときに、どのような物に囲まれていたいか。


 先達の遺した作品群との調和を図り、自らの個性を主張し、後進が継ぎ易く、課題を遺す。


 行き詰まり、古きを温ね、足りないものに気付き、消化し、昇華する新しきを知る

 到った境地を後世に遺し、さらなる発展を願う。

 現物として遺された教科書。


 そこは謁見の間であり、歴史を記した保管庫であった。

 この場所に完成はなく、完成を迎えたとすれば、それは彼らが滅んでしまったか、石を採り尽くしこの場に残る理由を失ったかのどちらかだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 彼らの王は10年に一度、民族全員の中から選ばれる。

 条件は最も強力な武器を打った者。

 参加資格は、同族であり鍛冶士として自ら武器を打てる者であること。他の地で生活していようと、特殊な設備を使おうと、本人が打ったものであれば問題ない。


 選び方は、予選、本選からなる『王選』と呼ばれる選定会で、最後まで十全な形で残ること。


 初秋、農作物の刈入れのひと段落が目安となり、予選開始の合図の号砲が一つ撃ち鳴らされる。


 会場である闘技場は都市の中央、アーチ柱をふんだんに取り入れた円形の建物で、中央には直径40mの整地された更地が用意されている。

 中央を囲むように用意された観客席の収容人数は3万人。

 平時は更地のままで、民族会議や新春祭、収穫祭の会場として使われるほか、ステージを用意して歌唱や演芸、サーカス団の巡業が行われたり、障害物を設置した戦闘教練や競技会が行われたりもする。


 王選委員会の用意した鋼材を、切断、曲折、破砕する予選会が行われ、次の朔までに達成できたものが本選にエントリーされる。


 予選の通過は鍛冶士として一人前と認められるための通過儀礼でもあり、通過して初めて自らの工房を開くことを許される。

 予選を通過していない鍛冶士は、如何に名家の出であろうと、工房を開くことは許されず、他所で開こうとも同族の工房とは認められない。


 予選を通過した人数によって、二次予選が行われる年もあり、その際には硬度を増した鋼材で一時予選と同様の審査が行われる。

 二次予選が行われた次の回では、二次予選で用いられた鋼材が一次予選で採用されることになり、回を重ねるごとに鍛冶士に求められる技能は高くなっていく。


 本選では打った武器を扱う者──『闘士』同士が闘い、相手の武器を破壊するか、戦意を喪失させる。または立会員の判定により勝敗が決まる。

 破壊は勿論、扱うことが出来ないガラクタに価値はなく、破壊できないことを理由に闘いが長引くこともまた論外。


 魔法の使用は認められるが、武器を伴わずに行使するものは不可で、直接攻撃、牽制を問わず使用は即失格となる。【回復魔法】は決勝のみ認められる。


 相手を殺めることは禁忌とされ、故意にせよ過失にせよ失格となり、次回以降の参加権は剥奪される。

 闘士が死んでしまった場合、代役を立てることは認められておらず失格となるが、次回以降の参加は可能である。


 闘士は人種民族を問わず誰でもなれ、必ずしも鍛冶士自身が闘う必要はない。鍛冶士が認めた相手であればいい。


 王選を通して鍛冶士としての技術、闘士としての腕または闘士を見極める識別眼に加え、自ら素材を採掘する、または他者から購入する経済力、道具や設備を整える、他人との信頼関係を築くといった総合力が問われる。


 残り2つとなるまで闘い続け、満月の夜に最後の闘いが行われる。


 最後の1つとなった武器は、過去の王選を勝ち抜いた10の武器のいずれかと打ち合い、破壊することが出来れば晴れて『戎貴世』の栄誉が与えられ、国宝として丁重に扱われる。

 破壊すること叶わずとも、当代での最優秀は変わらず、玉座は約束されている。過去の王の栄光に更なる箔が付くこととなるが故に、打ち破れた際にはその栄光が引き継がれ、新王ながらも強い権限を持つことになる。


 闘士が鍛冶士とは別にいる場合、優勝者には『朋友』の称号と闘いを勝ち抜いた武器の影打が与えられ、生涯を通じて国を挙げての優遇が約束される。


 王選の決着と共に、数多の花火が夜空を彩る。

 新たな王の誕生を祝う宴とともに、待望の収穫祭が始まる。

 月と星と熱き闘いを肴に、秋の実りと酒が振る舞われ、夜通し歌えや踊れやの大宴会が行われる。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 彼らは坑道での生活を主とするため、低身長で手足は短いが、掘削のために力強い個体が好まれるという選択圧がはたらいた。

 ヒトの地域亜種とも言え、只人との交配も可能でハーフも生まれる。


 鉱石と接する機会が多く、鍛冶・彫金を得意とする者が多く、坑道の補強、岩盤の穿孔のため、建築・地質にも精通する。

 鉱脈あるところに彼らありと言われる程だ。

 金属の精錬には魔法炉を使うため、マナの扱いにも長けており、寿命は長く150年に届く。


 花形職の鍛冶は当然の如く火を扱う。

 その熱の中で如何に正確な仕事が出来るかは、その者の生やす髭を見ればわかるという。

 長ければ長いほど邪魔になり、手許に届くまでになれば焼けてしまうものだが、燃やさず焦がさず、長く艶やかに伸ばした者は、打った物も仕事が行き届いているとされ、髭を纏める留め飾りが王から下賜される。

 女性の場合は髭がないため、髪と爪に手入れが行き届いているかが判断され、髪留めが下賜される。

 これら留め飾りが一流の証となり、『星』と呼ばれている。何人の星持ちが在籍しているかで、その工房の格を決める。

 工房から始まったこの制度も、坑道や農場、酒蔵にも適用され、優秀な生産者を知る指標となっている。


 彼らはこの地をはじめ、北部山岳地帯を中心に生活しており、この都市以外にも集落を形成しているのだ。王選にはそれらが一堂に会する。

 各所で共通なのが、彼らは一族単位で一つの坑道を共にする。

 生家の坑道を出ることになった者は、余所で坑道を拓くことが殆どだ。


 坑道内壁は彫刻の練習が子どもの落書きと同列に施されている。

 ある一族では幼少期の悪戯を、生涯かけて一つの作品として完成させる。


 彼らの住む地は、求める石のでる場所。鉱毒に汚染されることが常なるため、地下を流れる水脈は飲用に適さない。

 果実や農作物を醗酵、熟成させた酒こそが飲料水であり、生まれたてこそ乳と果汁で育つも、鎚を持てる頃合いになれば、大人と同じ物を口にする。

 彼らと食を、生活を共にするのであれば、酒なくしては有り得ない。文字通り、命の水なのだから。


 変わり者と揶揄されることも少なくないが、同族以外と婚姻すると、坑道内での生活に支障を来すため、坑道外で只人の様式に沿った家屋を建てて生活をする。

 目抜き通り沿いに建てられた家屋は、そのような他族の住む家か、訪れた他族に向けた商店や飲食店、宿などの施設か、『朋友』となった闘士たちの家である。


 今日も今日とて、金属を叩く音、岩壁を彫り飾る音が響く──。



 トゥモロー・ベルウッド著:大地の歩き方~ドワーフたちの国、ツワァゲンランド~より抜粋。

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