第50話 赤外線もカバーすれば熱光学迷彩

 バンドウッヅを出て、ドワーフの里に向かって数時間。既に起伏で町の姿は見えなくなっている。


「パパ──」


「ええ、休憩にしましょうか」


 街道の脇に逸れ、適当な石に腰掛ける。

 ミアが膝に座って来ようとするが、お茶の用意が出来なくなるので、リィナに押し付ける。

 かまどと薪を用意し、お茶を淹れる準備をする。


 バンドウッヅからドワーフの里へは定期的に乗合馬車が出ていたが、余計な気を遣いたくなかったので、引き続き徒歩の旅だ。

 自分の子を売る話題や、子どもたちに奇異の目を向けられるのは避けたかった。


 馬を買うことも出来たが、今回ドワーフの里でどれだけの滞在になるか不明なため、購入することはしなかった。

 鉱山で安くない飼料を与え、満足に運動もさせてやれない。

 現地で乗り捨てるのは論外だ。いずれにしても贅沢が過ぎる。

 村に連れ帰ることも今回の旅の目的の一つなのだ。無駄に痩せさせる必要はない。


 以前のティアナは生まれたばかりのティーダを連れて、獣人村まで旅をした。

 野原より遥かに歩きやすい街道が整備され、子どもたちは大きく体力もある。

 少々の不自由は我慢して、土産が多い帰還を目指す。



「パパ──」


「うーん、リィナさんはどう思います?」


 シルフィの懸念をリィナに投げる。


「訳ありのワシらの後から来るんじゃから、まともな輩は期待できんじゃろうなぁ」


「刃傷沙汰は避けたいのですがね」


「まぁ、相手次第じゃな」


「「「悪・即・斬!!」」」


 ??!



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「やぁーっと追い付いた。お前ら早ぇよ。まぁ、こんなところで休憩したのが運の尽きだ。観念しな」


 ほらな? と言わんばかりの目を向けるリィナに肩を竦めてみせる。

 追い付いてきたのは男たちが10人。身を包む軽鎧はバラバラで統一性はない。


 此方はティータイムを終え、後片付けを完了している状態。

 相手には待たれていたという認識はないようだ。


「何かご用ですか?」


 努めて平静に、争いを避けるべく切り出す。


「お前には用はねぇよ。そっちの嬢ちゃんたちがな、ウチの店のモン盗んだって遥々追いかけてきたんだ。引き渡してもらえるよな?」


 リーダー格の男が馬から下りて答える。他に5人下馬し、包囲するように動いた。


「それは出来ませんね。ウチの可愛い娘たちを誰とも知れない相手に渡すことは出来ません。そもそも証拠が無いのではありませんか?」


 面倒臭い手合いだ。バンドウッヅに議会はあるらしいが、司法は整っているのだろうか?


「それを確認するために、町へ連れ帰って身体検査だ。そんなに着込んでいるんだから、隠しようはいっぱいあるだろうしな」


 面々を見回すが、一様に首を横に振る。

 虚視に切り替えても、変わった要素はない。動揺している素振りもない。


「無論、拒否権はねぇぜ。嬢ちゃんたちは容疑者だからな。怪しい動きを見せれば、その時点でクロだ。分かったら大人しくしな」


「人違いではないですか? 皆心当たりがないようです」


「人違いかどうかも検査すりゃ分かんだろうが。そもそも黒髪黒眼の女がやったって証言があんだよ。なぁに、親の手前ェに責任を追求しねぇし、連れて行くのは嬢ちゃんたちだけだ。言うとおりにしていれば、優しく検査してやんよ」


 どうしても犯人にしたいようだ。連れて帰るのは既定路線のようだ。

 此方は全員外套に身を包み、フードを被った状態。娘たちに至ってはその下でターバンを巻いている。よく黒髪黒眼と分かったものだ。


「そうですか。そこまで仰るのであれば仕方ありませんね。皆、フードとターバンを外して見せてあげて下さい」


 娘たちの頭に手を乗せていき、フードを外していくよう促していく。


「お? 何だぁ?」


『ご覧の通り、この子たちは妻に似て皆茜髪です。眼は私に似ましたが、完全な黒ってわけでもありません。やはり人違いのようです。この道では誰ともお会いしませんでしたから、別の門から出られたのではないですか?』


「そ、そのようだな。オイ、お前ェら、とっとと引き返すぞ!」


「「ヘイッ!!」」


 全員馬上の人となり、馬の向きを変えていく。


「すまねぇな。足止めさせて。よい旅を」


「ありがとうございます。其方もお役目ご苦労様です」


 男は手を振り、来たとき同様、砂煙を上げて走っていった。



「お前さん、一体何をしたんじゃ? ワシにも赤く見えとるんじゃが」


「「「リィナママといっしょ~」」」


「髪にマナを纏わせて、赤く見えるように調整した【照明】を出しただけですよ」


 手に【照明】を出して同じ色合いにし、頭に持っていって、髪色を変えてみせる。


「そうは言うても、ミアとシルフィの耳まで消えとるんじゃ」


「ミアの耳、あるのになーい。変なの~」


「周りから受けた光を吸収し、反対方向へそのまま放出するようにしただけです。こんな風に」


 言いながら右手を消してみせる。


「応用すればこんな風にも」


 腹部を消し、外套を捲って見せる。外套の内側が見えたところで、更に外套も消し、背後の景色を見せる。


「何でもありじゃな…」


「「「パパすごーい!」」」


「それにしてもじゃ、彼奴らはよくもまぁ簡単に町へ引き返したな。ワシらの先を進んでいたとは考えんかったんじゃろうか?」


「髪色や耳の偽装はマナで覆っている分、感受性が高い人には気付かれてしまうんです。なのでそれも含めて、此方の言うことを信じやすくしておきました」


「「「へぇ~」」」


 うん、シルフィだけが悪い笑顔だ。しかし口止め蜂蜜買収が利いている。


「お前さんまさか、ワシで試しておらんか?」


 不意にリィナが近付き、頭を寄せて小声で訊ねてくる。


「おや? どうしてそのように?」


「今朝からこう、アソコが落ち着かんくって。昨夜は記憶が曖昧じゃし、かと言って精を出されたわけでもなさそうじゃった。もし何か知っとったら教えてくれんか?」


 太腿をモゾモゾさせながら、徐々に顔が紅潮させてくる。


「すみません。少し試させてもらいました。中には出していませんし、マナも通してあるので妊娠の心配はありません」


 今回は此方に非があるので正直に告げる。


「胃がムカムカしていたのはそのせいじゃったか」


 確かに飲ませたが、ムカムカは記憶を飛ばした酒のせいだ。


「ヤるのは構わんのじゃが、どうせ抱くのなら、記憶に残るように愛して欲しいのじゃ」


 顔を真っ赤にして耳元で囁く。


 ──なんだこのカワイイ生き物は?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そこからの道程は比較的穏やかだった。


 と言っても、追っ手らしきものは2度3度とやってきたし、そのたびに地下室を取り出してやり過ごした。

 表層の偽装と通気口を物陰に作る手間が面倒だったが、髪色や耳の偽装と追っ手とのやりとりの方が煩わしかったので我慢した。


 地下室で追っ手をやり過ごす間に、リィナを含め、娘たちに髪色の偽装を教えた。

 全員生活魔法は修得済みなため、簡単な色覚の話をしてやり、次いで色調を。光の波長の話は睡眠学習となった。

 まずは【照明】の色変化から練習し、髪に【照明】を重ねる実技に移行していく。


 “黒”は認識できるすべての光を吸収しているため、見えないことから黒と認識されている。

 物体の形状として反射してくる光もあれば、周囲からの光が輪郭をかたどることで、そのものの形を認識することが出来る。


 このため、黒い物体が赤い光を放つようにしてやれば、赤く見えるようになるのだが、そもそも光が当たらないところはどのように見えているか。暗く、場合によっては黒く見えているはずだ。

 陰にあたる部分も同じように光らせてしまうと、すぐに違和感を生じ気付かれてしまう。

 光と色のコントラストを意識させた。


 そしてリィナの髪の毛ように、元が赤いもの──赤い光を放つまたは反射するものを、どうやって黒く見せるか、または青く見せるかを練習、試行錯誤させていった。


 修得が最も早かったのはルゥナ。次いでリィナ。ミアが続き、シルフィが一番時間をかけたが、その分完成度も高かった。

 耳を消す方法は教えてもいないのに、シルフィは髪色を変えたときには、同時に耳を消してみせた。

 ミアも負けじと取り組み、一日遅れで耳消しを修得した。

 ルゥナは自分でする必要はないのだが、出来るか訊いてみたら、すぐにやって見せた。やだ、この子たち怖い。


 強制的にのんびり旅なってしまったが、1週間後には目的のドワーフの里へ到着した。

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