第2章 ドワーフ国編

第46話 CODE:871

 この世界に来てから6度目の春。

 眼帯なしで虚視を切り替えることにも慣れた。元々、左眼に封印などはない。

 長い準備期間を経て、ドワーフの里へ向け出発することになった。

 ドワーフが満足する酒を研究し続け、満足のいく出来になったのだ。


 ダンの村と定期的に交易をする中で、リタの好む酒、亡き親方グスタフの好んだであろう酒を模索し、ようやくリタの合格が貰えた。

 何十樽と納めたか、20を超えたところで数えるのを止めた。案の定、酒に関してのリィナは役立たずポンコツであった。



「ティーダ、ニアママとも協力して皆を守っていってください。家のことは頼みましたよ。本当はリィナママも留守番に残って欲しかったのですが…」


「お前さんを一人で行かせたらまた家族が増えるじゃろうが。何よりワシがこの村で一番ドワーフの里ことを知っておるんじゃ。これ以上の案内役はおらんじゃろ?」


「わかりました、父さん。リィナ母さんも道中お酒は厳禁ですよ。家族が増えては困りますから。」


 背丈も伸び、少し大人びたティーダが得意気なリィナを地へ落とす言葉を放つ。


「ティーダ、まだ5歳ではないですか。パパと呼んでいていいのですよ?」


「いえ、長兄としてしっかりしなくてはいけませんので。外洋の村落にルゥナによく似た子がいたと聞いていますから。それも一人ではなく、数人だったと──」


 リィナと二人、沈んだ気分で村を出ることになった。

 家族の見送りとは、正座で説教を受けることでは決してないはずだ。


 ──解せぬ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 朝に出発するはずが、思わぬ伏兵により昼前の出発となってしまった。


 5歳になったティーダは見た目には10歳くらい。身長も頭ひとつ分にまで迫ってきた。見た目に合わせて精神年齢は高く、3人娘の兄としての気苦労を感じさせる。

 日頃の組み手にも参加し続け、ナイフの腕前もさることながら、腕力がついてきたことにより、爪を駆使することも増えた。

 泉に出現した防具をダンに手直ししてもらい、装備を一通り揃えたが、ドワーフの里から帰ったら、連れ帰った鍛冶士に誂えてもらうつもりだ。



 ひとつ違いのルゥナは年齢通りの見た目。スモック姿に髪を結っては、おままごとでお母さん役をやりたがる。


 ──ティアナのマネですね。


 妹のミアに酔っ払いをやらせていますが、その役が本当の母親です。

 ミアも酔っ払いながら私に絡んできますが、お酒飲んでいませんよね?

 子どもというのは本当によく見ています。見たくないものもあるようですが。



 ミアとシルフィの猫・熊姉妹は異母姉であるルゥナより半年差がありますが、見た目は共に8つほど。


 ミアは活発に育ち、よくティーダにくっついて、組み手に参加したり、農作業を手伝ってくれたりする。

 漁にはあまり付いてこないものの、釣果には興味津々だ。つり目がちの瞳が爛々と輝いていた。

 甘え上手で、ベッドに忍び込んでくることもしばしば。就寝前にはリィナにつまみ出されているので、ベッドウォーマーとして優秀なはたらきをみせている。

 尻尾が長い分感情が表れやすく、尻尾の動きを眺めているだけで日が暮れてしまうこともざらにあった。



 シルフィは穏やかな性格に育ち、組み手にはあまり参加しないものの、リィナから魔法を習い始め、家事を楽にしようと工夫を重ねている。

 森で養蜂をし始めたときは興味津々で、珍しく後に付いてきた。ティーダと一緒に蜂蜜を舐める姿は尊味が深かった。

 泳ぐ魚に対して、普段は眠たげなたれ目に光が宿り、爪を振るう姿はまさしく兄妹であった。


 只人、猫人、熊人と、見た目も性格も三者三様ではあったが、日々成長を感じさせた。

 母親たちも同様に、各自のできることを増やし、村の発展に寄与していった。



 ティアナは針仕事と農作業を。

 熊人の魔石も定着し、完全に制御しているようだ。


 交易により布地が手に入るようになったため、子どもたちの服はティアナが手作りしている。獣人の成長に合わせて丈を調整できるように作り込むのもお手の物だ。


 畑は土づくりからやり直しになったが、森の土をそのまま使っていることから、初年は十分な収穫が見込まれた。


 過去の賢人が四圃輪栽式農法を広めていたため、特に口出しすることはなかった。人鬼により耕された土地を大まかに4分割し、ぐるりと4年かけて4系統の作物を回していく。


 穀物は小麦と大麦が育てられ、中耕作物にはこの村独自の芋が育てられたが、ダンの村からカブの種を分けてもらえたため、年替わりで植えている。

 栽培牧草もクローバーとレンゲソウの2種を植えることになっている。蜂蜜にうるさい子熊たちの拘りがなぜか村中に認められた。

 蜂蜜酒の醸造にも手を出したいが、蜂蜜の収量が少ないことを理由に断られた。呑兵衛に搾取されるのは嫌だと、4つの瞳が涙ながらに訴えていた。


 ちなみにダンの村は近隣と協力し合って、村単位で回していたのだという。小麦の丘は年によりカブやレンゲソウに変わるのだ。

 抱えている家畜の割に厩舎が多かった理由も、畑に植える作物と共に家畜も回しているからだそうだ。基本的には犂耕に使う牛や馬を残して、飼料作物・栽培牧草を作る村に引き渡されていく。


 新しい作物種が手に入り、少量野菜用の畑で育てていくが、ティアナは土の管理や水撒き、雑草引きなどこまめに世話し、この村にあった生育法を確立するのに尽力してくれた。


 自分も畑の開墾・拡張を手伝い、一周回って安定した収穫が見込めるようになったため、旅立つことができると判断し、今日に至る。



 ニアは初め別居婚状態だったが、せめて見えるところでイチャつけと、嫉妬深い茜色が主張したことにより同居となった。

 おかげで今回の旅にはニアの家を【収納】して行くことが出来た。策士恐るべし。

 ニアの部屋は家の向きを調整するついでに増築した。元が木の家住まいだったため、煉瓦造りは落ち着かない様子だったが、天井の染みを数えている内に慣れてくれた。


 旅で使うニアの家は既に改造を済ませ、風呂も設置済だ。



 リィナはその知識から、御意見番として方々に助言をし、存在感を示していた。お婆ちゃんの知恵袋だ。

 ゼインから村長を譲るとラブコールを受ける程だ。得られる知見が段違いだった。亀の甲より、猿の猴タダのサルより、年の功だ。

 固辞し続けたのは、散々長として働いてきたことと、監視対象を野放しに出来ないことを挙げていた。

 酒が入ったときは自身が監視対象になると、少しは自覚して欲しいものだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 村を出て一路西へ進む。

 まずはダンの村へ行き、中央部のリナの故郷の町を目指す。其処からドワーフの里へ向かう。


 三方を山に囲まれた窪地に獣人の村は存在している。残りの一方──東の崖を降り、少しの平地を抜ければ海だ。

 山からの颪と海風とで、季節や時間帯で風向きや風速が驚くほど変化する。

 強い風は南の畑地帯を抜けるように、住宅地にはほど良く風が抜けるようにと、木々の伐採は計画して行った。

 防潮扉の設置や、将来的に要塞化する事があれば、風向きが変わるから再調整が必要だ。異世界モノってもっと気楽だと思っていた。


 そんな事を考えながら、街道を振り返り、未完成な村を見渡す。

 山の稜線の手前。街道の脇に家を取り出す。

 出発が遅くなってしまったため、村の勢力圏で夜を明かしてから、本格的な旅程が始まる。

 太陽は稜線の向こう、群青を背景に村の周りに光が明滅する。

 牧草地では家畜の帰舎が進み、放尖碑からは漁の仕掛けをしている者たちへ、帰還を促す発光信号が放たれる。

 木々の陰で見えないが、家々にも明かりが灯り、それぞれの営みを繰り広げているのだろう。


 さらなる発展のため、この世界を見て回るため、残していく家族に申し訳なさを感じながらも、決意を新たにする。


「もう、出てきていいですよ」


 カサリと脇の茂みが音を立てる。


 パァン!


 道を挟んだ反対側で、指弾で飛ばした癇癪玉を破裂させた。

 乾いた音に反応し、眠りに就こうとしていた野鳥が枝葉を揺らし飛び立っていく。


「次はこちらを当てます」


 銃手甲に通常弾を込め、威嚇の言葉を放つ。

 癇癪玉が爆ぜた場所から1m程離れた茂みがガサガサと揺れ人影が姿を現す。


「どうしてわかったの?」


「ティーダが教えてくれました。妹たちが居なくなったとね」


 まぁ連絡がなくとも、虚視と【地図】で分かっていた。反対側の茂みを揺らす小細工もお見通しだ。


「あれだけ言って付いてきたのですから、覚悟は出来ていますね? ゴブリンに攫われでもしたら、ステキなお嫁さんにはなれませんよ?」


「ハイ!」

「ティアナママはパパのお嫁さんになれました!」

「親の脛を齧り倒します!」


 ミアは本当に親をよく見ています。

 シルフィは依存よりも利用の気が強いですね。確信犯的な犯行が目立つのは気のせいではないようです。

 ルゥナが一番素直に見えます。


「帰れと言っても無駄でしょうから、中のリィナママにお願いしてきなさい。早くしないと晩御飯にありつけませんよ?」


「「「Sir, yes, sir!」」」

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