第47話 墓場で運動会はできない
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アタシももう21になった。
生活魔法も身に付けた。相変わらず【収納】は苦手だけど。
憧れのあの人は旅立ったまま、戻ってこない。
姿を見せたと思っても、パパに仕事を頼みにきただけ。ママと交易の話ばかりと、アタシを訪ねてくることはなかった。
ある日彼に子どもが出来たと人伝に聞いた。熊の男の子の話かと思いきや、黒髪黒眼の女の子だって。
荒れたわ。
お酒もやったし、女人禁制のゴブリン狩りにも手を出した。我武者羅に魔法をぶっ放そうとして、お姉ちゃんにど突かれたときは死を覚悟したわ。
死んだお婆ちゃんが川の向こうで手を振ってたもの。後ろの木に服が一杯掛かってたけど、よく思い出せないわ。夢の話だし。
後から聞いた話だと、三日三晩寝込んだらしいのね。その間ずっと看病してくれたラルゴに絆されちゃった。
修行で大変なのにね。薪を割る姿に彼を重ねちゃったのかもしれない。
パパは相変わらずだったけど、ママは祝福してくれた。お姉ちゃんは微妙な顔をしてたけど、笑顔で送り出してくれた。
結婚式の衣装は各家で伝えられてくけど、胸が窮屈だって言ったら、2人して怖い顔になるんだもん。
ママのせいで超ミニスカートで胸も見えそうになってるんだから、文句の一つくらい言わせて欲しいわ。
式には彼も来てくれて、一緒に村を出た茜髪の女の子と祝ってくれた。
胸のペンダントを見て複雑そうにしてたわ。
そう、お婆ちゃんの魔玉をあしらったペンダント。3年も経ったのに覚えてくれてるんだね、優しい人。
ラルゴとの初夜は特別なことは何もなかったわ。男性を比較することが失礼なことくらい分かるわ。目で見ただけだけどね。
精一杯愛してくれた。アタシの中を満たしてくれた。それで十分。
おかげでこの子を授かったわ。どうしてウチの家系は女の子ばっかりなのかしら?
名前はリコ。
ラルゴに似てると思うのだけれど、ママはアタシの小さい頃ソックリだって言う。
アタシには栗毛くらいしか、似ているところが見つからないんだけどな。
トモーさん、アタシ幸せだよ。アナタも、お幸せに──。
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「なぁ、リズのペンダントってアレじゃよな?」
「あの輝き、色味は覚えがあります。間違いないですね」
「結婚式の時にも付けとったし、今更教えてやれんよな?」
「知っているのはこの2人だけです。棺桶まで持って行きましょう」
リズが後生大事に身に付けているペンダントにあしらわれている宝石──魔玉は、亡くなった祖母リナの物ではない。
リナは姿を変え、名前を変え、リィナとして隣に立っている。
人熊をタンパク質、神経、脂肪、骨の供給源として分解、再合成し、リナの身体を治した。
結果は45年の時を遡る時間旅行を肉体にもたらした。
リナの魂年齢が若返っていたことと、自らの魔核に手を加えて強化したマナの制御を、
本人には口が裂けても言えないが、楽しそうにしているから、もう時効だろう。
ちょうどいいからと死亡したことにしようと、隠滅工作が始まった。
本人指導のもと、残った素材を利用してダミーの遺体を構築した。ほくろの位置から胸の大きさまで事細かくだ。
少々垂れているくらいが現実味があると言ったが、自分を象るのだから美しく造れと、余計な拘りが作業時間を延ばしていった。
葬儀の【宝葬】で魔玉が残らないと怪しまれると、人熊の魔石を使うことになった。
つまり今もリズが身に付けているのは、祖母の仇(?)の魔石由来の魔玉だ。
遺体が完成した後はリナが着ていた服を着せ、本人は部屋に残された服に着替えて窓から出て行った。
そこからは部屋に転がり込んで、若くなったから肝臓の調子も良いはずだと、酒を飲んでは襲ってきた。酒への耐性は人それぞれだから、肝臓が若返っても強くなるとは限らない。
何度も返り討ちにしては、そのたびに精を吐き出したのに、完全に忘れているのだから意地悪もしたくなる。誰の子か分かっていなかったのは貴女だけだ。
素材となった人熊は毛皮を残しており、ティーダの装備に使う予定だ。
因みに獣人の村を襲撃してきた人鬼も200体近く【収納】されている。“村”を【収納】したときに運良く付いてきたのだ。何かしらに使えるだろうと残してある。
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「ご無沙汰しています、トモーさん」
「やぁ、リザさん。リウちゃんも大きくなりましたね」
教会前の広場で子どもたちが遊んでいる。
ニアに教わった踊りをリウとリコに教えている。
リウはティーダと同い年だが、成長度が違う。最年少のミアとシルフィの方が大きく、一つ下のルゥナが一番近い。
「ティーダちゃんは元気ですか?」
「ええ、人鬼くらいなら一人で何とかできるくらいには育っています」
「リウと同い年ですよね? それが熊人の特徴なのかしら? ──ルゥナちゃんでしたっけ?あの子は普通の子のようですね」
驚きを隠せずに、ミア、シルフィと見比べ、スモック姿のルゥナに目を留める。
「そう、ですね」
「リウとリコはよく似ているって言われるけど、そこにルゥナちゃんが混ざっても違和感ないですね。ルゥナちゃんはあそこの4人全員にどこか似ているわ」
母親が同じ家系だとは口が裂けても言えない。それこそ、あなた方とも似ていますと。
「秋頃に出産予定ですか?」
目立ち始めたお腹に視線を落とす。
「ええ、リコを見ているともう1人欲しいなって。エリックに無理言っちゃいました」
「エリックの腕なら、あと2~3人は養えるでしょう。エドガーさんも現役ですよね?」
「ふふ、そうね。気にし過ぎだったかしら。それじゃあ、夕飯の用意をしなくちゃいけないから行きますね」
「元気な赤ちゃんを産んで下さい。森には気をつけて下さいね!」
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リィナに子どもたちを任せ、ダンの工房へ向かう。子どもたち用のナイフを受け取るためだ。
人鬼の骨歯を使った作り物にも慣れ、子ども用ナイフなら直ぐだと、朝から取り掛かってくれていた。
弟子でリズの夫になったラルゴも手伝ってくれている。刃物の研ぎや、鋸の目立てを任されるようになったらしい。
ナイフの礼に加え、多めに食料を渡す。保存が利くものだが、夏までも保たないだろう。
産後に訪ねることは難しそうだから、出産祝いの前払いだ。秋に向けて蓄えを増やせるように使っていってくれればいい。
南村の皆は自立しきっているが、負担は大きかっただろうし、その労いもある。
ただのナイフであれば、出来合いの物が工房に常時置いてある。
わざわざ人鬼素材で用意してもらったのは他でもない。マナの通りが良いためだ。
娘たちは3人とも、マナの扱いに長けている。そう、3人ともだ。
獣人であるミアとシルフィはさることながら、只人であるはずのルゥナもだ。
同じ年頃のリウと比較しても魔核の大きさは人並みを外れ、胸腺への影響も少ない。
未だ成長段階なため、胸腺・魔核がどの様に影響しあうか、楽観視はできない状況ではあるが。
原因は幾つか考えられるが、おそらくは自分由来の因子だろう。3姉妹ともマナに似たような傾向が見られるため、ほぼ間違いない。
この世界へ渡ってくるにあたり、自称管理人より告げられた言葉。そして手引書に記載された一文。
──遠慮なく子を成してくれていいよ。
──魔核は本来ないのだけれど、この世界に渡る際に植え込んでいる。
そこから推測されるのは、魔核は生体移植的に付与されたのではなく、遺伝情報から書き換えられて、子々孫々へ受け継がれるように調整済みだということ。
子が成せるということで、ゲノムDNAの一致性は疑いようがなかった。
何年先の話か分からないが、“渡り人”の子孫同士が子を成した際に、魔核が作られない可能性が残ることも考慮されているのだろう。
低年齢で渡ってくる者もいるだろうから、早期成熟するようになっているようだ。
元々自分には魔核を作るための遺伝子は備わっていない。そういう点では自分のからだじゃないようだと思えるが、自ら手を加えている部分の方が多すぎて実感はない。
周りが獣人で成長が早いため、如何に工夫して渡り合うかを考えているようで、繊細なマナ操作が出来るのがルゥナだ。
猫人、熊人としての特徴を強化する形で、ミアは敏捷性を、シルフィは頑健さと強靭さを伸ばしている。
ナイフの長さや幅も個性に合わせて変えてもらった。
明朝3人に渡して、中央に向けて出発だ。
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