第45話 ゴブリンレポート

 はじめに


 本書は、先人たちの残した記録を読み解き、記憶を聞き取り、筆者の経験と遭遇した事象をまとめ、筆者なりの解釈と考察を記したものである。

 今は亡くなるも後世へと記録を遺していただいた方々、それを現世に正しく保管する方々。辛い記憶を涙ながらに語ってくれた今を生きる方々。

 出版に際し、編集作業に尽力して頂いたL女史、支えてくれた家族、亡き妻Tに。関わったすべての方々に最大の謝辞を。

 本書が人々から涙を奪い、笑顔溢れる世界の一助になることを切に願う。


 著:トゥモロー・ベルウッド

 


 形態について


 体長は50~150cm。

 月齢でも勿論変わるが、栄養状態で大きく変化する。

 体躯のバラつきは、多くの他生物種と交えるようにと獲得された、生存戦略の一つと考えられる。

 生殖能力面は生後ひと月で成熟する。


 体型は痩せ型で、胸は肋骨が、背中は棘突起が浮き出るほど。

 突き出した腹は栄養失調による腹水が原因だ。

 からだを大きくすることに栄養が使われているようで、食物を摂取しても栄養バランスは崩れたまま。浸透圧調節がきいていない状態が維持されてしまうようだ。


 痩せた体躯には不釣り合いな力と素早さを発揮するも、魔核は小さいことから魔核以外──骨にマナを蓄積する性質があり、身体強化を速やかに行っている。

 これは筋肉量を減らすことになり、体重減少による敏捷性の向上と、可食部の減少による被食対象からの除外が狙いの生存戦略と考えられる。

 

 大きな鼻と耳は外敵の察知に優位にはたらき、乱杭歯は咀嚼よりも攻撃を主眼としている。

 手指は長く道具を利用することに長け、足指にも拇指対向性があり、樹上での生活にも適応している。


 肌の色は褐色からやや緑色を帯びた茶色、灰色となる。皮膚に塗布した物質が沈着しやすい性質を持つため、環境による差異が大きく見受けられる。

 体毛は少なく、毛による防御効果は少ない。肌色を変化させる迷彩・隠密効果を重視していると考えられる。



 生態について


 単為生殖的に増殖する。

 他種の雌を強姦して射精し、母胎内で単為発生を行い出産に至る。

 一度に2~8体ほど生まれるが、胎数は母体の種により変動する。

 母体は寄生宿主として扱われていることになる。


 母体は生物種、年齢を問わないようにするため、妊娠期間はひと月程で出産時は小さく、産後すぐに成長する。


 生まれてくる子はすべて父親と同じ雄ゴブリンだが、紫外線や自然放射線、活性酸素などによるゲノムDNAの損傷が精原細胞、精子にまで及べば、遺伝的個性は生じることになる。

 また、栄養状態、温度や湿度、高度による気圧差などの環境抵抗がかかることで、遺伝子DNAへの修飾が起こり、環境に適した成長が得られるようになるが、精子を介して子にもこの修飾状態は伝わり、適応成長度合いはより顕著なものとなる。

 この獲得形質の遺伝とも言える現象により、ゲノムDNA上は等しい個体でも表現形は大きく異なって見えることがある。


 精液はマナが強く母胎を汚染していき、内臓、筋肉へと汚染は広がっていく。

 侵された母体はゴブリンのマナへ抵抗するため、常時マナを消耗し、マナ欠乏症から魔核が矮小化していく。

 最終的にはマナ中毒により、命を落とすことになる。


 産後、母体からの授乳により成長し、数日で咀嚼による栄養摂取が可能となる。

 出産、授乳に耐えきれなかった母体はその子に捕食される。

 “母体喰い”は、初期栄養面は豊富だが、母性の享受に乏しいため、比較的強力・乱暴な個体になりやすい。

 強力な個体が生じるが、食欲より性欲が勝るため“母体喰い”が積極的に行われることはない。



 他生物種との関わりについて。


 他生物種の雄は他に利用価値がないため、食料として扱われる。

 新鮮な肉を好む個体が多ければ、長期生存出来ることもあるが、多くは腐肉喰いを厭わないため、肉が痩せる前に速やかに解体される。


 雌は繁殖のため、可能な限り生存させようとし、食料の供与が行われる。それは同種雄個体のからだの場合もあり、伴侶の一部の場合もある。

 摂食を拒もうとしても、液状化したものや飲精により強制的に摂取させられることになる。

 飲精の場合、ゴブリンマナによる消化器官の汚染が早まり、血中への吸収から脳への汚染も早期に起こり、正常な判断が出来なくなる。救出された場合の後遺症は甚大なものとなる。ゴブリンマナは脳関門を突破する性質があると考えられる。


 ゴブリンを出産した母体は、一種の洗脳状態となり、生まれてきた子を守ろうとする母性本能が過剰になる。

 子を奪おうとすれば、相手を殺害しようとすることに躊躇いはなく、子を殺せば自死することもある。

 この洗脳状態は、ゴブリンのマナによる汚染、脳内物質、性ホルモンと色々な視点から研究され、解明が待たれているが、決定的な原因は未だ不明である。

 回復することは正に、奇跡と言えるであろう。


 母胎内に予め胎児がいる場合、ゴブリンの精液が注がれると、ゴブリンマナの影響を受け、胎児は後述のハーフ個体──中間種へと変異する。

 妊娠週齢が高い場合は早期出産が促され、妊娠週齢が低い場合は子宮の余剰空間で単為発生個体が生じ、単為発生個体とともに出産されてしまう。

 いずれも元いた胎児は本来の出産週齢に満たず、死産となるはずだが、ゴブリンマナの影響により問題なく生存・成長していく。

 中間種の場合も同様に、出産後、母体は洗脳状態になる。

 中間種となる胎児は、汚染されたときの週齢に関わらず、同様の特徴を付与され、雄の場合は単為生殖能力も獲得する。



 社会性について


 得られる食料に無理がない限りは巨大な集団を形成し、強力な個体が指揮を執ることも確認されている。

 歳を重ね年長エルダーと呼ばれる個体は、知恵もつけ、戦術・戦略を見せることがあり、率先して指揮を執る。

 年長には魔法を使うものや武器の扱いに長けた者がおり、キング魔法使いマジシャン戦士ウォーリアーと役割分担も見られる。

 中間種との共存も見られるが、後述の確立種や順化種とは共存しない。



 中間種について


 中間種は元の生物種(以下、原種とする)にゴブリン──二足歩行可能な人型の特徴が付与される。

 後肢の伸張とともに、骨盤が内蔵を受けられるようにすり鉢状になり起き上がる。

 頭骨から頸骨へ繋がる位置が、後頭部から下方喉元へ移動し、頭から脊柱、骨盤、大腿骨、下腿骨が一直線になるように位置する。

 筋肉も同様に、二足歩行に適した付き方に調整される。

 また、前肢肩関節は体側面にせり出し、回転可動域が向上し、拇指対向性のある手指が道具の把握を可能とする。



 中間種生態について


 ゴブリンに近く、性欲、食欲は旺盛。

 他生物種雌を利用した単為生殖──無性生殖が中心だが、稀に原種と有性生殖を行うことがある。

 有性生殖の場合、原種雌の排卵が必要なため、発情期に交配する事になる。ヒトやウサギなどでは発情・排卵周期が短いため、比較的有性生殖が行われやすい。

 有性生殖によって生じた個体は単為生殖能力を失い、種の確立となる。


 中間種でも同様に精液による母体のマナ汚染は起こり、妊娠中の胎児へのマナ汚染もまた生じるが、出産後の洗脳状態は起こらない。

 中間種のマナに汚染された胎児は順化種と呼ばれ、中間種の特徴を併せもつ個体が生じる。

 ヒトの順化種は特に獣人種と呼ばれ、元となった中間種ごとに区別されるが、ヒト以外では人獣コボルトとして一括りにされている。

 

 中間種雌は同じ中間種雄と交配する傾向が強く、原種雄との交配も出来なくはないが、同じ環境下にいる原種雄が生存していることはまずないため、自然環境下では生じえない。雌雄の雌の発情に合わせて交配が行われるため、有性生殖となる。



 種として確立された中間種について


 形態的には確立前の中間種と同様で、性格は獰猛で食欲旺盛。性欲は野生生物並みに落ち着く。

 単為生殖能力を失っており、他の生物種を雌雄区別なく食料として捉えているため、両性とも生存は絶望的である。

 しかし発情中の雌は、性フェロモンにより中間種の性欲を誘因し、性行為の対象となることがあり、中間種が発情中であれば同様に行為の対象になることがある。

 妊娠中胎児へのマナの汚染は起こるため、順化種が生まれることもある。確立前の中間種同様、出産後の洗脳状態は起こらない。

 有性生殖を行うため遺伝的多様性があり、直立二足歩行と道具の利用を繰り返すことで、脳の肥大成長が著しく、急速に知能を身につける個体も生じる。

 中間種が確立されているかどうかは、雌の個体が集団内に含まれているかどうかで判断でき、ゴブリンとの共存が見られなくなっている場合もまた、確立されていると見做していい。



 獣人種について


 原種→中間種→獣人種の関係を以下に記す。


 ヒト→人鬼オーガ→鬼人

 オオカミ→人狼ウェアウルフ狼人ヒューウルフ

 イヌ→人犬ウェアケニス犬人ヒューケニス

 ネコ→人猫ウェアフェリス猫人ヒューフェリス

 ウシ→人牛ウェアボス牛人ヒューボス

 イノシシ→人猪オーク猪人ヒューボア

 ウマ→人馬ウェアエキュース馬人ヒューエキュース

 ヤギ→人山羊ウェアカプラ山羊人ヒューカプラ

 ヒツジ→人羊ウェアオヴィス羊人ヒューオヴィス

 クマ→人熊ウェアベア熊人ヒューベア

 シカ→人鹿ウェアディア→|鹿人(ヒューディア)

 ウサギ→人兎ウェアレプス兎人ヒューレプス


 異種間での交配では、通常外見は母親側の種の特徴が優先されるが、父親のマナが強ければ、父親の特徴が現れることもある。

 マナが混じり合い相乗することもあれば、マナがケンカして特徴を打ち消し合い、只人ヒューマン種とほぼ変わらなくなってしまうこともある。

 只人種との交配の場合は、ほぼすべての場合で獣人種の子が生まれる。

 遺伝子の修飾にゴブリン由来の特性が加わっているため、只人以上に環境への適応力が高く、強力な個体となりやすい。


 獣人種が妊娠中にゴブリンに襲われた場合、先祖返りとなり、各種族に応じた中間種が生まれることになる。


 ここでは便宜上分けて記述したが、獣人種はゲノムDNAとしてはヒトと同様で、交配も可能なため、分類上はすべてヒトとなる。



 獣人種の成長について


 獣人種は生後2週間で歩行し始め、歯も生え、喃語も発し始める。

 3週間で単語発声が出来るようになり、生後2ヵ月ほどで2歳児くらいの成長を見せる。

 半年ほどで4~5歳児ほど。生活魔法の修練を開始しても問題なく、魔核の急成長からくる免疫力の低下は起こらない。

 この時期から成長が鈍化し、5年で10歳ほど、10年で15歳、15年で20歳ほどになるが、そこからさらに鈍化し、50年で30歳、70年で40歳、100年で60歳となり、実年齢に対し、比較的若い姿で生涯を終える。

 マナの扱いに長け、只人よりも寿命が長い。

 成熟が早く、青年~壮年期が長いのが特徴である。

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