第44話 そして父になる

「なぁ、何か言うことはないか?」


「元気ソウナ女ノ子デスネ。オメデトウゴザイマス」


「他には?」


「もう名前は決まったんですか? 母親に似て美人になりそうですね」


 秋になり収穫を目前に控えた頃、リィナが出産した。


「相手が誰か分からない子の父親にはなれないと言っとったが、相手が誰か分かれば父親になってくれるんじゃよな?」


「おや、相手が誰か分かったような物言いですね?」


「分からいでかっ! この髪! この眼! 黒髪黒眼は珍しいと言ったじゃろうが!!」


「それはそれは。愛欲に爛れた褥での出来事も思い出して頂けたようですね。ベッドの上で串刺しになりながらも、囁く愛の言葉に身を捩らせる姿は、今思い出してもクるものがあります。よがり狂うリィナさんも可愛かったですよ?」


「くぁwせdrftgyふじこlp──」


「落ち着いたらまたしましょうね?」


 真っ赤に茹で上がったリィナと軽く唇を重ねてとっとと避難する。



 数分後、村中に絶叫が響く中、ティーダと2人、沖へ漕ぎ出そうとしていた。


「パパはパパじゃなくなっちゃうの?」


「私は私です。これからもずっとティーダのパパですよ。ティーダはお兄ちゃんになったんです」


 今日も今日とて、異世界ビリ&ガチンコ漁に精を出し、ティーダと魔法の修練を行った。


 娘は月の綺麗な夜に生まれたので、ルナにしようとしたら、姉──娘からしたら伯母に当たる──と同じ名前になってしまうからと、一音足してルゥナとなった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「なぁ、何か言うことはないか?」


「元気ソウナ女ノ子デスネ。オメデトウゴザイマス」


「他には?」


「もう名前は決まったんですか? 母親に似て美人になりそうですね」


 この世界で2回目の新年を迎え、南寄りの強い風が吹き抜けた日。

 ティアナが2人目を出産した。


「相手が誰か分かりやすい娘じゃの? てっきり村の誰かじゃと思っとったんじゃがのう」


「おや、相手が誰か分かったような物言いですね?」


「分からいでかっ! この髪! この眼! 黒髪黒眼は珍しいと言ったじゃろうが!!」


「ティーダによく似て、耳も尻尾もピコピコよく動きますね。どことなくルゥナにも似ていますね」


「父親が一緒じゃからなぁ!」


「ティアナ、ありがとうございます。魔石移植も成功したようです。これでティーダの父親にもなれましたかね?」


「あなたは化け物に汚された私を愛してくれました。人に抱かれる悦びを思い出させてくれました。こちらこそ、ありがとうございます。きっと獣人の子を生んで、同じように悩む人の助けになりますよね?」


 熊耳と熊尻尾を生やしたティアナが気恥ずかしそうにする。


「勿論です。魔石も揃ってきましたし、希望する人たちを容姿含めて、生まれ変わらせることができます」


 ティアナは耳と尻尾は生やしたものの、爪を変えたり肉球を作ったりはしていない。

 指先の感覚が変わると針仕事に支障が出るからと、変えることを見送ったのだ。

 それでも爪質は硬くなってきているので、いずれは近付いていくかもしれない。

 ネイルケアをする日は、リィナも一緒にしてあげた。不機嫌そうにしていたが、満更でもなかったようだ。


「そんな話をされたら説教できんのじゃ!」


「しー、ルゥちゃんが起きちゃいます」


 ティーダがあやしていたルゥナを受け取り、自室へ戻るリィナ。


 生まれた子は、風に因んでシルフィと名付けられた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「なぁ、何か言うことはないか?」


「元気ソウナ女ノ子デスネ。オメデトウゴザイマス」


「他には?」


「もう名前は決まったんですか? 母親に似て美人になりそうですね」


「ミア。死んだ妹の名前を貰ったわ。毛色も全然違うのだけれど、あの子の分も長生きして、人生を楽しんでほしくって」


「相手が誰か分かりやすい娘じゃの? てっきりケヴィンあたりじゃろうと思っとったんじゃがのう」


「おや、相手が誰か分かったような物言いですね?」


「分からいでかっ! この髪! この眼! 黒髪黒眼は珍しいと言ったじゃろうが!!」


「しー、ルゥちゃんが起きちゃいます」


 ティアナの出産から2週間後、早くも歩けるようになったシルフィを連れて散歩をしていたら、同じくらいの子を連れた猫人のニアとバッタリ出会った。

 ルゥナを抱いたティーダも一緒だ。


 灰髪碧眼のニアに対し、黒髪黒眼の娘は熊と猫の違いはあれ、シルフィによく似ていた。


「父親が一緒じゃからなぁ!」


「思考を読まないで頂けますか?」


「独りぼっちになったアタシに家族をくれたんです。責めないであげてください」


 ニアがリィナに抗議してくれる。後が怖いから控えめにして欲しい。


「お、お主、まさか──」


 コクンと頷くニア。いかん、洗濯物を干しっ放しだった。


「──破瓜の痛みも、女の悦びも彼に教えてもらいました。彼は何も悪くありません!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 外洋を漂いながら、他にも在ったという方尖碑オベリスクを探す。


 漁での経験もあり、操風、操波も大分慣れた。時には帆を操り、時には櫂を漕いで、筋肉もつき日焼けもした。

 船上では髭を剃れないため、無精髭が伸びることにも慣れてしまった。


 嵐で波が荒れ、転覆しそうなときには船を【収納】し、浅ければ津波を乗り切ったときのように海底の地下に空間を作り、深ければ救命イカダを出して、嵐が過ぎ去るのを待った。


 救命イカダは以前森で人熊を倒したときに作り出した水槽を改造したもので、直径4m、長さ5mの円筒形。高さ最大2.5mの居住空間を確保し、残りは海水が入るバラスト室とした。

 喫水線に丸太をイカダ状に組んだものを添えて、幅をもたせることで回転、転覆を防止する。

 波で揺れはするものの、自分が濡れることもないし、内部にハンモックを用意したので、寝ている分には全く問題ない。


 波の影響がない深度での潜水式にしようかとも考えたが、潜行・浮上の仕組みや空気の問題が煩雑すぎてヤメにした。

 寝ている間に酸欠でそのまま永眠コースが頭に張り付いたのだ。睡眠は目覚めまでセットでちゃんと取りたい。


 救命イカダがあれば、海上で一晩過ごすことも出来るので、使い勝手は相当いい。材料さえあれば、遠からず海上防災コテージになるだろう。



 見つけた方尖碑は倒れているものが殆どで、半ば地中に埋まっているもの、中程で折れてしまっているもの、既に風化し表面の幾何学模様が判別できなくなっているもの、海中に沈んでいるものと様々。いずれも機能は失われていた。


 方尖碑の建っていた場所はやはり村落の近くであったり、かつてはあったであろう跡地であった。

 配置に法則性はなく、古の大魔王が封印されている訳ではなさそうだった。

 海底に電子ジャーが沈んでいるということもなく、世界を分けたクリスタルや、伝説の武器を封印した石版も見つからなかった。

 核実験は行われていないはずだし、海底神殿を守る闘士もいなかった。世界は平和であった。戦場は家庭にある。


 ひと月ほどかけて計6カ所周るも、近くに人の居る村落があったのは2カ所。獣人の姿はなく、少々の物々交換をするも、得られる物は少なかった。

 近くにゴブリンの巣があると相談されたため、討伐を手伝った。

 若い人猪オークが混ざっていて、魔石まではいかないが大きめの魔核が得られた。移植に使えるかは難しいところだ。

 その晩、質素ながらも戦勝会が営まれ、村で作った酒を振る舞われたが、醸造技術が甘く直ぐに酔いが回ってしまった。

 翌朝、村の衆は顔色良く、不安が解消されたことが見て取れた。次の航海へ快く送り出してくれた。

 もう一つの村落でも概ね同じ状況だった。



 村へ帰還するとシルフィ、ミアの2人は既に喋り始めていた。

 別居のミアはパパと呼び抱き付いて来るが、同居のシルフィはティーダの陰に隠れ、あまり近付こうとしない。解せぬ。


 シルフィにパパと呼んでもらうのに1週間かかり、抱き上げるにはさらに1週間を要したのだった。

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