第43話 大魔王からは逃げられない

 鬼人・人鬼の襲撃は種蒔き・植え付けの直前であったため、津波で無駄にはならなかったが、土が出来上がっていない土地で、種蒔きの時期が少しズレてしまったため、今年の収穫は少々不安がある。



 漁のついでに、鬼のやってくる方角を散策し、住処跡を見付けた。蛻の殻だったので、3日間張り込んで放棄されていることを確認し、ニアを連れて再訪した。

 猫人と思われる頭骨があったためだ。


 遺骨を見るなりニアは膝から崩れてしまった。なるべく同一人物のものと思われる骨を集めたが、暗い目は姉との再会を喜んでくれたのか計り知れなかった。



 星が瞬く頃合いにはニアも落ち着き、ゼインから教わった【宝葬】を遺骨にかける。

 あわせて山積みにされた骨、人のものとも獣のものとも区別がつかないが、そのままでは偲びないと、同じく【宝葬】で荼毘に付した。

 ダンの村のときと同様に、一晩中燃え続けたが、魔玉が残ることはなかった。

 住処を更地に変えて村に戻るも、鬼の気配のために更に3日間の遠征を余儀なくされた。ティーダには世話になってばかりだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「おう、久し振りじゃねぇか。冬は越せたみてぇだが、独りか?」


「ご無沙汰しております。ちゃんと目的地は見つけられましたよ。3人は留守番です」


 種蒔き・植え付けが終わり、当面の食料を備蓄出来たので、遥々ダンの村までやってきたのだ。

 目的は武器防具の修理手直しと物々交換、鍛冶士の紹介をお願いするためだ。家に居場所がないからではない。


 単独行動のため、【身体強化】の習熟を兼ねて全力疾走すると、2/3の日程で到着した。1/2くらいまでは縮められそうだった。


「するってぇと、サルやイヌの村があったってことか? こいつぁたまげた! じゃあ人鬼とも戦ったってのか?!」


「目に付く限りは退治しましたよ。次に現れるとしたら、ゴブリンが中心になっていると思います」


「人鬼も人熊とさして強さは変わらんだろう? 相当無茶したんじゃねぇか?」


 その言葉に【収納】から左の銃手甲ガントレットを取り出す。2本ある銃身の内1本は銃口が弾け飛び、もう1本はその衝撃でひしゃげてしまっていた。


「修理をお願いできますか? 可能であれば強化も」


「おめぇ、熊牙弾アレ、使ったんか?」


「ええ、可能な限りの最大出力で。着弾時の威力だけが上がると思っていたんですけど、発射時に銃身と干渉しちゃったみたいで…」


 人熊の毛皮が間になければ腕ごともっていかれていたほどだ。


「そうは言ってもなぁ。この村で手に入る材料で最高の物だったんだ。修理は出来ても強化はなぁ」


「コレ、ご存知ですか?」


 再び【収納】から取り出したのは鬼人刀。


「おい、なんだコレ。無茶苦茶マナの通りがイイじゃねぇか。そのくせ、刃の造りはガタガタでお粗末にも程がある。柄まで一体物じゃねぇか」


「笑えるでしょう? ──地面に突き刺してもらえますか?」


「こうか?」


 突き立てられた鬼人刀に、右の銃手甲を装着し通常弾を放つ。

 キンッと甲高い音を残し、弾丸は真っ二つになり地面へ刺さる。刀には刃こぼれ一つなかった。


「おいおいおい。コレどこで手に入れた?」


「人鬼を率いていた鬼人の持ち物です。造り方らしきものも分かっています。──窯をお借りしますね」


 人鬼の亡骸と木炭を低温窯に入れ、【着火】する。しばらく待って、粘土状の物体を取り出した。


「魔核を含む死体を焼くと、この粘土状の物体が出来ます。おそらく骨や歯、角が溶けた物です。これを成形してから冷やすと、先程の刀が出来上がるわけです」


「ちょっと待ってくれ。そういうことは早く言ってくれ。型を持ってくる!」


 隣の納屋から銃身の型を引っ張り出し、何度か試行錯誤しながら、新たな銃身と薬室を作った。

 薬室の強度が上がり、使える爆薬の量が増えたため、合わせて口径も変更してもらった。

 薬莢も新規で作り、径の合わなくなった熊牙弾は徹甲弾へ改造し、新たに鬼牙弾オーガファングを1体分用意してもらった。


 胸甲他、防具の補修もしてもらい、折角なので鬼人刀も新調しようとしたが、上手くいかずに今ある物よりも強度が不足していた。

 使い慣れてマナが馴染んだ所為なのか、はたまた素材となった人鬼の差なのか、新旧で打ち合えば必ず新しいものが負けてしまった。


 負けた試作品を再利用できないかと、低温窯で熱を入れ直すも変化はなく、高温窯へ入れるとボロボロと崩れてしまった。

 魔核と一緒に焼いたことを思い出し、魔法炎を混ぜてマナを行き渡らせるようにすると、元の粘土状に戻せることがわかった。

 少し冷ましてから、鍛えられるか試してみたが、こちらも上手くはいかなかった。


 おそらく骨を主材とするため、マナを帯びたカルシウム系の硬質材──コンクリートのような物なのだろう。

 いずれマナを帯びた硬質金属系の素材が手に入れば、より強靱な物が作れるわけだ。


 試しに工房にあった鉄にマナを流しながら精錬し直してみたが、通常の鉄と変わらなかった。

 一度現物を見て走査出来れば、再現できるかもしれない。


 素材に上があると推量できたため、改良は程々に済ませることにした。別の鬼が降臨なされる前に終わらせる必要があったためだ。


 柄を溶かして、通常の刀と同じ形状にしてもらい、削ぎ落として余った分を繋ぎにして、鬼人の犬歯を溶かした物を載せて馴染ませる。

 冷えたところで研ぎ直し、刃の歪さを矯正するに留めた。利用できる最も硬質な物で刃を再構築したのだ。

 銘が消えそうになったが、入れ直してもらった。良い思い出でも、人間として好感がもてたわけでもないが、自戒として残しておきたかった。


 研ぎにはドラゴンの鱗が使われた。

 亡くなった親方の遺品の1つだという。ドワーフの一人前の証で、どんなに堅い物も研げるらしい。ダンよ、もう泣くな。あの鬼は私も怖い。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 リタに鬼殺しオーガキラーを樽で納め、雑貨屋を交えて物々交換出来る物を相談する。

 此方から出す物が、魚介に干物、塩や魚醤といった海産品に加え、重複しない農作物と酒、人鬼素材だ。

 欲しい物は、小麦を始めとした、やはり重複しない農作物。鍋や針などの日用品、そして筆記具と人狼ウェアウルフ人猫ウェアフェリスといった中間種の魔石。


 種類、量の差はあれど、つつがなく交換は行われた。



「人鬼や人狼、人熊に胎児が汚染された場合、生まれてくるのは動物の特徴をもった獣人です。周りに受け入れてもらえずに、生き難いようでしたらウチの村を紹介してください」


「分かったわ。ウチのってことは、もう其方の人間になってしまったのね」


「周りが獣人ばかりでよければ、行き遅れた女性も歓迎しますよ?」


 身近な人物によく似た娘を思い浮かべながら告げる。


「酷い言い草ね。でも、其方へ行く術をもたない人はどうすればいいのかしら?」


 ジトーっとした目を向けられ、釘を刺される。人によってはご褒美だな。


「定期的に交易をしませんか? 春と秋、上手くいけば1シーズンに何度か、回数も増やしましょう。その際に一緒に連れて帰ります。それまでの保護をお願いすることにはなりますが」


「いいわ。失われる命は少ない方がいいもの。案外ウチの村が獣人ばかりになったりするかもしれないわね」


「それは歓迎すべき状況ですね。次回は私でなくても往き来出来るように、何人か連れてきます」


「敵と間違えないように、何か証明書みたいな物を作っておきたいわね」


「でしたらコレは如何でしょうか? 人鬼の角を加工して作ったナイフです。左右対になっているので、簡易的な真偽証明にはなるでしょう」


 【収納】から二振りのナイフを取り出す。


「あら、遊んでいた訳じゃないのね」


 ダンが激しく首を振る。上下左右に動いて、肯定否定を細かく主張する。


「いつだって真剣なのですが…」


「面白い冗談ね。まあいいわ。問題が起こるまではコレでいきましょう。今後とも宜しくね」


 ダンは真っ青になってしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「鍛冶士の心当たりはパッと思い浮かばねぇな。兄弟弟子もそれぞれの村で鍛冶長をしてるしな。ラルゴはまだ窯の火を任せられるかどうかで、鉄を叩かせてねぇ」


 残念ながら獣人の村へ移住してくれる鍛冶士に心当たりはないようだった。


「俺の知り合いって訳じゃねぇんだが、ドワーフの里に“オイゲン”って人が居るらしい。親方の師匠って話だ。ドワーフは長寿だから、もしかしたら存命かもしれねぇ」


 代わりにドワーフの話をしてくれた。


「“グスタフ”が親方の名前だから、2人に縁のある人を頼ってみたらどうだ? もしかしたら親方みたいに修行を終えて、外に出るヤツがいるかも知れねぇ」


「そうですね。今は無理ですが、訪ねてみることにします」


「おう、鉈と金鎚を持ってるだろ? ドワーフに見せてやれば、直ぐに教えてくれるはずだ。さっきのリタに渡した酒も忘れるなよ!」


 ──ドワーフにとって酒は命の水、か。

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