第42話 打出の小槌

 方尖碑オベリスクがなくなり、大樹がマナラインへの結び付きを強めていく。


 不思議だったのは、大地への干渉が無く、大樹が吸い上げるマナさえ、活用することが可能だったこと。

 おそらく方尖碑は、その機能のためにマナを優先的に吸い上げることを求められ、大地に作用する【土魔法】のマナも奪われ、魔法の発動に至らない。もしくは不完全なものとなる。

 これに対して大樹は、マナラインの延長。地表にマナを放出するためのターミナルで、それ以上のはたらきをもっていない。

 むしろ阻害するどころか、マナラインのマナを地表に上げ、人々が使い易くもしてくれる。


 リナから教わった【巡廻】は、他者のマナを自分の中へ取り込み、自分のマナを他者へ送り込むこと。

 以前はマナの行き先を確認するために、自らのマナを送り込んだ。今度は逆に利用出来るか試してみたのだ。


 際限なく利用できるマナのおかげで、人鬼と鬼人の労働もあり、一晩の内に村の家屋の再設置を完了出来た。

 以前は人鬼襲来に対しての避難経路の関係で、村の北側へ配されていたものを、東へ配することとなった。通りとの位置関係や、日照の関係で配置換えや建て替えも必要になるだろう。

 倒壊した建物の再建もある。追々住人たちと相談して決めていこう。まずは避難所からの追い出しだ。


 方尖碑はそのまま見張り小屋の位置に置いた。機能を失いはしたものの、生活に必要な風景であることは間違いない。

 将来的には見張り台への改造や、灯台機能を付けてもいいだろう。



 数日経って、完全に潮が落ち着き、元々村のあった場所──崖下へ下りることガ出来るようになった。

 北側の坂の他に、教会の裏手に階段を設置し、迂回しなくても移動できるようにした。

 【収納】出来なかったものは、津波で何もかも流されてしまっていた。

 幸か不幸か、海面は以前と同じ高さのようなので、船の係留場は元と同じ位置になるだろう。【収納】が届かなかったため、船諸共作り直しだ。


 釣果を捌く東屋は浜辺にあった方が便利なので此方に再設置した。網などの漁具を修理したりする、船渠を備えた船屋は高台の上に置いた。【収納】がある世界ならではの光景だ。

 【収納】が及び付かない程、船自体が大きくなれば、船渠は海辺にもっていくことになるだろう。その時にはこの崖下が造船所となり、岬の辺りで大きな防潮扉を用意する必要がある。

 鉄材の加工品が大量に必要になるから、鍛冶士は複数人居てもらいたいところだ。


 温泉は源泉からの経路が完全に塞がれ、湯船も土砂で埋まってしまったため、諦めることとした。

 【土魔法】と【収納】を駆使すれば復旧できるだろうが、将来的に防潮扉で崖下が密閉されることになれば、有毒ガスが充満することになりかねないからだ。

 別の泉質で高台に用意できるなら、そちらの方がいい。



 温泉から出てくるガラクタ類も、偶にはお宝と呼べるものがあったため、少々残念だったが、諦めるつもりだった。

 しかし、鬼人を葬った熊牙弾ベアファングは地を穿ち、跡には泉が湧き出していた。

 暫くすると、温泉と同様にいろいろなものが出現し、それは以前よりも頻度が高いものとなった。


 場所も農地予定地の脇。泉質もマナが多く含まれていたが、汲んで一晩置いておけば、マナは抜けた。

 鉱毒、微生物などの問題はなかったので、家畜達の水飲み場に出来ると、厩舎を近くに置くこととなった。無論物置ガラクタ小屋も併設だ。

 

 初めは冷泉のため、人が近付く頻度は低くなると思われたが、ものの出現頻度が高まり、農作業後に立ち寄れると、人出は変わらずであった。

 何より、一つのペンダントが皆の意識を変えた。


 猫人のニアの着けているペンダントが物置小屋に忘れられていたため、本人へ届けたら、首許には同じペンダントが変わらず輝いていた。

 日常訓練の組み手に参加するときに何度か目にしていたから、自信はあったのだが間違いだったようだ。

 そう思ったのも束の間。此方の持つペンダントに目を留めたニアは豹変し、引ったくるとそのまま泣き出してしまった。


 聞けば生き別れた妹の物だという。死んだ両親の魔玉をあしらった揃いの物で、生きていれば必ず手放すことはないとのことだった。

 それがこの場にあるということは、妹はもうこの世からいないだろうと、話を聞き終えたときには朝日が昇りはじめていた。自宅には鬼の気配が漂っていたので、3日ほど帰れていない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ペンダント自体、鬼人が何処からか手に入れ、持っていたのではとも思ったが、鬼人は持ちうる最大出力で消し去っている。

 彼の持ち物として、泉から浮き上がってきた可能性は極めて低い。

 同様に、元々そこに落ちていたことも考え難い。


 そうなると亡くなった妹さんの持ち物として、此処まで流れてきたのではないか。

 それは現実世界に存在した状態ではなく、【収納】された状態で命を失い、ペンダントがマナラインに乗ってしまった。

 それが運良く、この泉から現出したのではないか。つまり黄泉と繋がり、遺品が辿り着いている。そう考えられたのだ。


 鬼人自身は【収納】を使っていた素振りがなかったため、そもそも修得していた可能性は低い。

 かと言って、彼が妹さんの死に無関係かという訳ではないだろうが…。


 いずれにしても、妹さんの生存は絶望的だ。姉のニア自身、双子特有の感覚があるのか、死を受け入れていた。

 証拠となる物が出てきてしまったため、覚悟していたものが堰を切ったように溢れ出したのだ。



 泉に辿り着く物は誰かの遺品であると結論付けられ、それまでガラクタと思われた物も、供養して可能な限り活用していこうとなった。

 使えない布や皮革は焚き上げ、金属類は鋳潰して新しく甦らせるのだ。

 ここでもやはり鍛冶士が欲しいと結論付いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 方尖碑からの吸い上げがなくなったため、大樹から地上へのマナ供給が増大した。

 懸念されたのは高濃度のマナが生体に及ぼす影響だ。


 マナの処理を行う魔核が小さい程、濃いマナに晒されると命の危険が大きく、魔核はマナを扱う程成長しやすい。

 程良いマナに晒され続ければ、魔核が成長し、マナによる影響は小さくなる。

 反面、魔核の近傍に存在する胸腺の発達を阻害するため、免疫力が高くならず病気に罹りやすくなってしまう。

 そのため幼少期のマナとの過剰な接触は忌避されてきた。


 村で最年少となるティーダは、虚視による魔核の観察で、成人級に大きくも胸腺への圧迫阻害も見受けられなかった。


 ゼインに訊いたところ、獣人の特徴として身体の成長が早く、マナの扱いもより早く修得出来るという。

 おそらくはゴブリン及び中間種のマナによる影響が、魔核をほど良く活性化させているのではないかと思われる。


 早期にマナの扱いを訓練していたため、人鬼の首を掻き斬ることができたのだ。【収納】も修得済みだ。


 妊娠中のリィナは年齢を重ね過ぎているために魔核が大きく、日頃晒されているマナが大きい所為か、胎児の魔核はすでに大きく、マナの影響は見られない。

 生まれてからの胸腺の発達、免疫力の獲得には留意してやらねばならない。

 今後、獣人として生まれる子は問題ないだろうが、そうでない場合には気を付けてやる必要がある。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ティアナさん、折り入って相談があります」


「何でしょうか? 改まって」


 鬼人たちの襲撃から1週間。

 新しい環境にもまだ慣れきってはいないものの、生活への不自由さが改善され始めた頃。


「ここに人熊の魔核──魔石があります」


 人熊の一言で険しい顔になる。


「ティーダが生まれるきっかけとなった人熊…またはその兄弟の物です」


「それが何か?」


「コレをあなたのからだに移植をし、魔核との同調を取れば、疑似的にですが熊人になることが出来ます。あくまで理論の話ですが──」


「はい、お願いします」


「見た目は【回復魔法】の応用で熊人に近付けます。人熊のマナが身体を巡ることになるので、次に産む子も熊人になる筈です」


「尻尾も造っていただけるんですよね?」


 施術前にも関わらず、激しく振られる尻尾が幻視される。


「失敗した場合でも、副作用が生じる前に魔石を摘出しますし、見た目に関してはあなたの体を整形するだけですので、拒絶反応はなく、魔石を摘出した後もそのまま残すことが可能です」


あの子ティーダと同じ見た目になれて、同じ弟妹を生むことが出来るということですよね?」


 未だ無いはずの熊耳がピコピコ動く。


「あくまで理論上は──です。これはあなたのティーダへの想いを利用して、人体実験を行うという提案に他なりません」


「ええ、構いません。利用してください。その代わりに──」



 ──女とは恐ろしい生き物だ。

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