第41話 イヌとサルと子どもと

 鬼人ソレは突然舞い戻ってきた。


 体内のマナが増大したのを確認したのと同時に、顔面へ衝撃が襲った。


 視認できても反応が遅れれば、いつまで経っても不意打ち回避はできないな。


「舐めたマネ、してくれん、ヂャねぇか」


「お元気そうで何よりです。まだ争う気がお有りのようですね」


「俺が、争ってんじゃねぇ、オマエ等が、オレに、逆らッテんだ、ろうが!」


「反省が見受けられれば、治療して解放しようかとも思っていたんですが……」


「上カラ、語ってんじゃ、ネーヨッ!」


 振りかぶる拳を躱し、体勢が崩れた背中を押して地面へ押し倒す。


「私は縁あってこの世界ココに流れてきたので、あなたも同じ境遇ならと、話を聞きたかったんですがね」


「ダカラ、上から、語んじゃネェ!」


 身を返して土を掛けてくる。


「クソッ! 力が入らネぇ。クソッ、クソ──」


 癒着していた瞼は切り裂かれ、赤い眼には血の涙が湛えられているようだった。


「トモーっち、ソイツはダメだと思うさ。逃がしたところで、きっと余所の人間に悪さするのが関の山さ。奪われることの辛さが、何一つとして分かんねえ奴の目をしてるさ」


「オイラもそう思うッス。猫人のニアも、双子の妹が人鬼にヤられたッスよ。コイツはそれを指示してたかも知れないんス!」


「パパ──」


「そう、ですね」



 今この鬼人を生かせば、人々の中には蟠りが残ってしまうだろう。


 ティーダのように、望まずして得た容姿が原因で住む場所を追われた者がいる。

 そんな人たちが集まって、この村の現在があるのだ。

 生まれた子たちも、親と異なる容姿に悩んだだろう。親たちもそれに対して心を傷ませながら応えてきたはずだ。

 そうやって、それぞれが心に整理をつけて、努力と苦悩と葛藤を経て、今の生活を手にしている。

 何人もそれを侵すことがあってはならない。


 鬼人にも事情はあったのではないか?

 この様になってしまった理由があって、そこに整理を付け、更生させる機会は与えられないか?

 そんなことを考えていた。


 だが更生させるには、受け入れる環境もまた必要なのだ。

 彼を受け入れられるだけの社会的余裕があるか。彼が再度問題を起こしたときに、自らもまた罪を一緒に背負ってやれることが出来るか。


 困っている人は助けるように…。


 今困っているのは誰だ? 受け入れたときに困る者は? 自分自身を除いたときに、思い浮かんだのはリィナの、ティアナの、ティーダの、家族の顔だった。



「──申し訳ありません。貴方には此処で死んで頂きます」


 最早見た目も声も別人となってしまった鬼人に告げる。


「言って、くれるヂャ、ねぇか、裁判長、サマ、よぉお!」


 鬼人のマナが更に膨れ上がる。


 手足の腱が切れながらも、捕縛を抜け、一足飛びに殴りかかってきた。

 伝わった衝撃は微かなものだった。


 増大するマナは、次にくる攻撃はそのような生易しいものではないことを教えてくれる。


「ガァッ!」


 薙ぎ払われた腕は爪がマナで強化され、胸甲に痕を残す。


 マナによる強化外骨格パワードスーツ

 失った鎧の替わりに全身を守り、切断された腱も、水分を失い変形した筋肉も、マナがそのはたらきを補い、本来の機能を取り戻す。


 長短の鉈を取り出し斬り掛かるも、刃が宙で止まり、それ以上の侵入を許さない。

 マナで刃を覆い、再び斬り掛かるも、肌に達すること無く、受け止められてしまう。

 反撃の蹴りを鉈で受け、飛ばされる勢いで距離を取る。


 ここまで濃密に覆われていては、前のような手段は取れないか。


 駆け出しながら鉈を仕舞い、交換で刀を取り出す。

 刀身にマナを纏わせ、上段から振り下ろすも、左腕で受けられてしまう。

 マナで強化された刃は肉を斬り裂くも、骨に達したところで振り払われてしまった。

 肉を削ぎ落としたものの、血煙とともに切断面は塞がり、マナが失われた筋肉を補う。


「ってーなぁ、オラ。テメェ、人のモン、ナニ、勝手に、使ってン、ダァ!」


 両腕のラッシュを刀で凌ぐ。右左、上から下からと自在に振るわれる爪は、腕の腱が切れていようが、肉が削げ落ちていようがお構いなしだった。

 腕の振りに合わせ、刃を肉に突き立てるも、ただの刺し傷ではすぐに治癒されてしまう。肉を削ぐも勢いは止まらない。

 骨を裁つには相手の反応が早く、マナ切れも見込めそうになかった。



 ──ガアアアァァァァァアッ!


 奮戦する首領に触発されたのか、開墾用に徴発された人鬼が加勢に加わる。

 【雷魔法】で感電させ、主要神経に微弱電流を流して硬直させていたものも、マナを漲らせて抵抗レジストしてみせた。


 ケヴィンとホーランがそれぞれ1体ずつ足止めをしてくれる。鬼人の爪を掻い潜り距離を取って、自由になった2体に左右の銃手甲ガントレットから徹甲弾を放つ。


「ヨソ見、してんヂャ、ネェ!」


 2つの血華が咲くも、鬼人の猛攻に再び手が塞がる。

 その間に残りの2体が丸太を構え、鬼人と合流を果たす。


「トモーっち、すまねぇさ!」

「なるべく早く片付けるッス!」

「ティーダ、2人を手伝って下さい。此方は何とかします。」

「はいっ!」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 丸太を持った人鬼は、久し振りだったッス。

 海神の怒りのあと、人鬼は泳いで海を渡って来ていたッス。

 泳ぎで体力を減らしていたもんだから、上陸されてもすぐに始末することが出来たッスよ。


 それが、5年くらい前ッスかね。何か、イカダを作って来るようになったッス。

 漕ぎ手を分けて、体力を残すヤツが出来たもんだから、上陸後のスピードが上がっちゃって、砂浜で止めてたのが、防風林をへし折られてブン回されて大変だったッス。

 松って木としても強い上に、葉っぱが刺さって痛いんスよ。

 2~3人で囲んで長物で突いて、弱ったところをズドンでサァ。


 それ以来、早々に見つけてなるべく水際で対処しようってなって、崖から直接上がれる猿人が、海神の怒りの後すぐに見張り小屋に入るようになったッス。発光信号も種類が増えたッスね。


 久々の長物持ちッスけど、戦況は1対1の五分ッスかね。開墾作業で疲れている筈だけど、コッチも夜通し付き合ってるッスからね。

 トモーさんの銃手甲に怯えて、タダの豆を投げつけるだけで言うこと聞くほど従順だっただけに残念ッス。


 リーチを補うように、【収納】から槍を取り出して、ぶつかり合うッス。

 何合打ち合ったか、ある時黒い陰が相手の後ろを横切ったッス。

 すわ、増援かって気が気じゃなかったッス。ケヴィンがヤられたのかってね。


 数秒後には血の雨が降ったッスよ。人鬼の首からね。喉掻っ捌くだけじゃなくて、動脈にも刃を入れてたッス。治癒しにくいようにってV字に。


 トモーさん、この子保護して貰えんスか? アンタも保護者の1人でショ? 何仕込んでんスか。

 ティーダちゃん、おそろしい子!


 あ、ケヴィンの方でも赤い噴水が上がったッス。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 鬼人に合流した人鬼の手首を斬り飛ばして無力化したとき、巨体が倒れる音が2つ。

 ケヴィンたちが人鬼を倒したと察せられた。


 それは鬼人も同様で、最期の役目だと、人鬼の腹が貫かれた。突き刺した腕をそのままに、青白い炎が人鬼を燃やす。

 瞬く間に、筋肉、臓腑が焼かれ落ち、骨が姿を現したのも束の間、その骨もドロリと原形を失っていく。


「アンだけ、燃やサレ、りゃあ、火の、扱いも、出来らぁ!」


 歯と角は形を残し表面を飾る棘を形作り、粘土状になった骨が間を埋め、全体を棒状に纏めていく。


「鬼二、金棒ッテナァ!!」


 2体の人鬼は1本の金棒に姿を変え、鬼人の手に収まる。


「オラァッ!」


 横薙ぎに振るわれる金棒が暴風を生み出し、地を払う。

 金棒自体を躱しても、絡みつく風が自由を奪う。


「ドウシタァ!」


 二撃三撃と振るわれる度に威力を増し、周囲の木が薙ぎ払われていく。


「味方を味方と思わない所行、掛ける情けは有りませんね」


「同情スルナラ、金棒ダァッ!!」


 大地を打つ音に、飛び散る岩塊。

 直撃しそうな一つのコースを捻じ曲げて鬼人へと返す。


「シャラクセェェッ!」


 焼けた肉と同一化した拳鍔が岩塊を砕く前に、【着火】して爆散させる。


 手応えが無く土煙を散らすだけの左手は、合わせた刀によって縦に斬り裂かれ、咄嗟に振るわれた金棒も、握る指ごと地に落ちた。


 爆散して飛来する石礫と土煙が末期の景色となり、鬼人の身体はこの世から消え去った。

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