第40話 鬼の哭くまち

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 目を覚ませば、おサルさんとワンちゃんが男の人と一緒に鬼退治をしていました。

 お伽噺の世界に迷い込んだのかと思ったわ。


 鬼人に蹴られたお腹は痛みもなく、痣さえ残っていなかった。

 彼処で戦っている彼──トモーさんが【回復魔法】を掛けてくれたんだと思うわ。

 彼の【回復魔法】は規格外だってリィナさんが言っていたもの。


 鬼は引っこ抜いた木をブンブン振り回して、なかなか近付けない様子。

 大振りの後も、その膂力を生かして直ぐ引き戻すから、皆攻め倦ねているわ。


 彼が鬼の木を躱す度、枝や根が飛び散っている。きっとすれ違いざまに斬り払っているんだわ。本当に薪割りが好きなのね。



 ──危ない!


 遠巻きに見ているワンちゃんが目を離した隙に、枝が飛んできて頭に直撃したわ。

 幸にも刺さったり、気を失ったりはしなかったみたい。

 頭をさすりながら、野次馬を続けているわ。

 何かしようとすれば、災難にあうこともあるってことね。余所見は危険だわ。



 鬼の持つ木がどんどん短くなって、十分なリーチが得られなくなると投げ捨てて、次の木を引っこ抜いたわ。


 あっ!


 抜いた木からおサルさんが落ちてきたわ。

 あれは確かホーランね。ウチの子とよく遊んでくれているわ。

 隠れん坊が得意って話だけど、ウチの子には敵わないのよね。

 それにしても何であんな所に隠れていたのかしら? その道にすぐれた者でも、時には失敗することがあるってことかしら?


 ウシさんとおウマさんが投げ捨てられた木を集めてどんどん積み重ねていくわ。

 何本あるのかしら?

 ウチの子も斬り飛ばされた枝や根を拾って一箇所に集めているわ。暫くの間は薪割りをしなくてもお風呂が用意できるわね。



 何時間掛かったのかしら? 辺りはもう更地になっていて、踏み荒らされた地面は種蒔きを待つ畑のよう。


 鬼は6体もいるのだけれど、動いているのは常に1体だけなのよね。残りの5体はプルプルしながら変なポーズで固まっちゃっているわ。

 仲が悪いのかしら? それともあれが鬼の応援の仕方なのかしら? 交代交代で休憩? それだったら何で皆、休憩している鬼を倒さないのかしら?


 丸太を持って鬼を囲む構図はなんだか胸がざわつくけれど、最上の安心感も与えてくれるわ。なぜかしら、豚汁が食べたくなってきたわ。

 野次馬さんたちは「でかした!」って叫んでいるけど、あれが応援の仕方なのかしら? 戦いのことは女の私にはよくわからないわ。


 いい加減疲れてきたのか、汗だくの鬼の目に涙が浮かんでいるように見えるわ。憐れみや同情を感じているわけではなさそうだから、ただの甘えね。



 それにしても此処はどこかしら?

 見慣れた教会があるから、きっと高台の上よね? でも、こんな湖はなかったような…。


 え、やだ!? 村がなくなっている?! どうするのコレ??



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 日も暮れて、今日は教会の地下で一晩明かすことになったのだけど、どこの宮殿かしら?


 前に見た時は大きな空間に、天井を支える柱を兼ねた個室トイレがあっただけだったわ。


 それがどうでしょう? トモーさんの手に掛かれば、無味乾燥だった地下室は、見るも鮮やかな御殿に早変わり。


 ただ広さだけが目立った大空間も、壁に沿って1人から2人部屋に小分けされ、各部屋にはベッドと荷物台、クローゼットが用意されています。


 壁や天井に刻まれた模様が目を楽しませ、隣室の音を全く聞こえさせません。生活音にも配慮し、ストレスを軽減する狙いが見て取れます。

 ベッドを包むシーツはお日様の香りがして、住人に此処が地下だってことを忘れさせてくれます。



 ──このシーツ見覚えがあるわ。


 以前彼に頼まれて仕立てたものだわ。でも、こんなに上質なものじゃなかったはずよ? もっとゴワゴワして、お世辞にも柔らかいとはいえなかったわ。柔軟剤変えた?



 ただ食料を置いておくだけだった保管庫も、キッチンが備え付けられ、皆で食事が出来る食堂も用意されました。

 保管庫パントリーから洗い物をする流しシンク下拵え場まな板かまどコンロへと続き、その先は盛り付け台が用意され食堂へと続きます。


 大人数の調理にも対応した調理場は、“動線の魔術師”ならでは。

 感動に身を震わせる奥様方が、腕に縒りを掛けてお料理豚汁作りをします。


 食堂には100人でも同時に食事が出来る席数が確保され、天井には豪奢なシャンデリアがお腹を空かせた住人を歓迎します。

 テーブルも椅子も、頑丈ながら軽量に作られていて持ち運びが簡単。


 なんということでしょう。壁の板をスライドさせると、たっぷりの収納スペースが現れるではありませんか。

 テーブルと椅子を片付けられた食堂は、たちまちダンスフロアに早変わり。

 シャンデリア中央に【照明】を置くだけで、一面煌めく虹化粧。此処が地下であることを再び忘れさせてくれます。



 以前は単調な個室トイレの壁に支えられていた中央部は、個室が撤去され、匠の遊び心を感じさせる、逞しい肉体美を誇る双子の男性像が天井を支えます。


 男性像の足元──台座には“風雅セドリック”と“雷駕グロリア”の刻印が。この像の名前かしら。読み方はよくわからないわ。



 男性像の間には天井から滝が降り注ぎ、大浴場へ向かって川が流れます。まるで男性像の間には立ち入ってはならないという警告のよう。


 川には洗濯スペースが確保されており、デリケートな物を洗うときのため、取り外し式の間仕切が用意され、人目を避けることもできます。

 手回し式の脱水機が用意され、子どもたちも安心してお手伝いができ、匠からのあたたかい心遣いを感じます。


 川の先にある大浴場には、女性像が水瓶から注ぐようにお湯が掛け流される大きな岩造りの浴槽があり、避難生活の疲れを癒してくれます。

 男湯と女湯は壁で仕切られていながらも、天井付近は繋がっており、夢と浪漫、情緒を感じずにはいられません。

 壁の下をくぐる川は流れる湯を受け、排水を一本化する狙いが。


 大浴場を挟んで男女で分けられたトイレは、朝の混雑する時間にも対応できるように十分な数が用意され、同数の洗面台も完備されています。以前の動線を無視したトイレは、一切面影がありません。


 換気もしっかり整えられて、ニオイや湿気がこもらないようにされているわ。なるほど、お風呂を焚く釜の熱が上昇気流を呼び、その空気の流れで排気を促しているのね。



 なんということでしょう──。朝を迎え、更なる驚きを隠せません。


 双子像の間に流れる滝の上流。地表を流れる川の底はガラスになっており、太陽光を地下へと運びます。揺れる水の反射で柔らかな日差しとなり、三度地下であることを忘れさせます。

 流れる川のせせらぎは、過去に大賢者が伝えたといわれる“1/fゆらぎ”。ここでも人々へ癒しを与えます。



 ──数日程度なら生活しても苦じゃないわ。むしろ此処に避難してきたら、誰も巣立とうとしないんじゃないかしら?



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 表に出れば村でした。

 昨日のことは夢だったのかしら? だったら避難所で夜を明かした理由がわからないわ。


 教会から少し離れた場所に私の家が建っていたわ。地下室同士ぶつからなかったのかしら?

 周りには民家が立ち並び、位置関係は元の村と同じかしら?

 太陽の差し込む向きからすると、北を向いていた窓が東を向いているみたい。洗濯物は何処に干せばいいのかしら?


 よく見るとやっぱり高台の上だわ。夢じゃなかったのね。

 村の中央にあった方尖碑オベリスクが、もともと見張り小屋のあった場所に聳え立ち、方尖碑があったはずの中央には大樹が居座っていたわ。


 もともと高台に上がる坂道だった北側に船屋が、教会が東側にあったから民家が東に。位置関係としては、鏡写しになって90度回転させた形ね。


 南に厩舎が建っているから、畑と牧草地帯ができるのね。日当たりは良くなりそうだから、土づくりが終わったら収穫は見込めそうだわ。

 昨日鬼が木を抜いて回っていたのは、あえてそうさせて、耕させるためだったのかしら?


 残った西は、もともと木材調達と温泉くらいしかなかった南側が当てはまるはずだから、高台の上の森で充分木材は確保できるわね。


 温泉はもうダメかしら? 砂浜もなくなっちゃったから、海水浴も難しそうよね。この村に来たのが冬の初めくらいだったから、まだ泳いでいなかったのに残念だわ。


 それにしても鬼は何処へ行ったのかしら?



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