第39話 ポケットには大きすぎらぁ

 ケヴィンと別れ、【地図】を頼りにゼインを探す。


 見付けたのは中央広場から東寄りの桃雉酒造。蔵の地下の熟成室だった。

 見知った顔の蔵元と杜氏が避難を兼ねて、酒の警備に残っていた。



「お二人とも、此処も危険です。高台に避難しましょう」


「そうは言うが、この蔵が無くなれば、もう酒は造れん。酒は原料と樽があれば出来るってもんじゃないのは知っとるな?」


「さっきからこの調子なんだ。トモー、お前だけでも先に避難してくれ」


「いえ、そんなことだろうと思いました。酒を醗酵させるには菌のはたらきが重要なんです。その菌は原料や樽ではなく、蔵につくんですよね?」


「そうだ、先祖代々守ってきた蔵を手放すくらいなら、死んだ方がましだ」


「ですから、私が来ました。ティアナの家を【収納】してきたのはご存知ですね? この蔵も【収納】してみせますから、所有権を譲っていただけませんか?」


 ティーダの成人祝い用にリザーブして貰っていた樽を【収納】してみせる。


「わ、分かった。あとでちゃんと返してくれよ?」


「勿論です。間違いなくあなたたちの方が美味しいお酒を造れるのですから。さぁ、外に出ましょう」


 表に出て、マナで家を包み込む。

 地下熟成所を【土魔法】で周囲から切り離す。切り離しの完了とともに【収納】する。


「「す、すげぇ…」」


「さぁ、避難です。先祖代々守ってきたのはあなた方の命も同様のはずです。守るためにも高台へ急ぎましょう」


「「──分かった。ありがとう!」」


 2人を先行させ、【地図】で逃げ遅れが居ないことを確認する。

 足を踏み出した瞬間、岬の陰から高波が顔を覗かせた。


「い、いかん。トモーは早く逃げろ! 儂は方尖碑オベリスクへ向かわねばならん!」


 そう言ってゼインが中央広場へ引き返していく。


 まさか──。


 ゼインが方尖碑へ行かねばならない理由に思い至り、助ける必要があるとすぐに追いかける。



 中央広場ではゼインが方尖碑に張り付き、何か操作をしているようだった。


「ココをこうしてっと──。トモー、先に行けと言ったろうに。──付き合いが良いのも程々にな」


「ゼインさん、これは──」


「長に継がれる伝承が真実なら、方尖碑コイツが守ってくれるはずだ。──コレでどうだ!?」


 ガチャンという音に続き、甲高い音を立てながら方尖碑が輝きだす。

 先端の女性像から光が溢れ出し、眩い光の壁が海岸線に沿って出現して、迫る波を妨げた。


「おお! 言い伝え通りだ!」


「いえ、おそらく保ちません。方尖碑が吸い上げるマナが足りていません」


 波を抑える光の壁が明滅する。


「そ、そんな──」


「ゼインさん、村長として、すべてを私に委ねて・・・・・・・・・頂けますか?」


「な、何を──」


「先程の酒蔵と同じです。今を乗り切るために、村を私に譲って下さい。皆は何もかも捨てて・・・・・・・逃げています」


「──分かった。村のことを頼む…」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 虚視で方尖碑のマナの流れを見る。


 以前に見たときよりも一層、マナを吸い上げる量が格段に減っていた。

 高台の樹が生長しマナラインとの結び付きが強くなるに連れ、方尖碑とマナラインとの接続は細くなりつつあった。

 樹の影響以上にマナが減少しているため、地震の影響もあったのかもしれない。

 マナラインとの接続が途切れがちになっている。幾許もなく、機能を停止するだろう。



 なぜ方尖碑はマナラインと接続しているのか?


「海神の怒りが頂点に達したときには、海神に立ち向かって皆を護ってくれる」


 以前、ケヴィンが話してくれたお伽噺。


 マナラインとの接続を確認してからは信憑性が高くなり、海岸線を散策すれば、方尖碑と同じような幾何学模様が描かれた石碑が見付かった。

 これらは津波に対する防衛装置であると思えるようになっていた。

 

 方尖碑は他所にもあったが、既に失われているとも言っていた。


 津波に対する防衛装置であるなら、先立って起こる地震への対策もなされているはずだが、それを超えて破壊されたことになる。

 おそらくは、他の物体によるマナの搾取や、地殻変動によるマナラインの流路変更などが原因で、方尖碑へのマナ流量が下がり、自衛すること叶わず破壊されてしまったのだろう。

 もしかしたら、操作する人が先に失われてしまったことが原因かもしれない。



 方尖碑を中心に広がるこの村は、マナラインから吸い上げられるマナが干渉し、地表、地中にマナを通すのが難しかった。

 比較的中央に近い酒蔵を難なく【収納】出来たことで、大地へのマナ干渉が弱くなっていることが推察された。

 その時点で方尖碑の防衛能力はかなり疑わしいものとなった反面、当初の計画を実行できる目途もついた。



 広場に残された鬼人の刀を手に取る。

 鬼人とのパスは切れているが、残留しているマナの反発が強く、なかなかパスが繋がらない。


 ──どうにかしてマナを吸い出さないと使えなさそうだ……。


 方尖碑とマナラインとの接続を完全に断つことが出来れば、大地への干渉を無くし、一斉に【収納】出来るようになるだろう。


 そのためには高出力のマナを乗せられる武器が欲しい。

 鉈はある程度までマナを送り込むと、振動し始めて自壊しそうになってしまった。

 熊牙弾ベアファングはかなりのマナを送り込むことができたが、銃身が保ちそうになかったので実射試験は行っていない。

 鬼人刀はかなりのマナを乗せて振り回されていたので、使うことが出来れば最上の結果を得られると踏んだのだ。



 ──マナを吸い上げるという点では同義か。


 方尖碑の基部に目を凝らし、マナの流れを読み取る。最も地表に近い箇所を探し、鬼人刀を地面に突き刺した。

 マナラインのマナへアクセス出来ることは、高台の樹で確認済み。


 刀に干渉しないギリギリのところから方尖碑へ向けてマナを流していく。

 方尖碑からマナの吸い上げが始まり、光の壁が明るさを増した。

 吸い上げる力が地表付近に来たところで、刀の方へパスをズラしていく。


 ──ヨシ。


 刀に残されたマナが吸い上げられ、壁は更に明るさを増した。壁に阻まれる波もまた、高さを増していく。



 ──壁の消失後は時間との勝負だな。


 壁の明滅が再度始まり、刀からマナが吸い尽くされたことを確認する。柄を握り締め、パスを繋げる。


 世界が割れたかと思うほどの破砕音を合図に刀を振り、役目を終えた方尖碑とマナラインとの間に残ったか弱いパスを斬り払う。

 空中で待機させていたマナを大地に降ろし、村の財産を掌握していく。


 村を囲う柵は半径1.5km。必要な部分はその手前。それでも最大限使用出来るパスの範囲を超える。

 村での生活、人々との思い出が【地図】の精度を上げていく。


 逃げた人々は何もかも捨てた・・・・・・・


 村長はすべてを委ねた・・・・・・・


 すべての所有権は自らの手の内に──。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「パパァッ!」


 ティーダの悲痛な叫びが響く。


 海岸線に押し寄せた波が、明滅を繰り返す光の壁に妨げられたのも束の間。

 けたたましい音と共に砕け散り、波が村を飲み込んでいく。


 避難を終えた人々が高台の上から、濁流に目を落とす。

 失われた生活や思い出に涙する者、命があることに安堵する者が入り混じる。



「長……、トモーっち……。クソッ」


 鬼人を捕縛し、手近な木に括り付けたケヴィンが地を叩く。



「あぁ、あぁ、俺たちが意地を張ったばかりに……」


 高台への坂道に辿り着いた蔵元と杜氏の2人。波に飲まれていく村を振り返り、蔵元は頭を抱え、杜氏は息を飲んで口許に手をやる。



「オイラは…、無力ッス……」


 意識を取り戻したホーランは、目許を手で覆うも、零れる涙は抑えようがなかった。



 方尖碑もが飲み込まれ、村の位置を示す物が何一つとしてなくなってしまった。



 高台に建てられた教会の裏手、表情を無くしたリィナが佇む。


「また、ワシを遺して逝ってしまうんか? 独りになるのはもうゴメンじゃ……」


「また同じこと言っていますね。夏にはお腹の子が生まれてくるでしょうに。それにティアナとティーダもいるでしょう?」


「そういうことじゃない! 誰かを失って空いた心の穴を埋めるのに、どれだけの時間がかかると思っているんじゃ!」


「さすが、伊達に歳は重ねていませんね」


「死ねッ!」


 振り返り【風魔法】を放とうとする腕を押さえ、面と向かう。


「元気そうですね。約束したでしょう? 一緒に酒を呑みましょうって。それに妊婦に魔法は厳禁でしょう?」


「──グスッ、トモォ」


 たちまち涙腺を決壊させるリィナ。


「感動の再会は後です。後始末が残っていますのでね。──その外套はちゃんと返して下さいね? 結構気に入っているんですから」


 嘆息しながらも、涙を拭って頭を撫でてやる。刺されてなるものか。

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