第38話 二重の極み

「な、なんだぁ!?」


 ドン!!という音とともに強い衝撃が皆を襲った。


「「「キャアアアァァァ!?」」」

「「「ウワアアァァァア!?」」」


 立っていられないほどの揺れに、尻餅を突く者、膝を突く者様々だ。


 バランスを崩した鬼人を跳ね除けることに成功するも、立ち上がること叶わず、揺れがおさまるまで待つしかなかった。



 揺れがおさまるまで、5分とも10分とも続いたように感じた。実際は3分もなかったのかもしれない。


「高台の上に逃げてッ!! アーロンさん、ケヴィン、皆を誘導して下さい!!」


 揺れの間、脳を支配したのは元の世界で見た映像記録。

 震源からは遠く離れていながらも自らも揺れを体感した地震。

 後に震災と位置付けられた、大きな爪痕を残した自然災害。


「お? おぉ??」


『皆さん落ち着いて聞いて下さい。この後大波が押し寄せます。海神の真の怒りと言えるでしょう。一刻も早く、高台へ上がって下さい! 何もかも捨てて・・・・・・・、高台へ上がって下さい!』


 マナで喉元を覆い、声に合わせて全周囲に拡散させる。


『命を守る行動を取って下さい。皆で助け合って下さい。家畜たちは柵を開けて逃してあげて下さい。とにかく高台の上です! 南の森にいる人も、すぐに逃げて下さい!!』


「器用な真似すんじゃねぇかよ。誰に断って逃げてんだ、オラ?」


「あなたも同郷だと言うくらいなら、今の規模の地震があれば、次に何が起こるかくらいわかるでしょう?」


「うっせぇ! セッキョーすんじゃねぇヨ!! ってか、何? 津波がくると思っちゃってんの?ww バッカじゃねぇの?w ビビってんじゃねーよww ヤベェ草生えるwww」


『ゼインさん、北の住宅街、倒壊した家屋の内、一番東のものの中に逃げ遅れた人がいます! 救助をお願いします!』


「無視してんじゃねぇヨ!!」


 ワンパターンな前蹴りを半身にして躱す。

 金鎚を取り出し、踝へ打撃を見舞う。


「ってぇなぁ!」


「最早あなたと問答する気はありません」


「ソレを決めんのは、お前じゃねぇだろうが!」


 振り下ろされる刀を後跳して躱し、牽制に1発銃手甲ガントレットを撃つも、胸甲に弾かれてしまう。


「ハン、豆鉄砲じゃねぇか!」


 横薙ぎに振るわれる刀に、短鉈を合わせて弾く。

 空いた脇に長鉈の切っ先を突き刺すも、トラックのタイヤのような感触が跳ね返ってくる。


「効かねぇなぁ!」


 大量のマナで包まれた刀が振り下ろされる。

 足へのマナを増強し、一気に距離を取る。

 数瞬前までいた場所が大きく陥没し、岩塊が飛び散る。

 直撃しそうな一つにマナのパスを繋げ、直進性の推進力を大きく曲げて、鬼人へと帰るコースを取らせる。


「シャラクセェェッ!」


 左手に嵌めた拳鍔が岩を砕き、飛礫が襲い来るのを銃手甲で防ぐ。

 間髪入れずに銃手甲を1発放ち、再装填する。

 乾いた音が砂煙の向こうから聞こえた。


「効かねぇっつってんだろうがヨォ!」


 砂煙を纏い、刀を腰だめに構えた鬼人が突進して来る。

 逆袈裟に斬り上げられた刃が届く前に、銃手甲を放つ。連続した炸裂音に続き、鋭く罅割れる音が辺りに響く。


 前進する勢いを殺され、踏鞴を踏む鬼人の胸甲には、蜘蛛の巣のような亀裂が走っていた。


「──した……。何をしたァッッ!?」


 再度空になった薬莢を回収し、弾丸を装填し直す。


「無視してんじゃねぇよッ!」


 大振りの斬撃が振り下ろされるのを難なく躱わし、【収納】から甕を取り出し、相手の頭目掛けて叩き付ける。呆気なく割れて、中身の液体が鬼人を濡らした。


「暫く独りで踊っていて下さい」


 距離を取り、自らに掛かった液体を【風魔法】で散らすとともに、ずぶ濡れの鬼人を【着火】する。

 ボッという音と共に、悲鳴が上がる。



 【地図】を開き、高台への避難が進んでいることを確認する。

 浜へ視線を移して走査スキャンし、干潮時よりも更に退いた波打ち際に戦慄する。


 ──避難状況報告セヨ。


 ──2割完了。2割登坂中。南森カラ放牧地経由デ北上中6割。


 ──倒壊家屋救助完了。要救助者捜索中。追ッテ合流スル。


 【照明】の発光信号で避難状況が知らされた。

 人鬼オーガ対策で身につけた技能の高さが、如何に身近な危険だったかを教えてくれるともに、自分のなすべきことに集中出来ると頼もしさを感じさせてくれた。


 今はただ、相手の無力化だ。


 甕の液体──メタノールを被り、視認し難い炎に包まれる鬼人に対し、胸甲を破壊した弾頭──徹甲弾を放つ。


 先程の頭部・角への傷はすでに回復されてしまっていた。

 肉体へのダメージは同様に回復されてしまうだろうが、今のうちに甲冑を破壊しておきたい。

 ついでにマナを削られれば御の字だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 弾頭は鉄のまま、タングステンやステンレスのような高硬度の金属素材があれば威力はさらに上がるが、高威力弾頭は既に熊牙弾ベアファングがある。

 弾頭の材料になる金属元素を土中から集めるのも、原子改変して作り出すのも、労力に見合うものではないと、材料面での改良を行うことはなかった。


 改良を加えたのは構造。


 K運動エネルギー=1/2m質量v速度^2


 物体の運動エネルギーは、物体の質量と速度の二乗に比例する──運動の第2法則だ。


 仮に質量が2倍になった場合と、速度が2倍になった場合を比較する。


 前者はK=1/2・2m・v^2。よってK=m・v^2となり、エネルギーは元の2倍になる。


 後者はK=1/2m・(2v)^2。よってK=2m・v^2となり、エネルギーは元の4倍になる。


 質量を増やすより、速度を上昇させた方が、得られる運動エネルギーは大きくなるのだ。

 質量を減らした以上に、速度が上昇するのであれば、威力は上昇する。


 炸薬を増やせば、腕に受ける反動や銃身にかかる負荷は大きくなり、自傷する可能性が高くなる。

 炸薬量が同じで弾体質量を大きくしてしまえば、弾速が落ちてしまい、かえって威力が落ちてしまうこともある。


 反対に、同じ炸薬の量でも弾体質量が小さければ、得られる速度は大きくなる。すなわち、腕と銃手甲に掛かる負荷は同じでも、威力が上がることもあるのだ。


 まずは弾体質量と炸薬量のバランスを突き詰めた。その上で、更なる威力上昇を模索する。



 発射時に使用できる炸薬量──与えられる速度には限界がある。弾体質量を下げることが出来ず、更に威力を上げたいのであれば、発射した後でもう一度爆発させて速度を上げてやればいい。


 弾体を絞り込んで弾芯とし、浮いた質量分を二次炸薬で満たす。

 マナで弾体を被い、空気抵抗を減らすための被帽と、発射時の二次炸薬の保護をする。


 対象に着弾した時に、被帽となっていたマナが二次炸薬を【着火】し、弾芯を再加速し、状況によっては弾芯自体も炸裂し、影響を広範にする。


 着弾時に対象内部に到達していれば、二次炸薬は内部破壊を甚大なものとし、そうでなくても、着弾による対象表面の撓みへの追い打ちにもなる。


 貫通力に特化した、いわゆる徹甲弾。この場合は徹甲榴弾か。

 マナがある世界だからこそ可能な、小型化運用だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 鬼人の動きを止めやすくするためにも、脚部の装甲を中心に破壊していく。


 メタノールの燃焼による酸素の消費で、鬼人自身の酸欠を引き起こし、甲冑素材に含まれる酸素も奪っていく。

 罅の入った胸甲はボロボロと崩れていった。


 熱傷が出来るそばから治癒が進み、徐々に身体を包むマナが減少していく。


 ようやく炎の勢いが収まり、変わり果てた姿を現す。

 長かった黒髪も、眉も睫毛も燃え尽き、瞼は癒着している。

 耳と鼻は軟骨が失われ、唇もまた無くなり、まるで髑髏に皮膚が直接貼り付いているようであった。

 肌は治癒されるも、再建された肌は赤く、表情筋ともども水分を失って、歪な表情を作り出していた。

 意識はないようだが、自発呼吸はある。

 喉も焼かれただろうに、恐るべき生命力だ。


 自然治癒頼みだけで、高精度の身体再建は出来ないようなので、念のため手足の腱を切断することにする。


 全身のマナが薄くなっていることを確認し、分子震動で熱した刃を入れて、腱を焼き切っていく。

 腱自体は切断されたまま、焼かれた部分を境にするように皮膚が再建されていった。



「トモーっち、大丈夫さ?」


「ええ、避難の状況は如何です?」


「ほぼほぼ完了さ。点呼取ってるさ」


 明らかに、居ないことが分かっているからと、加勢に駆けつけてくれたようだ。


「ケヴィン、申し訳ありませんが、この鬼人を高台へ連れて行ってもらえませんか?」


「助けるんさ?」


「言葉は通じるようですから。話が通じるかは別ですけれど」


「わかったさ。トモーっちはどうするんさ?」


「まだゼインさんが逃げ遅れがいないか確認して回っているので、そちらに合流してから避難します。もう余り時間がありません。急ぎましょう」


高台アッチで待ってるさ」


 互いに頷き、それぞれの進路を行く。

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