第37話 疾風伝説

 南の森を抜ける間に出会えた避難者にホーランを託す。

 出来ればリィナやティーダたちとも合流したかったが、姿を見つけられなかった。



「村の様子は分かるさ?」


「いえ、まだ距離があるので。避難が完了していないようですから、良い状況ではないでしょうね」


「急ぐさ」


 村へ向かい歩を進める。森を抜ければ視界が一気に開けたが、森へ向かう人の流れはなかった。


 中央広場が見えてくる頃、人集りが視界に入り、避難が進まない状況が起こっていることが察せられた。


 人を掻き分けて進み、広場に出る。

 ゼインとアーロンが人鬼オーガと対峙していた。


「おかしいさ。連中は問答無用で襲いかかって来るはずなのに、こんな睨み合うことなんて今までなかったさ」



「ようよう、ワンちゃんにモンちゃんよう。何度も言わせんなよ? コイツらの命が惜しかったら、とっとと投降しなw」


「投降してどうなる? 家畜と村を渡せば皆を解放してくれるのか?」


 声の主は人鬼の中で1人背の低い男。

 それでも190cmは超えている。


「ハァ? そりゃ当然男共は鬼どもの餌になって貰うし、オンナは全員オレの専用のオナホに決まってんだろ?ww ギャハハハハwww」


「下衆がッ!」

「交渉になっておらん!」


「ォィオイオーイ! 交渉ってのは対等だから成り立つんだろうが。いつからワン公エテ公がオレと対等になってんだよぉッ!?」


 地面を蹴り飛ばし、砂礫が飛び散る。

 砂煙が晴れて、身を躱したゼインとアーロンの間から相手の全身が見えた。


 白い甲冑に身を包み、右手には刀を持ち、左腕にはリィナが捕らえられていた。


 何やってんですか──。


 男の額には人鬼よりも鋭い角が天を突き、人鬼とは趣を異にする気配は、話に聞いた鬼人であるように思われた。

 伸ばしっ放しの黒い長髪に、血で濡れたような朱い眼をし、酷薄な口許を歪めていた。


「オンナ共もこんな尻尾付きよりも、オレのようなカッコイイ男のガキを産みたいだろう? なぁ?w」


「お、お前なんか願い下げじゃ」


「ォゥオウw 強がっちゃってww ロリボテプレイでヒーヒー言わせてヤるから楽しみにしてなww 赤ん坊も男のことも忘れさせてやんゼwww」


「お前なんかトモーの足元にも及ばんわ。ベッドの中でも、人としてもじゃ! 悪いことは言わん、出直して来るんじゃな」


──ん?


「そうです! トモーさんの方が断然イイ男です! あなたの出る幕じゃありません!」


「黙れ! BBAババア!!」


 男の後ろに控えていた人鬼に捕まっていたティアナが、人鬼ごと蹴飛ばされて地面を転がった。


「ママッ!!」


 別の人鬼に捕まっていたティーダが声を上げる。


「おっと、いけねぇw 殺し掛けたww 貴重なメス穴オナホがダメんなるとこだったわw 鬼がクッションになってるから、まぁ大丈夫だろw」


「──キサマァ…」


 吹き飛ばされた人鬼が起き上がり、ティアナを抱え直す。

 ティアナは口許から血を流し、気を失っているようだった。


「そんなに言うなら、オレよりカッコイイと話題のトモーサンに出てきてもらおうゼェ?w オイいるんだろ? トモォサンよぉー!?」


 勝機を確実にするなら、隠れて狙撃なんだがな──。


「オーイ、いるんだろぉ? ビビってんのかぁ?ww ──そういや、このBBAフツーのオンナだよな? クマのガキ生んでんの? 超ウケるww 鬼のガキも生ませてやんよ?ww ギャハハハハwww」


「止めるんじゃ! 馬鹿もん!」


 リィナが腕の中で暴れる。


「お前の胎もトモォサンの仕業かい? こんなチンチクリン孕ますなんざ紳士の風上にも風下にも置けねぇなぁ?ww ──ヨシ、決めた!w まずはお前にブチ込んでやるww 胎の子ツブして、オレの子孕ませてやんヨww ──オラッ!」


 刀を地面に突き刺し、空いた手でリィナの服を破り捨てる。


「私なら此処です」


 これ以上の暴挙を止めるべく前に出る。

 確実に勝つことよりも優先すべきものがある。


「フーン、──遅ぇよッ!」


 左脇腹に鋭い痛みが走る。両足が宙に浮き、人混みに背中から突っ込む。


「大丈夫さ?」


 ケヴィンが受け止め、村人たちへの被害を防いでくれた。


「ありがとうございます。お陰で吹っ切れました。──────。では、もう一回行ってきます」



「その鎧イイじゃんw 風穴空けるつもりで殴ったってのによ? オレの白いのと日替わりで着てやんよww オラ、時間やるからとっとと脱げよww」


「せっかくですが、遠慮します」


「じゃあ、お前殺して剥ぎ取るわ。それまで形が残っていればだけどなぁ!」


「キャアッ!?」


 リィナを引きずったまま前蹴りを繰り出してくる。

 ダンの打った長鉈を取り出し、逆手に持って蹴りを受ける。

 長鉈を持つ右手が痺れるが、刃毀れはしていない。力を受け流しつつ、刃を振り抜き、柄を回して持ち替え、蹴り出された右足に向けて峰を振り下ろす。

 再び手が痺れるが、相手の脛当には傷一つ付けられなかった。



「ってぇなぁ、オイ。ブッ殺されてぇのかァッ!?」


 間合いを取り、長鉈を両手持ちに構え直す。


 傷は付けられなかったが、衝撃はちゃんと抜けたようだ。

 組み手の成果で相手の動きに付いていけている。


「一応確認しておきます。退く気はありませんか?」


「ァアン? お前はバカか? 状況分かってんのかッ!? 圧倒的に有利なオレ様が何で退かなきゃなんねぇんだよォ!? イイからとっとと死ねよ!」


「分かりました。では、いきます」



 長鉈を持った両手を少し上げ、右手の人差し指を相手に向け、中指を伸ばす。

 狙いは無防備な頭部。体内のマナ濃度が高いため、弾かれる恐れが高い。

 弾頭にマナで被帽を付け、空気抵抗の低減と貫通力の上昇を狙う。

 相手が踏み込んでくるタイミングで発砲する。


 着弾で仰け反る相手へ駆け、左に抜けながら顔面へ長鉈を振り切る。

 鈍い手応えを感じながらも身を翻し、反対側に抜けながら、リィナを奪い返す。


 外套を取り出し、被せながら人集りへ押しやる。

 直ぐに女性が保護してくれたのが横目に見えた。


「ぁぁぁああああ゛あ゛あ゛あ゛───」


 やはり浅いか。


 男の額は着弾で、右角は長鉈で切り裂かれ、骨が剥き出しになっていた。

 傷口から血煙が上り、マナが高密度で覆う。


「何なんだよ、お前はよォ! オレ様の顔に傷付けてタダで済むと思うなよォ!! お前ェらァ特攻ぶっこみだあぁぁ!!!」


 怒号が空気を震動させる。戦闘向きではない者は尻餅を付いてしまう程だ。


「ケヴィン!!」


「分かってるさ! 長、皆、今さッ!!」


「「「オォッ!!」」」


 続く震動は人鬼が次々と倒れ伏す際のもの。辛うじて立っている者へ、獣人たちが襲い掛かる。

 程なく人鬼は殲滅され、人質たちが解放される。


「お、おい、何したんだよ? 鬼どもがこんなに弱い訳ないだろ。オレが鍛えたんだぞ…。何で何もせずに倒されてんだよォ!?」


「延髄を焼きました。呼吸、心拍の中枢です。大きい個体には抵抗レジストされる可能性が高かったので、後詰めが必要でしたがね」


「──ああ、そうかよ。──じゃあ全部オレが独り占めだァッ!!」


 一足飛びに刀の元へ行き、引き抜いた勢いそのままにとって返して、袈裟切りにしてくる。

 長鉈を斜めに構え、腹で滑らせる。

 返る逆一文字を屈んで躱すが、続く蹴りは腕で受けるも飛ばされてしまう。

 回転受け身で力を逃がすが、体勢を立て直すよりも鬼人の追撃が早かった。


 顎先を蹴り上げられ、爪先が鳩尾に突き刺さる。身体が曲がるところを顳顬に追い打ちが襲い、再び地面を転がる。


 頭の揺れと酸欠で意識が朦朧とする中、四つん這いから立ち上がろうとするも、脇腹を蹴られ、仰向けにされる。


「誰が立ち上がってイイっつったァ? オォ? ──お前コレ、弾丸マメか? ヤッパさっきのハジキかよ。オッサン、お前もオレと同じクチか?w」


 再装填のために握っていた弾丸を取り落としてしまい、目聡く拾われてしまった。

 腹の上に足を乗せられ、身動きが取れなくなる。


「グァッ、ゴホ。」


 なんて力だ──。


「まぁいいやw 早く出せよww お前よりも有効活用してやっからよw」


「──ウオオオオォォォ!!」


「うっせぇよ、イヌッコロ」


 背後から爪を振り下ろすケヴィンを裏拳で殴り飛ばした。


「せっかく背後取ったんだったら、叫んでんじゃねーヨ。──もういいや、ブッ殺してから鎧ごと剥ぎ取ってやんよ。素直に言うこと聞きゃ、同郷のヨシミで命だけは助けてやったのになぁ~。まぁ、一生奴隷ですけど?ww ギャハハハハwww」


「ク、クソ──。」


 牛人の男に抱えられながらケヴィンが呻く。


 若手トップのケヴィンが手も足も出ない状況に、獣人たちは為す術がない。絶望が頭を満たしていく。


 鬼人の猛攻は、轟音とともに訪れた衝撃と震動によって終わりを告げた──。

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