第34話 青のクオリア

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 マナの感受性──“魔覚”に対して、ひとつのアプローチを試みた。

 マナの可視化だ。

 マナが視認できれば、より手軽に扱っていけるようになるとの考えだ。


 そのために行うのは、マナを刺激とする受容細胞と、脳内の知覚領域、それらを結ぶ連絡経路の確立だ。


 受容細胞は眼の網膜にある視細胞を使う。

 既知の感覚に合わせるのだから、既知の受容器を用いることにした。それも今ある眼を利用する。

 新規に用意することも考えたが、リアル第三の眼は三十路男にはツラい。



 眼の網膜には色認識の錐体細胞と光認識の桿体細胞の2種類の視細胞がある。

 視細胞には光に反応して分解される視物質が含まれており、これら視物質の分解によって光の受容をしている。

 色を認識する錐体細胞には赤、緑、青の光に反応するように分化しており、それらの反応する割合によって色の認識がなされている。

 赤の錐体細胞だけなら赤い光、赤と緑であれば橙や黄といった具合だ。3色全てで白となる。

 これら3色が光の3原色と言われる所以だ。


 もし視細胞に赤外線や紫外線に反応するものが分化されていれば、それらの光を認識できたが、残念ながら我々の身体には存在していないために見ることは出来ない。

 あれば暗視スコープのように、暗闇でもはっきりと見ることができたかもしれない。


 ただし、それは受容器側の話。

 受容器で受けた刺激は神経を通って、中枢──脳へと伝えられる。そこで情報処理が行われるのだが、このときにどのように処理されるかは分からない。

 赤外線を受けてサーモグラフィのように見えるかもしれない。熱波を受けるとホワイトアウトしてしまうかもしれない。

 同様に、真夏のビル街で乱反射する紫外線に対して、どの様に視覚情報を統合するかはなってみないと分からない。

 思い描く未来の視覚は、想像の域を出ないのだ。

 実際に3色の錐体細胞に加え、1色追加された4色型色覚の人が存在するというが、その実体は解明しきれていない。



 感覚質クオリアという言葉がある。


「私の見ている“赤”は、隣人の見ている“赤”と同じだろうか」


 見ているものは同じもの。ポストでも消防車でもいい。赤く塗りつぶした画用紙でもいい。


 「何色か?」と訊けば、「赤」という答えが得られるだろう。だがすべてではない。

 世には赤と緑の区別が付きにくい・・・・・色覚異常の人もいる。その人は違った色味を答えてしまうかもしれない。

 また、海外で暮らす人は「Red」と答える人もいるだろうし、満足に教育が得られていなければ、素っ頓狂な答えを返してくるかもしれない。


 赤と答えた人に重ねて訊いてみる。「どんな赤?」と。

 明るい赤、暗い赤、クリムゾンレッドやバラ色と答える人もいるかもしれない。

 ここに話の焦点がやってくる。


 隣人は同じものを見ているのに、色味が異なって見えているのではないか?


 色覚異常の存在がその証明となるが、視細胞の存在する割合には個人差がある。

 含まれる視物質の数、反応できる数にも違いは生じる。

 つまり眼球単位では、反応の仕方に差があると言える。

 あくまで眼──受容器では、だ。


 そこに脳が加わってくるため、事態を難解にする。


 届いた受容器の反応に対して、補正をかけているかもしれないし、かけていないかもしれない。

 脳の仕組みが解明されていないが故の不確かさである。


 “教育”がさらに複雑にする。

 色に対して正しく名前が紐づいていれば、違うように見えていたとしても、同じ答えを得ることが出来る。

 例えば赤がRedと翻訳されるように、色見本や色コードによって定義されている色名を正しく身につければ、傍からは同じように見えているように思えるだろう。実際はその人が青く・・見えていたとしてもだ。


 さて、あなたにはこの“赤”が何色に見えますか?



 余談ではあるが、視細胞に含まれる視物質には数に限りがあり、破壊されては再合成されている。ATPと同じように。

 その再合成の際にビタミンAが必要と言われ、欠乏すると夜盲症の原因になる。



 閑話休題。



 考え方としては、視細胞の中にマナに対する視物質を用意する。

 だが、マナは自然界にも存在しているため、すべてのマナに反応していては目がつぶれてしまう。


 閾値を設けて、ある一定以上のマナに反応するようにしてしまうと、マナを隠そうとする対象を検知できなくなり、奇襲を受ける危険性が残る。


 欲しい性能は、隠れようとする対象が見つかることと、マナの高まり──魔法の発動兆候が分かること。


 マナを直接見るようにすると、自らが発するマナが邪魔をする。防御で頭部にマナを集中した瞬間、視界は覆われるだろう。

 自分のマナを通過し、間接的にマナが見えるようにしなければならない。


 困ったときの虚子頼みドラ○もん


 何でも出来るマナだからこそ、理由付けと現象の説明がつくようにしておかなければ、マナの消費が桁違いになる。



 ──イメージするのは免疫。


 自己と非自己を判別し、的確に非自己のみと反応し除外していく。


 そのメカニズムをもって、自己のマナには反応せずに非自己のマナを検知出来るようにすることは可能だ。


 まず自己のマナを周囲と区別出来るように虚子で修飾する。虚子自体は虚数界の存在となっているため、他者から見てマナの変化はない。


 対象のマナをどの様に検知するか。

 対象自体を光源として扱うことは不可なので、光源を用意し反射させるか、透過させる。

 反射させる場合、上空に光源を置いてその反射光を見ることになり、表面上のマナを見ることが出来るが、深部はダメだ。

 防御膜を張られたときに、次の手が分かり難くなる。

 表層のマナが薄すぎる場合や、深部のマナが濃すぎる場合は区別できるかもしれないが。


 深部を見る為には透過させることになる。この場合上空に光源を置いてしまえば、対象を透過した光は、地面に吸い込まれていってしまう。

 視線の先に光源を置き、頭の振り、視線の移動に追従するように設定。

 透過してきた複数のマナに対して、積算してしまうと重なってしまうので、音のように波として受けて解読する。


 うん、頭が割れそうだ。

 

 反射式の光源は【照明】をベースに、使うマナを虚子化する。虚子に光の反射性質をもたせるイメージをより強くするためだ。


 透過式の光源は、従来の虚子ソナーを発展させたかたちで、視線の先から虚子が飛んでくる状態だ。

 感覚的には、今までが能動的に使っていたのアクティブソナーに対して、受動的に情報を得るパッシブソナーことが出来る。


 視細胞でこれらの虚子に対応する虚子視物質を用意し、マナへと還元させる。還元したマナは神経を通らずに、マナのパスで脳へ伝え像を結ぶ。

 脳に刺激を伝え終えたマナは、再び虚子化して各光源へと向かい、虚子光源マナの循環サイクルが完成する。下手に止めないことでマナの消費を減らす狙いだ。


 脳での処理は後頭葉の視覚野と側頭葉の視覚記憶野の辺りを意識する。

 【地図】は記憶の中で開いている感覚があったため、その辺りにパスを繋げて、【地図】との連携も図れるようにしたわけだ。

 間違っていた場合は、脳の神経細胞が何とかしてくれるだろう。



 定義付けは出来たので、運用試験を行う。

 まずは左目だけを変化させ、ゆっくりと開いていく。



 ──ああぁぁぁ、目が、目があぁぁぁ!


 隣にティーダが居なかったら喚いていた。


 左目だけでこの有様大佐状態。両目同時にするのを避けて正解だった。

 閾値の再設定をして感受性の調整をし、再度目を開く。


 うまくマナが重なって見える。

 が、透過式の見え方が透け透けで、エロスを超えてグロす。

 制御出来るようになるまでは、平常時は眼帯でもして閉じていよう。透過してくるから眼帯も瞼も意味を成さないが、気持ちの問題だ。

 脳へと伝わるマナのパスも直接光源へ向かうように切り替えておく。

 魔法の発動動作ルーティンをつくるように、眼帯でオン・オフを切り替えるのだ。


 右の利き目は、反射式のみとして、日常でも使えるように慣れておく。


 虚子による視覚──“虚視”の雛型が出来た瞬間だ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ティアナに頼んだ眼帯が出来上がった。


 「ティアナさん、ちょっと可愛らし過ぎませんか?」


 「パパ、お揃いー」


 ティーダが耳をピコピコさせる。


 そう、眼帯には耳が付いていた。


 「ただのまん丸じゃ寂しいかと思って──」


 なるほど、それで目を覆う本体部分に丸い熊耳が2つ付けたと。黒髪・黒眼に合わせて黒革で作ってくれたんだね──。


 ──て、コレ、アカンやつやん! めっちゃ世界的なヤツやんか。丸3つ並べただけで訴訟になるアイツやんか!


 叫びたい衝動を抑え込み、テヘペロしているティアナとデザインの変更を打ち合わせた。それでも完成まではコレを使うしかない。夢の国の侵食は異世界にまで及んでいた。


 幸いにも、こちらの世界に来てから一度も髪を切っていない。前髪で隠して誤魔化すことにした。

 ティーダの笑顔がなければ耳は切り落としていた。茜髪の爆笑は余計だ。

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