第32話 団子でなくてもいい

 【雷魔法】を修得し、思い至ったのは発電機だ。


 磁石があれば発電機が作れるし、さらに電池を作り、風車や水車と繋いで発電すれば勝手に蓄えてくれる。

 溜まった電気をマナに置換し、使用する。


 外部マナタンク──人造魔石の誕生だ。


 その辺りは追々やっていくとして、磁石くらいは作っておこう。方位磁針くらいにはなるかもしれない。


 作業場所は方尖碑オベリスクの前。

 方位が正確に出ているようなので、指標にさせてもらう。


 住居エリア──北に向けて小指程度の鉄の棒を置き、回りに簡単なかまどを【土魔法】で作り、薪をくべて【着火】する。

 十分に加熱されたところで取り出し、向きはそのままに、軸方向に金鎚で数回叩く。

 そっと置いて【風魔法】で冷やしてやれば、弱いものではあるが磁石になる。


 出来上がった磁石を適当な木片に乗せ、水瓶に浮かべる。

 あわせてティアナから借りてきた裁縫用の縫い針を、手甲の毛皮で擦って別の水瓶に浮かべる。

 どちらも南北方向を指して、回転を止めた。


 強力な磁石が必要なら、電気が使えるようになった今、電磁石でいい。

 希土類が手に入れば永久磁石も視野に入る。そのときはモーターを作ることが出来る。


 超高性能のソーラーボードとバッテリーを組み込んで、ボタンを踏めば超加速。充電しておけば夜間でも30分は使えるスケートボードを作ってもいい。

 ターボエンジン付?

 あれれ~? おかしいよ~!! 過給機ターボ内燃機関エンジンが付いていたら、昼夜関係なく爆走出来るよね~? ──バーロォー。



 閑話休題。



 この磁石の実験で、大地に磁場があると分かった。

 もしかしたら自転による地殻・マントル対流・海水に流れる電流による磁場や、宇宙線が大気にぶつかり拡散して生じる磁場があるのかもしれない。

 その場合、大地は球体で、元いた世界と同様の性質を持ち合わせている可能性が高い。


 単に磁鉄鉱の鉱床が近い可能性も否定できないわけで、その場合巨大な亀の甲羅の上であっても不思議はない。


 あとは天体や遠方の物体の観測で確認がとれるだろう。

 南の見張り小屋から見た水平線は弧を描いているように感じられるから、世界一周の航海にでるのも一つだ。

 そのとき、隣には誰かが居るのだろうか──。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「精が出ますな」


 声を掛けてきたのは村長のゼインだった。


「食べますか?」


 実験ついでに、かまどで火に掛けていた鍋から、芋を取り出す。


「お好みでコチラを」


 【収納】から取り出したのは、イカの塩辛と焼塩で味を調えたバター。

 バターは家畜の牛乳を分けて貰い、低温殺菌して瓶に小分けし、焼塩を加えて振り続け、脂肪分を固まらせたものだ。ティーダの尻尾エプロン姿は反則だ。


「いただきましょう」


 器に取った芋をスプーンで解し、一口味わう。


 ──流石に分かっている。


 出されたからと、味見もせずに調味料や付け合わせを使うは愚の骨頂。


 ゼインほどの男であれば、そのようなことをするはずもないか。


「これは──。ホロホロと崩れながらも、ボソボソ感はなくしっとりとした仕上がり。お芋の甘さが引き出され、これだけで十分に美味しい。ファーストタッチが全然違う!」


「甘いだけだと飽きてきますよね?」


 塩辛を薦める。


 専用の匙で掬って芋に載せ、口へ運ぶ。


「──ん~。塩味が唾液の分泌を促し、引っ掛かりがちだった喉越しに潤いを与え、追いかけてくるイカの旨味が口の中で大海嘯となって押し寄せる。まさに陸と海の結婚式マリアージュ!」


「そこに人の知恵を足しましょう」


 差し出すのは石英ガラスで作ったぐい呑み。切子を模した飾りカッティングが、無色透明の液体に彩りを添える。


「ンハッ! 湛えられた液体は芳醇な香りを放ち、ピリッとした辛さが舌に残る諄さを綺麗に洗い流していく。鼻腔を通る風は清涼感を齎す。この酒はもしや──」


「ええ、桃雉酒造の新商品。鬼殺しオーガキラーです。」


「やはりそうでしたか。芋の熱さに対しての常温! この季節、屋外でというシチュエーションを把握しきった温度管理。これこそ料理界の革新イノベーションや!」


 ゼインの感動に太陽の日差しと、芋を蒸かす湯気が虹色の祝福となって応える。


「幾つでも、何杯でもイケる! おかわりをくれ!!」


 普段温厚なゼインの乱れ様おはだけに、村人たちは何事かと集まり、お椀とグラスを手に列を成した。



 皆が満足お粗末!したのは夕暮れ。

 誰そ彼時に迫る人影。

 茜色に染まる景色に懐かしさを覚えるも、胸に飛び込む温もりと、なお紅く熱い滾りを感じながら身を横たえた。


「──リィナさん、すぐ治りますけど、痛いものは痛いんです」


「痛くしとるんじゃ。男の子なら我慢せい」


 少女を胸に抱き、小さな肩に手を添える。


「体調が良くなったら、一緒に呑みましょうね」


「来年。いや、再来年の収穫祭には呑めるようになっている筈じゃ。精々腕を磨いておくんじゃな」


 身を切られる思いを残して、涙を浮かべてリィナは立ち去った。ひぐらしは鳴くはずもない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ゆっくりナイフを抜きながら、【回復魔法】を走らせる。

 太い血管は避けてくれていた。


 新たに用意した軟膏を塗り、傷口に湿潤環境を作り出す。

 傷口を乾燥させないことで、傷を修復する肉芽細胞の活動域が広がり、本来細胞が存在していた場所を正確に治してくれる。

 つまり傷痕が残りにくくなる。


 切断された繊維を繋ぎ、汚れを分解して衣類に付けられた証拠を隠滅する。


「物騒な嫁さんさな」


 声を掛けてきたのはケヴィンだ。


「最近不安定なんですよ。いい日もあれば、悪い日もあって、突然泣き出してしまうこともね」


「トモーっちに甘えてんだな。落ち着くまで受け止めてやるしかないさなぁ」


「そうですね。男の身では分からないこともありますから、受け止めてやるだけです。きっと今頃、ワンワン泣いて後悔していますよ」


 その後もケヴィンと他愛ない話をしている間に日は落ちていった。


「そうだ、方尖碑の女性像ですが、謂われなどは有るのでしょうか?」


 最後の話題にと、気になっていたことを訊くことにした。


「あー。えーっと何だったかな。たしか──あの女性は海神の娘でさ、海の周りの島々を見守ってくれてるんさ。んで、海神の怒りが頂点に達したときには、海神に立ち向かって皆を護ってくれるんさ。だから海に向かって手を広げて、こう立ってるってわけさ。──昔は他の場所にもあったらしいけど、残ってるのは此処だけさ」


「そうなんですね、ありがとうございます」


「こんな話でよければいつでも訊いてくれさ。それにしても本当に昔話が好きなんさなー。んじゃ、またさー」


 手を振り、別れを告げる。


「ティーダ、好きな女性のことくらいは受け止められる男に成長してくださいね? 私は悪い見本かもしれませんが」


 本日の出来事一連を、始めから見ていたティーダが頷いてみせる。酒は飲ませていない。


「これから高台へ上がりますが、あなたも付いてきますか? お腹は空いていないですか?」


あいぶーぶだいじょうぶ



 2人で高台へ上がる。住居エリアを抜ける際に、家に顔を出しティアナに一声掛けていく。


 目指すは高台に作った新しい中央広場。

 馬や車が通るようになれば、ゆくゆくは環状交差点ラウンドアバウトと呼ばれるようになるだろうか。


 その中央に根を張る一際大きな樹。冬なお寒さ厳しくも、緑深い常緑樹。

 幹に手を触れ、マナのパスを繋げていく。


「やはり駄目ですね」


 この樹は【収納】する事が出来なかった。

 パスは確かに繋がるのだが、収納には至らない。

 虚子で走査スキャンして、魔核が無いことも確認している。


「太くなっていますかね?」


 頷くティーダの視線は根の先。虚子は教えていない。


 エドガーがそうであったように、この世界の住人はマナへの感受性が高いのだろう。獣人として只人にはない感覚を持ち合わせているのかもしれない。


 大樹の根の先、大地の奥底。


 虚子を修得し、繰り返し使用することで走査範囲が延びていった。

 ほんの些細な興味から、地中を走査したときに見つけたのは、大きなマナの流れ。

 元の世界の風水という考え方で重視される、龍脈とでも言うのだろうか。

 同一視していいかわからないため、マナラインと呼ぶことにしている。


 地下を走るマナの奔流は西から東へ向かう。

 枝分かれした、マナが大樹へと流れ込む。

 流れにあわせてマナを送り込んでみる。


「マナを吸い上げて、大気へ放出していますね。切り倒した方がいいと思いますか?」


 同じように幹に手を添えたティーダが見上げ、首を横に振る。


「そうですよね。──少し準備をしておいた方が良さそうですね」


 ──獣人の村では世界を巡るマナについて学ぶことが多そうだ。

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