第35話 天災は忘れた頃に
辺りに春の彩りが溢れ、風の冷たさが和らいできた頃、それは突然起こった。
グラッと大地が揺れたかと思うと、数秒間続いた後すっと治まった。
時間は昼前、村人の多くは屋外で作業をしており、倒壊した家屋もなし。
西の放牧エリアが気持ち騒がしいくらいか。
パニックを起こすのは大地にしがみついた散歩中のリィナだけで、付き添っていたティアナはそんなリィナを見て落ち着きを取り戻していた。
防具付きでの組み手に参加していたティーダは、周りが落ち着いていることで冷静さを失わずにいた。
かく言う自分は地震大国の出身だ。震度3程度では騒がない。
「久し振りだな」
「一年振りくらい?」
「そんなもんさ。トモーっち、ティーダ、今のが海神の怒りってやつさ。そのうち人鬼どもがやってくるさ」
「オイラは見張り小屋に上がるッス。長たちに伝えといてくれッス」
ホーランは直接崖を登っていくと言い残し、見張り小屋へ向かった。
砂浜に残された組み手班と一緒に、
「海神の怒りだ。一年振りだが、身体は鈍っていないか? いつもどおり、動いてくれればいい。家畜と女衆は高台の上へ。トモーが建ててくれた教会の地下が避難所になっているから、今回からはそこへ逃げ込んでくれ。高台の大樹の周りも切り拓いてある。家畜はそちらへ避難させてくれ」
「長、ホーランが先に見張り小屋へ上がってるさ」
ケヴィンの報告が合図だったかの如く、見張り小屋が消し飛んだ。
「「キャアアアアアッーーーー!」」
「な、なんだああああーーー!?」
「総員警戒! 非戦闘員は速やかに離脱。高台の上も安全ではない! 南の温泉周りの森へ一時避難せよ! 戦闘可能な者は南の温泉周りの安全と海岸線の確保を優先。詳細はアーロンの指示に従ってくれ。ケヴィンは見張り小屋へ向かい、何が起こったか調べてきてくれ。可能ならばホーランの消息も確認して欲しい。」
突然のことに動揺する皆にゼインが指示を出し、それぞれが己を取り戻す。
「私も高台へ上がります」
眼帯を外し、ケヴィンに同行する事を申し出る。
「分かった、くれぐれも気を付けてくれ」
「ティーダ、ママとリィナに付いていて下さい。襲いかかってくる者に対して、容赦する必要はありませんが、あなたは初陣です。逃げても構いませんからね。生き残りなさい。多少の怪我は治して上げます」
「はい! パパも気を付けて」
ティーダの返事に頷いてやり、ケヴィンとともに岬の崖へと走る。
南進し、南の森に突き当たったところで森に沿って進むルートをとることにした。少しでも身を隠しながら近付くためだ。
村の境界の柵を越えたところで、【地図】の範囲に見張り小屋が入ってくる。
「血のニオイさ。嗅ぎ覚えがあるさ。ホーランのに間違いねぇさ」
「崖の上から? 下から? どちらからか分かりますか?」
「まだ遠くてよくわかんねぇさ。風向きとしては下からのはずさ」
「急ぎましょう」
更に走り進むと【地図】に光点が浮かぶ。数は10。高低差もあり、1つは崖の下だった。
「崖の下に何かいます。ホーランだといいのですが──。辿り着く前に此方が上の連中に見つかりそうですね」
「ヒュー。そこまで分かるようになったさ? もうすぐ森の切れ目さ。先に上がって倒しちまった方が早いかもしれんさ」
「分かるだけで9です。普段人鬼の襲撃はどれくらいの数で来るので?」
「50はいるさ。だから後続はあると見ていいさな。2人で9体はちょっと厳しいさ」
「ケヴィンは何体くらい同時に相手を出来ますか?」
「男だったらタイマンさ! ──ゴメン。若い個体でも2体がやっとさ」
斥候として出てきている分、彼我の戦力差は有りすぎる。
かなり離れた状態で血のニオイが分かるほど、ホーランは出血している。
【地図】に光点が現れている以上、生きてはいるのだ。手遅れになる前に何とかしたい。
アーロン達を待つにしても、高所を取られている現状は圧倒的に不利だ。20mの落差があれば投石だけで致命傷だ。
「取り敢えず、その9体を始末しましょうか。それで相手が怯んでくれればよし。その間にホーランと合流しましょう。駄目だったとしても、ホーランが救えず、村への危機がある状態は、何もしないときと変わりません」
「お、おう。でも勝算あるんさ? おれっちたちがヤられたら、何もしない方がこっちの戦力維持できるさ」
「まずは上に登ります。殺します。以上です」
「よし、わかったさ! ──ってならないさ!」
「しー。大声出すと見つかります。時間との勝負です。ホーランをお願いできますか? 下には行かないようにしますので」
「んぐ、分かったさ。でも登るのに時間掛けちゃ──」
同意が得られたので崖の下へ急ぎ、【土魔法】で壁面に階段を作り上げる。
高台に上がりきったところで、更に【土魔法】で縦穴を作りドーム状の屋根を付ける。覗き窓を開けて簡易トーチカの完成だ。
最寄りの目標まで500m。
虚子の
なるほど、確かに人鬼だ。
装填する弾頭は鉄の通常弾。
魔核を撃ち抜けば、爆発で警戒を誘うからNGだ。
崖下のケヴィンに【照明】で合図を送る。
戦闘開始だ。
【地図】とマナ
弾が滑らないよう、曲面に対して垂直に入るように射線を調整する。
──狙い撃つ。
ほぼ無音で放たれた弾丸は、狙い通り目標の頭部へ吸い込まれ、血の華を咲かせた。
すぐさま装填し直し、人鬼の動向を確認する。
最寄りの2体が倒れ伏した個体へ駆け寄る。更に2つ、華が咲いた。
慌てて残りの個体が駆けつけようとするが、射線が取れる手前で止まってしまった。
勘付かれたか──。
早すぎる。知能は高いと見える。
ケヴィンはホーランの元に辿り着いたところだ。まだ釘付けにする必要がある。
殲滅は出来なかったが、足止めは出来ている。
マナの制限を掛けなければ、残りの6体くらいはどうとでもなるが、その後に40体以上控えているとなるとかなり厳しい。
相手は人鬼、ホーランがいることを知ってか知らずか、見張り小屋を吹き飛ばした。危害を与えてくる存在ではある。
だが今のように、一方的に攻撃をするのは気が引ける。
見張り小屋を吹き飛ばしたのは1体だけで、他は止めようとしていたのではないか?
暴徒の巻き添えとして、無害な個体を殺害してはいないか?
会話は出来ないと決め付けていなかったか?
隣人にはなれない相手だったか?
相手の事情はどうだ?
攻め込むに止まない事情があって、助けて合うことは出来ないのか?
専守防衛の意識が、これ以上の攻撃を躊躇わせる。
これで相手が引いてくれるなら──。
ケヴィンがホーランを抱えて森との境目まで戻って来た。
【照明】で合流要請されたので、トーチカを潰しつつ外へ出る。崖を下りてホーランの容態を診る。
「そのまま抱えていて下さい。すぐに準備します」
意識はないが自発呼吸はあり、頭部を切っていた。
両脚とも解放骨折しており、大量の流血はこれが原因のようだ。
身体が収まるくらいの浴槽を【土魔法】で地面に形成する。海水をベースに作った生理食塩水とアミノ酸と核酸の混合液で浴槽を満たし、改良した入浴剤も加え、分子振動で38℃に調温する。
「この中に寝かせて下さい。頭の傷にはこの軟膏を」
「お、おう。何とかなるんさ?」
「おそらく。周囲の警戒をお願いします」
浴槽の中で脚の向きを整え、【回復魔法】を使う。
生理食塩水で体液の急な減少に対応し、体温の低下も防ぐ。
新たな入浴剤に含まれるテロメアーゼと脱分化因子で細胞の分裂能力を底上げする。
アミノ酸と核酸がタンパク質とDNAの材料となり、脂質と炭水化物は体内の脂肪を元にする。
大怪我から回復すればするほどダイエットに成功していく親切設計だ。戦闘力は上がらない。
頭に塗った軟膏にもテロメアーゼと脱分化因子が練り込まれた濃縮版だ。
もう少し調製して、誰もがマナを通すだけで使えるようになれば、それぞれ回復浴・回復薬と呼んでもいいだろう。
10分ほど掛けてホーランの治療が完了した。
「すげーさ」
「それでもすぐには動けませんから。上の連中は3体仕留めましたけど、残りは健在です。動きは止まってくれていますけど…」
「取り敢えず皆と合流するさ。ホーランはおれっちが背負って──。トモーっち、村の方から悲鳴が聞こえたさ! 急いで戻るさ!!」
ケヴィンがホーラン背負う間に、浴槽の後始末をし、一緒に駆け出す。
高台の上、南側の光点に変化はない。
──北側からも上陸されたのか? 皆は無事なのか?
焦る気持ちを抑えながら、村へと急ぐのだった。
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