第31話 ヤればデキる子なんです

 この世界に来てから、4ヵ月ほど。


 ティーダは日々の活動に付いてきては、じっと作業を見ていた。

 見取り学習をするならと、詳細は伏せながらも何をしたのかは解説しておいた。

 いつかは自分なりのやり方を見つけるだろう。


 身長は1mほど。

 舌っ足らずながらもよく喋るようになり、意志の疎通が図りやすくなった。

 走り回るようになり、季節柄流石に寒いのか、靴を履くことを嫌がらなくなった。

 熊人はティーダ1人だが、様々な獣人の足を見てきた靴屋の猿人は、経験を生かして器用に拵えてくれた。



 リィナの体調はさらに悪化し、食べても直ぐに戻してしまうことが増えた。

 食べたいものよりも、戻さずに済むことが献立を決めた。

 栄養価の偏りのせいか、少しふくよかになったようだ。

 元々見た目の年齢に不釣り合いな体型だったが、更に拍車が掛かった。

 酒は完全に絶ったようで、寝床に紛れ込んでくることもなくなった。

 晩酌しているときの視線が痛い。



 ティアナは村の婦人方と交流を深め、農作業や裁縫、革細工を手伝うようになった。

 獣人の子を産んだ女性が生まれ育った土地を追われ、やっとの思いでこの村へ辿り着き、同じ境遇の者と結ばれて人の子を成すこともあるため、獣人ばかりではない。

 しかしながら、徐々に人の割合は減少していっているのだという。

 このまま人の流入が無ければ、数世代後、50年後くらいには獣人ばかりになると思われていたのだそうだ。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 季節も盛冬を過ぎた。


 秋までに蓄えた食糧に、僅かながらの冬野菜が加わる。

 ようやく船が完成し、旬を迎え、顔触れを変えた魚介が食卓を彩る──ように日々修練を重ねる。


 船は単胴に舷外浮材アウトリガーを付け、帆柱マストを立てて帆を張れるようにしてもらった。

 ただの手漕ぎボートが主流の中では、異様に映る。


 【水魔法】で水流を作り、【風魔法】で大気を送って帆を膨らませ、船を湾の外へ運ぶ。

 虚子のソナーで魚影を探し、竿を振るう。

 釣竿は木の棒の域を出ないが、糸はポリエチレンを合成し、ティアナの協力の下、撚糸したもの。針と錘は村で分けて貰った物だ。


 餌の付いた針は【水魔法】で目標の目前へ泳がせていく。


 糸を直接操作できないか考える。


 動力源を何にするか──。

 勿論糸そのものに動力はない。

 外部からの力で動かすことになる。

 纏わせたマナを何かに変換して反作用を生み出す。


 何かは何だ?

 水の流れを察知できる目標に対して、如何に糸の意志を感じさせないか。

 餌としての動きとして違和感のないもの。

 水の抵抗に対して推進力を与える程の質量をもったもの。


 水──でいいのでは?


 思考の先は単純明快。考える必要性を疑うものだった。

 マナの消費を考えれば、水を生み出し噴射するのではなく、船を動かしたときのように周囲の水を操り水流を作る。


 糸そのものをマナのパスと同一化し、先端部で極小の【水魔法】を発し、進路を調整していく。地上であれば【風魔法】で同様のことが可能だ。

 操糸術はこの2つの魔法で実現できる。


 魚影に近付いたところで、生きた小魚や海老に見えるように海流を操作する。


 目標が餌を咥えたところで竿を引き、針を食い込ませる。


 リールを回し、糸を巻き取っていく。

 突然の口元を引く力に抵抗し、此方の船を引き回す勢いで目標は暴れ出す。

 糸が切れないように、竿が折れないように、ときには糸を伸ばし、ときには引き、海の漢の真剣勝負が繰り広げられる──。


 ──わけもなく、針を食い込ませたところで、電撃を見舞う。


 電源は【風魔法】で帆を膨らませたとき、大気の中に生じる摩擦で得られた静電気。

 一時的にマナへ変換して溜め込み、糸を通じて目標へ解き放つ。

 一撃で失神させることが出来なかった場合、錘に付けた爆薬を切り離し、海流で運んで炸裂させ、衝撃波で脳を揺らして気絶させる。


 気を失った目標を引き揚げ、首と尾に刃を入れ、血抜きをすれば、ほどなく【収納】できるようになった。


 漁を繰り返す内、操糸の無駄が減り、消費マナも減少していった。


 結論。異世界のビリ&ガチンコ漁に竿は不要。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 村へ戻り、適当な東屋を借りて釣果を捌く。


 魔核はあれども小さく、マナを取り出したりすることには不向きだが、別の使い道があるとのことで、不要であればと回収する籠が用意されていた。

 1mを超えるサイズにならないと、満足な魔核は採れないとのことだ。


 漁師仲間に訊きながら、酒盗や塩辛にしたり、肝焼きにしたり料理の腕を磨いていく。冊にするのも上手くなった。


 生魚を刺身で食べることは、寄生虫の問題から忌避されてきたそうだ。

 “渡り人”の持ち込む文化にも限界はあるのだと思い知らされた。

 漁法もあってか、虚子走査スキャンで寄生虫が確認された場合でも、生存してはいなかった。それでも寄生虫の生死に関わらず、見付かった場合には加熱して食べることにしている。



 魚醤の作り方も教わり、【土魔法】で甕を作って仕込み、自室のある地下室に新たに保管庫を用意して漬け置き熟成させる。

 半年後、夏を迎える頃には、ろ過して使えるようになるはずだ。



 塩も海水から3種類作った。

 まずは湾の外に出て、甕に海水を汲む。

 保管庫まで持ち帰り、甕の中に【照明】を出す。

 明るさや色、強さを変更出来るのだから、波長の変更も可能なはず。

 設定する波長は253.7nm、領域はUltra-Violet──殺菌灯だ。

 一昼夜放置した後、布を数枚重ねにして、ろ過をする。


 その後、【水魔法】で水だけを抜いた原塩、【水魔法】でNaOHだけが残るように水分を抜いた精製塩、原塩を釜で加熱焼成した焼塩を1甕ずつ作り、小分けしたものを炊事場へ置いた。


 その感動を、わかちあう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 漁で得られた知見から、【風魔法】の操糸術を戦闘用に使えないか検討する。


 釣り糸にも利用しているポリエチレンの糸を、突風に乗せて標的の丸太にぶつける。


 糸が絡みついただけだった。


 相手が生身の人間であれば、切り傷くらいは付けただろう。

 丸太には特に効果はなかった。


 【風魔法】の代名詞ことカマイタチ──真空の刃もぶつかった瞬間に霧散して、揺らがせることすらなかった。


 刃の強度が低いのかと強度を上げれば、それは最早マナの刃だった。

 ぶつけてみれば、どこかで見たことのある【風魔法 (仮)】だった。滅茶苦茶睨んでいるんですけど。


 刃をいろいろ変えてみる。


 ポリエチレン糸の表面に炭素の結晶──ダイヤモンドを現出させる。


 先よりかは傷を付けられたが、決定力に乏しい。

 外すときに糸を引っ張ると、より多くの傷を付けることに成功したが、長くなる程糸は切れやすくなった。ダイヤモンドが丸太に食い込み、根掛かりした状態だ。

 対策に糸を太くするが、動きは遅く視認性も上がってしまった。


 また、手で引っ張って切り裂くため、相手に気付かれたら綱引きになり、日中の実用性は皆無と言えるが、黒く塗り潰しておけば夜間は暗殺用に使えるかもしれない。



 いっそのこと刃そのものを投げようと、石英ガラスで手裏剣を作って投げつけてみた。


 うん、割れた。知っていた。風を切って飛ぶんだもん、【風魔法】関係ないよね。


 【風魔法】の影響なんて精々、飛距離を延ばしたり、命中率を上げたりする程度だ。


 【風魔法】に殺傷能力をもたせるなら、竜巻を起こすくらいしないといけないな。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 もう一つ、大気と海の摩擦で生じた静電気。

 【雷魔法】の修得とも言える。


 【風魔法】により、大気とその中に含まれる塵、水蒸気、波飛沫などに摩擦が起こり、電気的な偏りが発生する。

 電気的な偏りがある程度溜まると、偏りを解消しようと、電子が一度に飛び出す。いわゆる放電現象だ。

 この放電エネルギーをマナとして溜め込み、必要なときに放出する。

 放出されるエネルギーは周囲の電子を一斉に動かし電気が流れる。


 何度か繰り返す内に、溜め込んだ電気エネルギーに代わり、自前のマナも直接電気エネルギーに変換出来るようになった。


 陸上で【雷魔法】を試してみる。


 いやな予感しかしないので、傍らに鉄の棒を立てておく。

 ほぅら、目標の丸太へは飛ばず、鉄の棒に落雷だ。よく見ると先端が少し焦げている。付着していた皮脂が焼けたかな? すぐに握ったりしないぞ。


 ──おい、ティーダ、触っちゃいけません!


 ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああ。



 ──今夜、焼き肉はナシで。



 思った場所へ落雷させるには、基本に立ち返り、目標へマナのパスを通してから放電する。成功だ。


 あとはいつものルーティン

 マナのパスを直接通すと察知されるので虚子で行う。

 虚子を用いるなら、相手の体内で発生させることも可能かな。

 雷撃からスタンガン、低周波治療も出来そうだ。


 【火魔法】では出来ないが、直接脳に電気通せば──アカンやつや。


 神経は微弱な電気が流れて、脳から筋肉を動かしたり、外界の刺激を脳に伝えたりしている。

 任意の運動神経に対して、電流を流して焼き切ってしまえば動きを封じられるし、伝達信号を流せば誤動作を招くことが出来る。

 視神経に割り込めば幻視、聴神経で幻聴と、感覚神経への介入天舞宝輪も可能だ。


 ──禁じ手、かな。


 洗脳を可能にする技術だ。使わないに越したことはない。使わないとは言っていない。

 だいじょうぶだ…おれはしょうきにもどった!

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