第30話 タオル一本あれば混浴も恐るるに足らず
その晩、
湯温は41度ほど。冷えたからだには熱めに感じるが、慣れてしまえば長湯するにはちょうどいい。
3分ほど沈めたところで、
爪は硬くなりはじめ、歯も乳歯が生え揃っている。
裸足で過ごすことが多いため、足裏の肉球は硬くなり、足の爪には土が入り込んでいた。備え付けのブラシがあったので、獣人には付き物なんだろう。
硫化水素のニオイに風呂好きのリィナは駄々を捏ねたが、ティアナ、ティーダ親子は気にせずに入ってくれた。
実際、硫化水素は中毒を起こす事もあるので、あまり長湯は出来ない。湯温がちょうどいいだけに残念ではある。
ティアナがチラチラ見てきますが、覗きはしないので安心して欲しいですね。
此方は見られて困ることもないですが。
夕食は歓迎会となった。
魚介の磯焼きが中心だが、肉料理も沢山振る舞ってくれた。
この世界に来てからというもの、食べ飽きた感のある肉料理だが、味付けが今までとは異なった。
海水から作られた塩は旨味が豊富で、クセのある茶色い液体は魚醤だ。海に近いことの利点がよく現れていた。
ダンの村にはなかった芋類が食卓に並ぶ。
そして酒もこの芋を原料としたものだった。コチラもクセが強かったが、魚醤や魚介の生臭さに対して、酒の味で上書きしてしまうわけではなく、クセ同士が混ざり合ってしまうでもなく、飲み合わせのいいものとなっていた。
リィナとティアナが此方を凝視している。
リィナは断酒中と言っていませんでしたか? ティアナもまだ授乳中ですから駄目ですよ?
ティーダは美味しそうに焼き魚にかぶりついていますね。口元を汚しながらあむあむする姿は萌え値が高いです。
ティーダに授乳の必要があるのか疑問になりますが、母体免疫や栄養面的には合った方がいいのでしょうね。
お腹が満足した頃、猿人や猫人、兎人と身軽な者たちが舞踊や曲芸を披露してくれた。
猪人や牛人は力強い大太鼓を、馬人は軽快に小太鼓を叩きリズムを刻む。
猫人の女性に手を引かれ、前に出て一緒に踊るが、ステップなんか分かるわけもなく、見よう見まねでついていく。
「無理に合わせず、思った通りに踊ればいいんですよ。まずは自分が楽しむこと。その先で周りが楽しんでくれればいいんです」
ぎこちない動きに爆笑を誘い赤面してしまったが、その言葉に救われた。
一つ深呼吸して、気ままに踊る。
タップダンスだったり無手の剣の舞だったり。できそうな範囲で、テレビで見た記憶を頼りに真似てみる。オタ芸は足が止まるから論外だ。
彼女が優しく微笑んでくれたことで、ぎこちなさは一層なくなったと思う。気が付けば村中の皆で踊っていた。
満天の星と月の下、スヤスヤ眠るティーダを抱えたリィナが芋酒をピッチャーで呑んでいた。2分で
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、北の端に置かせてもらったティアナの家で目を覚ます。
例のごとく、服は脱がされ、茜髪の酒臭い少女が布団に転がり込んでいた。地下室なんですけど?
上がるついでに自室に戻し、サイドボードに水差しを用意しておく。
浮かべる苦悶の表情は二日酔いを確信させる。
リビングでティアナが用意してくれた朝食を頂く。
今日は高台の森の木を倒し、船の材料を調達するとともに、拓いた場所に教会を置きに行く。長のゼインには昨日のうちに許可を取り付けている。
朝の授乳を済ませたティーダに、付いてくるか訊いてみると無言で頷いた。
ティアナにリィナを頼み、家を出る。
遠回りになるが、村の東の船屋を訪ね、船材を見せてもらい、木の乾燥具合を確認する。
木材を用意した後の、船造りもお願いした。将来の釣果や獲物といった食料や、手伝いで返すことになった。
高台に上がり、浜と
海を背にすることで、ステンドグラスに朝日が、夕日は入口側から射し込むことになる。
わざわざ高台を選んだのは、大きな地下室を作るため。村の中には温泉があり、掘ったときに温泉が湧いてしまっては意味がない。
硫化水素は空気より重たく、地下室は一転、ガス室になってしまう。
ティアナの家はそれらを避けたが故の立地だった。
折角なので教会は天に近くという目論見も無くはなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
大体の敷地範囲が決まったところで、木を撤去していく。
手引書には生体不可と書いてあったが、現実は果実や種子、土付きの野菜なども【収納】できる。
以前リナが言っていたように、【収納】するためには、対象にマナのパスが通じているかどうかだ。
つまり手引書にある“生体”は、魔核──マナのパスを妨げられるもの──をもつものと解釈していいだろう。
魔核があり、生命活動を行うもの。その2つが揃うものは【収納】が出来ない。魔核がそのままの死体を【収納】できることから、そのように考えられる。
手引書に記載されていることは、必ずしも正確ではないのだろう。試行錯誤を促していたのも、きっとそういうことだ。
生命活動の定義はどの世界でも曖昧だ。
ダンは間伐した木を直ぐに【収納】していた。切り倒した先、根本辺りに魔核が有るのでなければ、植物はマナを透過するだけの存在と言える。
土付きの野菜が【収納】できることから、魔核をもたない可能性は高い。
仮に魔核を有する植物が存在すれば、より大きなマナを制御する必要があるということ。高濃度のマナが存在する場所や、植物自身に魔法を使わなければ生存できない環境ではないだろうか。
行きつく果てはファンタジー世界のトレントのような存在かもしれない。
教会の建物と広場の用地として、30m四方を拓くことにする。
マナを広げ、範囲内の土を掌握し一気に【収納】する。反発はなかった。
用地内に突如現れたプールの中に、土台を失った木々は音を立てて重なり合って倒れ込む。プールの中に降り立ち、木々を【収納】していった。
【収納】作業が完了したところで土を戻し、【土魔法】で木の根が入り込んでいたところを埋めつつ、地下室を作っていく。
空間を作る分余計になる土は、床や壁面、天井の密度を高くし圧縮強化していく。
地下室の規模は
面積が広くなった分、強度が不安になったため、中央部に柱を作ることにするが、折角なので幾つかトイレを用意して、壁で天井を支えることにした。元いた世界では、災害避難所のトイレ問題は深刻だと聞いた。
下水は高台で新たに処理場をつくることとし、配管部分の形成を先に済ませておく。
貯蔵庫の仕切りや換気口の形成を済ませたところで、地上に戻り教会を取り出す。日は傾き始めていた。
蝶を追いかけていたティーダを呼び戻し、家へと戻る。
少し遅めの昼食を頂き、家の裏手に【収納】してきた木を取り出す。
10本出したところで、場所がなくなった。素直に5回に分けることにする。
【収納】が出来たことからも分かるように、これらの木には内部からマナ干渉する事ができる。
【水魔法】で水分を抜き取り、船材に適したところまで乾燥させていく。
落葉樹であれば問題ないが、常緑樹では葉の水分も抜かねばならず、一手間加わった。
水分が抜けたところで、鉈で枝と根を打ち払い、薪にしていく。
樹皮も浮き上がってきたので、鉈を鑿の用に持ち、金鎚で柄を叩きながら剥がしていった。
こちらは靴底の交換分を除き、燃料にしてしまう。靴底の交換はティアナに教えてもらって目下練習中だ。
10本終わる頃には日も暮れ、夕食となった。リィナの再起動がようやく完了した。
1週間かけて木の処理を済ませ、船造りに掛かり始める。
午前中は高台の開拓、午後は船造りだ。雨が降れば、一日中船造りに汗を流した。
高台の開拓にはゼインの許可の下、アーロンに監修してもらいながら、山の稜線へ向けて道を通すことにした。
いずれ旅立つとき、獣人の村を目指してやってくる人々のことを考えたのだ。
教会から西へ真っ直ぐ進んだところに、ひときわ大きな樹があった。この樹の周りを広場として、各方面へ道を延ばす。初めは自分達がやってきた西へ。
1つ目の道を通すのに2週間。
2つ目、3つ目を通すのに更に2ヶ月要した。
靴底の交換にも慣れ、自分の船も出来、季節は冬を迎えた。
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