第29話 獣人種の読み方はコチラ
麓から上がってきた3名も合流し、自己紹介を済ませ、事情を説明する。
山向こうの森を越えた先にある村が、
不遇にも胎にいた子が
人熊に家族を殺された同郷の者たちに不安を与えてしまうこと。
東にサルやイヌの村があると聞き、目指して旅してきたこと。
「お前ぇら、お伽噺を頼りに此処まで来たんか? たまげたもんだ、コレ」
「最後に外から人が来たのはいつだっけ?」
「もう50年は経つんじゃねぇか? ケヴィンとこの爺さんが最後だったはずだ」
「イヌの村って聞いて来たのに、おれっちのこと
ケヴィンと名乗った狼人が訊いてくる。
「耳が尖っていたことと、顎の発達と釣りがちな目、細めの肉球が狼の特徴です。それらが見受けられたのでもしやと思っただけです。
「むしろ、獣人を見たこともこの子がはじめてじゃな。それまでも襲われることはあったが
「そうでしたか。新たな同胞を我々は歓迎します。朝になったら降りましょうか。我々が見張りますので、ゆっくり休んでください」
「お言葉に甘えさせてもらおうかの。──最近何か気だるさを感じるんじゃ。トモオは何か知らんか?」
年嵩の狼人の男──アーロンが話をまとめ、提案にリィナが乗る。
「いえ、分かりません。──しばらくの間、お酒は控えた方が良いのでは?」
「そうじゃの。飲んでもすぐ吐きそうになっては勿体ないしな。──で、ティアナはいつまでトモオに引っ付いとるんじゃ?」
「いえ、この子がなかなか放してくれなくって。ほら、ティーダあっちで寝よう?」
「だー、だ。パァパ。だぁ。マァマ」
「ちょ、この子ったら何言っているのかしら!?」
「満更でもなさそうじゃの? ワシは先に休むが、明日は早いんじゃからな」
リィナは目を細め、自らの寝床へ戻っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、簡単に朝食を済ませ、下山を再開した。
「我々の存在に気付いたのは、炊事煙ですか? うまく散らせていると思っていたのですが…」
道すがら、昨夜の接触について質問する。
「まぁ、そんなとこさ。見た目は分かんなくなってたけど、ニオイさなぁ。広範囲に広がっても、濃い方目指したら場所は特定できるさ」
「正にオオカミ並の鼻ですね」
「よせやい。褒めたって何にも出ねぇさ」
謙遜するケヴィンの尾は激しく振られていた。ティーダが狙いすます。負けられない戦いがそこにはあった。
ついでなので、2班に別れて接触してきた理由を訊いてみた。
「元々おれっちたちが先回りして、侵入者の警戒をしながら、話が拗れたときには、最悪、武力制圧出来るように伏せておく予定だったんさ。それがいち早見つかるとか、ホント勘弁して欲しいさ」
「麓からの3人は気配を殺さずに、こっちは気配を殺してたんスよ。村一番の隠行使いと自負してたんすけど、自信なくすッス」
ケヴィンに続いてホーランが続けた。
「此奴は規格外じゃ。幾らか異常な奴と思っといた方がええぞ。この子の場合は熊の縄張りの感覚なんじゃろうか?」
「ばぁ、ばぁ」
ティーダの手を取りながら一緒に歩くリィナが茶々を入れてくる。
「見える距離に来たときには、こっち向いて構えてんだもんな。見付かっちまったら警戒させちまうだけだし、後の話し合いも悪くなっちまうから姿を現したんさ」
「ケヴィンたちが一緒にいたものですから、ビックリしましたよ。悪い状況じゃないのは、すぐに分かりましたけどね」
アーロンが話に加わる。
「おれっちたちから攻撃を仕掛けることはしないさ」
「逆に化け物扱いで攻撃されることばかりッス」
「ですから皆で茶を啜っている姿に安心しました。この人たちは客人足り得るともね。──さぁ、見えてきました。あれが我々の村です」
森を抜け、視界が開けた高台に辿り着いた。
崖の先端と言った方がいいかも知れない。
眼下に村が一望できた。
外周は直径で3kmくらい。
境界となる柵はダンの村より頑丈に拵えられており、より強力な外敵を想定しているのが分かる。
見える限りで家屋は100はあるだろうか。倉庫や厩舎も含まれている。森の中にも幾つか煙が上がっているから、樵小屋なんかがあるのかもしれない。
村の東側、数百m程先に砂浜があり、数隻小船が引き揚げられ、係留されていた。魚介が期待できるのか?
砂浜の先、波は穏やかで対岸がそう遠くないことから、湖かちょっとした入江になっているようだ。
今居る高台は南側へ続いており、砂浜を包むように岬を作っている。
岬の上には小屋があり、越えた先を漁で進むときには灯台となるのだろうか。
「それでは行きましょうか。50年ぶりの来客です。皆も待っているでしょう」
高台は北回りに緩やかな坂となり、村へ大回りしながら下って行くことができた。
村の中央は大きな広場となっており、先端に女性像を戴く
村人たちの顔触れは様々で、狼人と猿人に加え、
いずれも人間をベースとしており、耳や尻尾、爪や牙に特徴が出ていた。動物種により、角を持つものもいた。
「西の山を越えてはるばる辿り着いた、トモー、リィナ、ティアナ、ティーダだ! ティーダは熊人の子だ。客人であり、新たな仲間となってくれることを期待している。ケヴィン達の隠形を易々と見破るほどの腕利きだから、ちょっかい出すなら覚悟はしておけ!」
集まってくれた村人たちへ、アーロンが紹介してくれた。
「じゃあ、おれっちが村を案内するさ。その間に飯の用意も出来ると思うさ」
「では、お願いします」
ケヴィンの申し出を受け、村の案内をお願いした。
村は幾何学模様の描かれた方尖碑が中央に鎮座し、方尖碑は東西南北に四面を向けている。
北と東に大きな通りが抜け、北は高台へと通じる坂。東は砂浜へと向かっていた。砂浜の先は海で、魚介も塩も採れるそうだ。ヨシッ!
北側には住居が集中し、西側には厩舎と納屋が、南側には倉庫が集まり、東は船屋と東屋が点在していた。いずれも木造であった。
それぞれ村の外の環境に合わせた配置になっていた。
西側には牧草地と畑が広がり、家畜と農作業具を。
南側は手入れの行き届いた森で、木材の保管・加工と実りを。
東側は防風林を挟んで砂浜と海があり、船や網の修理や漁獲を。
北側は高台へ上り、野生を残す森へ狩猟や間伐を。
獣人たちは種に合った分業化が進み、村全体での協力体制を敷いている。
狼人、猫人は狩猟を、牛人、馬人は農業を、猿人、兎人は漁業を。
勿論、種に囚われず、本人の希望や適性は優先されるそうだ。
自分に何が出来るかを考えながら、村を見て回った。
粗方回ったところでお昼に呼ばれ、午後からは村長直々に重要施設を案内するという。
「儂がこの村で皆を取りまとめとる、ゼインと申します。ざっとケヴィンに案内させましたが、どうでしょう、この村は?」
村長宅でお茶をいただきながら、自己紹介を済ませる。
「機能的につくられているように感じました。北と東への通りを開けているのも、意図したものがあるのですよね?」
「なるほど、誤魔化しようはなさそうですな。昔話をもとに東を目指されたと聞きました──」
サルとイヌが人間と協力し、人鬼と戦っている──。
それは昔の話ではなく、現在進行形だという。
海神の怒りがあった翌日には決まって、襲撃があり、少なからず被害が出ている。
人鬼は海からやってくるため、東側を開き中央の広場を主戦場にしつつ、女子ども、家畜は高台へ避難するため、北側も開かれている。
道をつくることで、相手の動線も絞られるため、防衛はしやすくなっている。
高台の上の小屋は襲撃を見張る物見台を兼ねているとのことだ。
話しながら家を出、村の南側へと向かう。
高台の小屋を仰ぎ見た。
「襲撃ごとに何体かは討ち取っているのですが、次回にはまた同様の規模でやってくるのです」
「何かしらの苗床をもっとるということじゃな」
「ええ、もしかしたらあなた方のように、この村を目指して来る人を攫っているのではないかと、周囲の山々の稜線からこちらを拓き始めたのです。訪問者を先に見付けて保護するために」
西の山々へ視線を巡らせる。
「50年も人が寄り付かなんだ理由も、その辺にあるのかもと考えたわけじゃな?」
獣人たちの接触の早さは、人鬼との争いに起因していた。
「人鬼どもは海の先の島からやってきています。この地を離れてしまえば、此処に奴らの橋頭堡を与えることになってしまうため、より苛烈な状況を生み出しかねません」
皆が首肯する。
「遥々来ていただいて申し訳ないが、出来れば我々と一緒に戦っていただけないでしょうか?」
目的地には到着したものの、ティアナとティーダの生活が確立されたわけではない。
元々、人鬼との争いは伝え聞いていたのだ。そのために用意した武装もある。通用するかどうかは不明だけれども。
「ティアナさん、ティーダのためにも、この村で生きていく意志に変わりはありませんか?」
「はい、皆さん可愛いお耳と尻尾をお持ちですよね!」
なんという冷静で的確な判断力なんだ!!
「そういうわけでリィナさん、どうなさいます?」
「本音ダダ漏れは流すんじゃな──。村に戻るにしても、この体調じゃ難しそうじゃ。暫くは厄介になると思う。その間にお前さんが何とかしてくれれば良いんじゃがな。──ワシの体調も含めて」
「協力頂けるようですね。それでしたら、この場所を隠す必要はありませんね。是非使ってください」
そう言って案内された場所は、村の南側、管理された森の中。開けた場所にポツンと佇む物置小屋のその脇。
秋深く、立ち込める湯気に独特の臭気。
岩間に湛えられた湯は白濁色に輝いている。
「温泉!?」
神は此処にもいた。異論は受け付けない。
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