第28話 熊の子見ていた隠れん坊
森の東、遠くに見える山々を越えていく。
幸か不幸か、岩山ではなく植物に覆われていた。
木々は色付き、落葉するものも少なくない。
視界は通るようになるが、見つけやすいことは、見つけられやすいことでもある。
落ち葉に隠された木の根や石ころなど、足元の不安もあった。
気を張りつめてしまえば、落ち葉や枯れ枝を踏む音さえ耳障りになった。
此処は未開の地。しかし魔法の存在する世界。
いつも通りに虚子を放ち、向こう1kmの生体反応を確認しながら進んでいく。
歩きの達者になったティーダに、即席で革巻の靴を用意するが、憤って愚図ってしまった。
結局、裸足で過ごすことが多かった。肉球は最上だった。
ティーダの成長は著しく、川を遡上する魚を見つけては、器用に爪で掬い揚げていた。
久し振りの焼き魚に涙が溢れた。ティーダ、まぢ天使。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
麓の森で鹿に遭遇する事2回。
長距離を狙い撃ち出来るように、石英ガラスでレンズを作って見たが、透明度や屈曲率、拡大率は良かった。不安だったのは強度だ。
スコープ宜しく、銃身の延長、薬室の手前に置いて試射をした。見事に割れた。まるでゴミのようだ。
レンズを覗き込みながら撃っていたら、今頃大佐状態だっただろう。
発射時、爆発の衝撃波が原因だった。
レンズをマナで保護してみたが、衝撃波は容易く貫通した。
保護強度を上げるも、いっそレンズを形成した方がいいくらいのマナ消費となった。
マナでレンズを形成するも、ガラスが割れる衝撃に頭部を近付けるのはどうかと思い、眼前に形成してみた。
何より腕を持ち上げてレンズを覗き込もうとすると、関節への負荷が凄かった。
結果は失敗。
高精度のレンズを形成するには、かなり集中することになり、慣れが必要だった。
また、視線と射線の差が大きく、直接命中を補正するものではなかったのだ。
弾着観測射撃を行うには十分だが、ワンショットキルが目標なのだから、今回は不適となった。
ただ、弾着観測射撃の発想に至れた点は良かった。
どうせマナを使うのならと、初弾の観測射撃を虚子で行い、補正して実弾射撃を行えばいいのだと思い至った。
標的に向かい人差し指を伸ばし、伸ばした中指を水平方向に折り込み、垂直方向に親指を立てる。
水平・垂直の傾きを見つつ、人差し指から虚子を放つ。
【地図】で対象との距離、射線のズレを確認し修正。
何度か繰り返し、標的へ射線が重なった所で発射し、見事命中した。マナ|照準器(サイト)の完成だ。
その後も試行錯誤を続けた。
発射時には消音・断熱の為に、銃身・薬室周りにマナを張り巡らせて、真空を形成させているが、そのマナに螺旋のイメージを上乗せする。2重のライフリングだ。
新たに構成されたマナのライフリングを【地図】と連動させ、螺旋のピッチを局所的に変えることで、後付けの抵抗を発生させて、曲射を可能とした。
緩やかなカーブを描いて障害物を越えられるようになり、射程を延ばすことも出来た。
螺旋を延長し続け、複数軸の曲射にも成功した。
まるで標的へレールを敷いて、その上を弾丸が飛んでいくようだ。レールガンって|軌条砲(コレ)じゃない。
しかもロスが大きく、曲げる軸を増やすごとに着弾時の威力は減少していった。
筋力トレーニングも兼ねて常時装着している上に、発射時にはマナで覆うこともあり、銃手甲はすぐに馴染んでいった。
時を置かず銃口から虚子を放てるようになったが、手は形作り続けた方が、螺旋の形成精度や命中率が高かった。
渡り鳥の編隊飛行に当てられるようになるには、3日の時間を要し、山の稜線を越えていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
道なき道を進み、下りに差し掛かったところで雰囲気が変わったことに気付く。
「人の手が加わっておるのぅ。木の間隔がちょうどいい按配に間伐されとる」
「足元も踏み均されている感じがするわ」
落ち葉の重なる地面の堅さをティアナが指摘する。
「管理された土地というわけじゃな」
「思いの外、早く村に着くかもしれませんね」
先へ進み、夕日が空を染める頃には開けた場所を見つけることができたので、今日の寝床を用意する。
ティアナの家を出してしまうと標的にされかねないのと、下草を潰したりするため、管理された土地で行うことではないと、敢えなく却下となった。
地中を【収納】し、地下室だけを置換するかたちで取り出せば、逆手順で元通りに復旧することも出来たが、目つきが鋭くなっている人物がいたため、大人しく野営することにした。
南村跡で調達した、煉瓦を並べ簡易式の竃を作る。
直接地面に火を置くと、落ち葉に燃え移り山火事を起こしてしまうし、土の水気を飛ばして、盛大な狼煙を上げることにも繋がるのだ。
竃に火を作る間に、ティアナが食事の支度をし、リィナは上空で炊事煙を散らす【風魔法】の準備をした。
寝床には鹿や猪の毛皮を敷き、外套を掛布にする。
戦闘のできないティアナたちには、横になることを勧めると、着替えを畳んで枕にしていた。
見張り役は、すぐに起きられるように、座り姿勢で休息をとる。
夕飯を終え、リィナと交代で焚き火の番をする。
夜半を回った頃、ティーダがムクリと起き上がり、周囲を見回す。
ティアナを求めているのかと思いきや、一点を見つめたまま止まってしまった。
ただならぬ様子に、虚子を放ち索敵の網を更に細かくする。
麓から上がってくる光点が3つ。
ティーダは別方向を向いていた。
「──パパッ!」
「──っ! はいっ!?」
咄嗟に鉈を取り出し、ティーダの前に立ちはだかる。
追加の光点は3つ。途轍もない速度で近付いてくる。
「よっと」
ガサリと音を立て、男たちが姿を見せる。
鉈を握り直し、警戒を強める。
「待て待て、こっちは戦う気はないさ。そっちの子は
「いえ、付き添いです。そちらの木陰に居る方も出てきていただけますか?」
言いながらも焚き火を光源に重ね、【照明】を使う。
今居る広場を中心に、半径10mを色の識別が出来るほどの明るさにする。
現れた男たちは頭の上に尖った耳をもち、犬歯は少し長いくらい。爪の鋭い裸足は、走りとともに、蹴りも強力なものを連想させる。
前に出た男の、此方を宥めるように出された手には、少し固そうな肉球が光っていた。いや、光っていたのは鋭い爪だった。
長い毛に覆われた尻尾がユラユラと揺れる。催眠効果とは卑怯なヤツだ。
「おーい、出てきてやれさ。やっぱりバレてるぞ。このままじゃあ話が進まねぇさ」
「へーい。おっかしいな~」
音もなく木の上から人影が降りてくる。
見た目は人間と大差ないが、額は狭く、手指が長いか。足にも拇指対向性が見られる。
此処からでは尻尾があるかどうかは分からない。無能め。
「あなた方は
「おう、よく分かったさ。って、この耳さ? その物騒なモンを仕舞って欲しいさ。話をしようさ」
「分かりました。此方にも争う意志はありません」
鉈を仕舞い、右手を差し出す。
狼人の男は眉尻を下げ、尻尾がだらんと垂らした。
会話を求める姿に敵意は感じられなかった。決して肉球が触りたかった訳じゃない。銃手甲で感触なんか分かったもんじゃない。──クソッ!
「助かるさ。もうすぐ里の連中も合流するさ。一緒に待ってもらって良いさ?」
差し出した手を握り狼人の男が言う。
「構いません。寧ろ訪ねてきたのは我々の方ですから」
3人を焚き火の当たる場所へ誘導する。
ティーダが膝辺りを掴み、此方を見上げていた。
抱き上げて、顔の高さを揃えてやる。
そっと肩に手を置き、此方を見てニコリとした。ティーダ、まぢ天使。
「お前さん、顔が緩んどるぞ。しっかりせい。まさか本当にパパになってしまうんじゃなかろうな?」
隣に来たリィナが声を掛けてきた。
起き抜けのティアナは寝ぼけ眼を擦っている。
さぁ、セカンドコンタクトだ!
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