第27話 かわいいは正義
「サトルのやり残したことを達成する機会が巡ってきた。ほんの些細な理由じゃ」
「好きだったのですね」
「どうじゃろうな。自覚する前に居なくなりよったしなぁ。魔法を教えてもらっとったときなんかは、魔法使いとして憧れたりはしたな。──妬いとるのか?」
「いえ、別に」
「素直に言うんじゃ。ホレ、ホレ」
語る内に酒も回り、絡みが強くなってくる。
ティアナはティーダのミルクと共に離脱した。羨ましい。
「──まぁ、いい相手が見つからん場合、そんな未来も悪くないと思える分には好いとった」
「ご結婚されたドワーフは、助けてくれた方ですか?」
「そうじゃ。隻腕の
真っ赤になって頭を振る。
「その時の子がリタさんですか」
「うむ。結局リタが生まれてからというもの、過剰なパパっ娘で常時旦那にベッタリじゃったから、後にも先にもその一回じゃ」
「リナさんはお酒が入ると前後不覚になるように見受けられますが?」
「何をぅ。こう見えても身持ちは固いんじゃ。馬鹿にするでない! ──まぁワシも未亡人になってもう10年以上経つからな。いい男がいれば、二度目の春もありじゃな」
肩を見せながら、ウインクして投げキッスをしてみせる。時代を感じる。
「そうじゃ、ものはついでじゃ。お前さん、ワシの身体に何をしたんじゃ?明らかに若返っておる。杖も完全に不要になった。それこそリズと同じくらいじゃ」
「【回復魔法】を使っただけですよ?」
「阿呆抜かせ。殆ど白くなっていたが、元々ワシの髪は栗色じゃ! 【回復魔法】でこんな真っ赤になってたまるか! エドガーのときも明らかに通常の【回復魔法】とは違っとった。どんな魔法を使った?」
「落ち着きましょう。ティーダが起きちゃいます」
興奮するリィナを宥める。
「すまん。──普通、【回復魔法】は当人の自然治癒力を強化するだけじゃ。受け手が年を重ねるほど、効きは弱くなっていく。切れた神経を繋ぐのも綺麗な切断であれば、治る見込みもあるじゃろうが、エドガーの腕はぐちゃぐちゃに潰れたはずじゃ。切り落としても不思議はない程じゃがどうじゃ? 村を出るときには弓の練習をはじめとった」
憔悴した様子で質問を重ねてくる。
「【収納】は義手越しに成立するかご存じですか?」
「? 質問の意図が読めんが、義手──というか、棒を括り付けただけの補具でも【収納】はできるぞ。昔ドワーフの酒場に来た客で使っていたやつがおった。事故で腕を失ったが、身体のバランスを取るために着けたと言っておった」
「──幻肢痛という言葉があります。事故などで失われた手足から痛みを感じるという症状のことです。私はそれが魂の形と肉体の形の差が生み出す歪みによるものと考えました。そして【回復魔法】に応用しただけです。魂に形を聞けば肉体の形を戻せるのではないか、とね。ですから、リナさんのときもエドガーのときも、使ったのは本当に【回復魔法】です」
「だとしても、明らかに回復力が違いすぎる。現にワシは若返っておるし、髪色も違っとる。なぁ、ワシの身体に残された治癒力はどれだけじゃ? このからだ、いつまで使えるんじゃ?」
「──すみません」
「ダメ──なのか…。ワシはサトルの目指した景色を見ることはできんのか?」
「いえ、それくらいは大丈夫です」
「気休めはいい。正直に言ってくれ」
明らかに消沈する。旅程は往復でひと月の予定なのに──。
「まず、若返った理由ですが、分かりません。恐らく魂の記憶が若いのだと思います」
「60年付き合ってきた身体じゃぞ? 魂も一緒に年を重ねているに決まっとる!」
「たとえば。たとえばですよ。仮定の仮定です。あの日の少し前に、昔を思い出すような経験をしませんでしたか? ちょうどその年頃のことを夢に見たとか」
「なぁ──あっ!」
また真っ赤になり両手で顔を隠し俯く。喜怒哀楽が面白い。
「心当たり、あるようですね。全身が若返ってしまったのは本当に分かりません。髪の毛の色が変わってしまったのも」
「寿命はどうなんじゃ?」
人差し指と中指の間から覗いてくる。見てませんアピールは使いどころが違いますよ?
「少し長くなりますが、宜しいですか?」
「構わん。明日起きられんかもしれん不安はもう嫌じゃ」
手を除け、決意の籠った眼差しを向けてきた。
「寿命はありません。ゼロではなく無限です。あくまで理論上ですが──」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私たちの身体を構成する細胞には、分裂回数が決まっていると言われています。
細胞には身体を作る設計図──遺伝子があります。
この設計図を束ねたファイルを染色体といいますが、コピーするごとにいくつかページが減っていきます。
ページが減ってしまうと、設計図がなくなってしまうので、その細胞は次に進むことができません。寿命を迎えるわけです。
なので、減ってもいいように、あらかじめ余分なページが含まれています。この余分な部分をテロメアと言います。
勿論このテロメアも減っていきますし、無くなってしまえば設計図が失われます。
ただ、このテロメアを増やすことができれば寿命を延ばすことができるわけです。
テロメアを増やす酵素をテロメアーゼと言います。
特殊な環境下でしか働きませんが、寿命を延ばす妙薬と言えます。
エドガーの一件があった後、入浴剤としてお風呂ではたらかせました。
膝の調子が良くなったでしょう?
だから私を庇うことが出来たんです。
皮肉なもんですがね。
テロメアーゼの働くお風呂に入っている間は、即死するようなダメージがない限りは回復出来ます。
自然治癒力を使い切ったことわけじゃなく、無尽蔵の自然治癒力が備わっているのです。
因みに、全細胞で15歳くらいになっていますので、遠慮なく子を成してくれていいです。
魔核は成長したままですし、そこに若さが加わっていますから、魔法の力は更に上がりますよ。
肝臓も若返っていますが、お酒は控えて下さいね。
テロメアの話が始まる辺りでうつらうつらしていたので、いくつか端折りましつつ、一応最後まで説明はしました。
いい顔して寝ていますが、試験に出ても知りませんからね?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
森の東側に出る頃には旅程の半分、1週間が経っていた。
大きな変化が訪れた。
ティーダが歩けるようになったのだ。
生後2週間といったところ。
まだ伝い歩き程度だが、人間の子で1歳くらいに当たる頃なので、明らかに成長が早い。
野生の動物では、生まれて数時間で歩き始めるものもいるので、それに比べれば遅い方か。
二足歩行であることを加味しても、野生動物に近い成長か。
歯も生え始め、んまんま、あばばと、喃語を発する機会も増えた。
人の子で考えていたため、あまりにも早い成長に、服の準備が間に合わなかったのだ。
足を止めること2日。
リィナとティアナの2人で、シャツとズボンを縫うことになった。
苦戦したのは人には付いていない尻尾。
尻尾穴を大きくすると、お尻の割れ目がコンニチハ。
ギリギリを攻めるも、尻尾が立ち上がるとコンニチハするのは避け難いようだった。
スカートで隠すことを提案したが、「「こんなに可愛いモフモフを隠すなんて勿体ない!」」と力強く否定された。確かにモフモフは尊い。
尻尾の試行錯誤に加え、先の成長分も含めてティーダの服を縫う間、家の拡張に精を出す。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ティアナの家は炊事場にリビング、主寝室と、将来は子ども部屋になる予定の客間があった。
主寝室は元来部屋の主であるティアナが使うことで満場一致し、ティーダも一緒に寝ている。
客間にリィナを充てがい、自分はリビングのソファを仮の寝床とした。
いつまでもソファで寝ているのは身体的にもキツイものがあり、2人にも気を遣わせてしまうため、自室を作るところから始めた。
材料は教会の地下室。
非常時のシェルターを兼ねており、強度は抜群。高さは3m確保され、広さは50帖ほど。
村人50人全員が逃げ込むとなると、少し手狭だが、4人で生活するには十分過ぎる。
非常食を備蓄する保管庫も併設されており、干し肉や麦が蓄えられていた。
南村の住人の残した物なので、中身はすべてダンに渡してある。
最も、家自体を【収納】で持ち歩くため、保管庫の有用性は限りなくゼロに等しいが、ベッドを置く部屋としてはちょうど良かった。
50帖にベッド1つは明らかに不釣り合いだ。将来的には研究室や書斎などを仕切って作りたい。
次に風呂だ。
材料は工房から拝借した。
南村にもダンの兄弟弟子がいて、鍛冶長をしていたのだ。
規模の違いこそあれ、工房の造りも基本的には同じで、修行中に風呂の魅力に憑かれたのだろう。
大浴場という大きさではないが、2人一緒に入ったとしても十分な広さのある湯船が用意されており、工房ごと接収させてもらったのだ。
設置するのは炊事場の近く。
薪の置き場所を共有できるように窯の位置を決め、湯船と浴室を取り出した。
母屋に通路となる戸口を作り、回収してきた建材を使い、脱衣所を作って浴室と繋げた。
家自体は風呂のある生活を想定していたものではないため、貯水槽が小さく、風呂を賄える能力はなかった。
人熊を倒したときの要領で、【土魔法】を使って外に貯水槽を作り出した。
【水魔法】で水の移動はできるし、後々ポンプを付ければマナを使わずに済むだろう。
追い焚き式なので、一度水を張ってしまえば、抜くのは掃除のときくらいだ。
掃除も【水魔法】で水だけを抽出して貯水槽に逃がし、残った汚れを洗い流せば完了する。
水は日々の使用、蒸発分を補うだけだが、水源に遭遇すれば積極的に補充しておきたいところだ。
試しに湯を張り、入浴剤も用意したところでリィナに感づかれてしまった。
一番風呂は敢えなく奪われるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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