第26話 犯人は太郎

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 初めて黒髪・黒眼と会ったのは今のリズと同じ頃、15になってすぐじゃ。

 住んでいたところも、もっと中央に近く、ずっと栄えた町じゃった。今は都市と呼べるくらいになっているじゃろうか。


 実家の酒場兼宿を手伝っていたら、見たことのない衣装に身を包んだ男が戸を叩いた。


 現れた中年の男は世間どころか常識知らずで、はじめは得体が知れないと、近寄るのも億劫じゃった。

 “冒険者ぎるど”がどうとか“だんじょん”がどうとか、聞いたこともない言葉を並べ立て、知らないと答えるとあからさまに落ち込みよった。


 こっちは客商売なだけあって、日々の生活も天候や盗賊、ゴブリンなんかに左右されたんじゃ。冒険する前に安定が欲しかった。


 “てんぷれちんぴら”とか“だんじょんの出会い”とか、更に分からん言葉を未練たらしく零したかと思えば、玉子と酢と油を分けてくれってガチャガチャ混ぜて「コレがマヨネーズだ!」って。


 うん、知っとった。


 大昔の『賢者』が広めたって有名じゃったもん。しかも地味に美味しかったし。練習しとったんじゃろうか?

 父親の料理で一喜一憂して難儀な奴じゃった。


 落ち着いた頃、この世界のことを教えて欲しいと言ってきおった。あんたはどの世界の人間なんじゃと、小娘ながら思ったもんじゃ。


 其奴の名はサトルと言った。

 サトルの質問に答えられる範囲で答えていった。


 傑作じゃったのは“れべる”じゃな。

 そんなもんは聞いたことも、見たことも、食ったこともない! って答えたら、ウソだウソだと駄々を捏ねて、「すてーたすおーぷんっ!!」って叫びよった。

 酒場中の注目を集めるだけ集めて、それ以外は何も起こらないことが分かったのか、ついには泣き出したんじゃ。


 結局、丸っと1週間部屋に閉じ籠もって、出てきたときには清々しい顔をしとったけど、部屋に漂う空気はイカ臭かった。

 そりゃスッキリするじゃろうて。部屋の掃除はワシの仕事だったんじゃがな…。


 魔法の練習がしたいと、休み時間に町の外の原っぱへ案内したんじゃが、先にある森を見て「ここかぁ~」って。知っとったんかいッ!

 案内して損したわって思いもしたけど、本当の大損はそこからじゃった。


 いきなり【火魔法】をぶっ放したかと思いきや、森を吹っ飛ばしよった。

 なーにが「基本はコレだよね、【ファイヤーボール】!」じゃ。

 火の玉どころか大惨事じゃ。


 火事なら消してどうこうできたが、一瞬で消し炭じゃ。

 生活の基盤の一つが丸っと無くなって、町の連中は大激怒。案内したワシまで追放処分を食らってしもうた。


 働き手が減ると、姉ちゃんにはしこたまシバかれた。



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 町を追い出されて、方針を決めたんじゃが、先ずは無難に近くの村へ行き、大きめの町を目指すことにしたんじゃ。

 道中、また“えるふ”だ“どりあーど”だのと分からんことほざき、中身を訊いて唖然としたわい。

 森を焼く前に確認することじゃろうと、ぶん殴ってやった。


 ベソかいて煩いから、ドワーフはいることを伝えると小躍りして喜びよった。三十路越えのオッサンが、じゃ。

 当然、進路はドワーフたちの住処へ変更となったんじゃ。


 住処を目指す旅の間も、道を歩けば捻挫はするし、腹を空かせば毒草・毒茸に手を出すし、はぐれたと思えば熊の寝床で雨宿りしておった。



 ドワーフの集落はな、中央から北へ向かった山岳地帯にあって、坑道を掘って住処にしとるんじゃ。

 周りには工房や商店、酒場に宿屋と、交易や火を使ったりする施設が並んでおる。坑道の中じゃ酸欠になってしまうからな。


 集落に着いてからも酷かった。

 長へ面談叶ったと思えば、「ドワーフと言えば酒だよな!」ってワシ以上の下戸が挑んで、ぶっ倒れるどころか、戻しよった。


 ドワーフにとって酒は命の水と呼ばれるくらいに、貴重で有り難いもんなんじゃ。

 それをあろう事か吐き出したもんじゃから、相手は怒り心頭。つまみ出されて、出入り禁止じゃ。


 それで諦めてくれていれば、未来は変わっていたじゃろうな。


 何でもするからと、土下座をするサトルは狂気じみとった。

 後で土下座も大昔の『賢者』が広めたことを伝えてやったら、真っ青になっとったがな。


 サトルは「コウドウで分かってもらう」って穴掘りの手伝いをしようとした。「行動と坑道が係ってるんだゼ!」の一言が無ければ、多少見直していたんじゃがな。


 トモオほど体格は良くなかったが、それでもドワーフと比べると大きい部類じゃ。

 狭い坑道じゃ手足を満足に振るえん。穴掘りの手伝いは碌なもんじゃなかったんじゃ。

 だが汚名返上に急いるサトルは【土魔法】を使いよった。

 あわや崩落の危機を生み出し、殴り飛ばされとった。


 3日寝込んで、起きたときには坑道は完全に出入り禁止で、周辺の施設にしか立ち入りできん状態じゃった。手配書ブラックリストの人相書きは連続殺人犯のそれじゃった。


 そこでサトルは工房に頼み込んで、窯の火の番をする事になったんじゃ。

 ドワーフの金属は【火魔法】で鍛えるんじゃが、森を吹き飛ばすサトルの馬鹿火力が役に立ったんじゃな。

 それでも出禁は撤回されんかったぞ。


 ちなみにその間ワシは、周辺部の酒場で住み込みの給仕をして稼いどった。


 サトルは工房で認められ、ドワーフと親交を深めることに成功したが、そこから先が何にもなかった。

 分かるか?

 故郷を追われ、辿り着いた先がゴールでもなく、ただ会いたかったからだと言うんじゃ。


 もはや何度目の殺意じゃったか思い出せん。



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 半年くらい経った頃じゃったか、サトルが世話になった工房で、仲の良くなった職人が居てな。

 修行を終えて一人前になるから、町の人間とともに新しい土地を拓いてそこで工房を持つんだと言いおった。

 そこの窯で火の番をして欲しいと口説かれて、サトルは付いて行くことにしよったんじゃ。


 ワシは給仕の仕事で食うには困っとらんかったが、如何せんドワーフはワシの好みじゃなかったんじゃ。

 付いて行くことにしたが、そこからもまた大変じゃった。


 町に戻って開拓団と合流するんじゃが、ワシらは追放された身。

 町に入れず外で野宿して、開拓団の準備が整うのを待つ羽目になった。

 いざ合流しようものなら、ドワーフの集落との往復の旅路を合わせても、一年と経っておらんのじゃ。

 ワシも人気店の看板娘じゃったし、ほぼ全員が顔見知りじゃ。気まずいったらありゃしない。


「すていたすおーぷん!!」


 開拓団のちびっ子の中に、サトルのことを覚えていた子がいてな。腹抱えて笑ったわ。


 子どもたちに寝物語として、件のサルとイヌの村の話をしてやってたときじゃ。

 「俺の故郷にも似たような話があるぜ」ってサトルが話をしてくれたんじゃ。


 サルとイヌに加えてキジと一緒に、男が人鬼オーガ退治をするんじゃという。サルとイヌは分かるが、キジは非常食じゃろうな。

 男の名は確か……ピーチジョンじゃったかの?


 他にもサトルはいろんな話をしてくれた。


 熊と力比べしたりする森の男が、金の斧を担いで人鬼退治する話もしてくれたな。名前は……ゴールドジムじゃ。


 木の中から女が出てきて、金持ちに散々貢がせた挙げ句、ウサギに会いに月旅行する話もあった。女の名はファニチャストアと言うそうじゃ。


 お伽噺から、神様の話、風呂の話や子どもの頃の遊びなんかも話してくれた。

 開拓が落ち着いたら、故郷の玩具を再現してやるって意気込んどった。


 そんな昔話をして子どもたちが寝た後、サトルはこっそりと泣いておった。

 故郷のことを思い出してしまったんじゃろうな。


 開拓団の中では一番付き合いが長いんじゃ。少し優しく接してやることにしたんじゃ。

 サトル自身、子どもたちと触れ、大人たちにこき使われ、少しずつ気持ちの整理ができたんじゃろう。

 日毎に落ち着き、大人としての自覚を持つようになっていったわい。


 ゴブリンたちが出てきても、落ち着いて対処することが出来るようになっていった。

 はじめの頃は、外した【火魔法】で池や川を干上がらせとったからな。袋叩きもやむなしじゃ。



 紆余曲折ありながらも、今の村の位置まで開拓団が進んだ頃には、サトルは魔法使いとして皆から頼られる存在になっておった。

 ワシも奴からいろんな魔法を教えてもらった。今でもよく使う【風魔法】とかな。

 威力は月と鼈じゃったが、使えたときには嬉しかったもんじゃ。彼奴も一緒に喜んでくれた。


 開拓団はキャンプを張り、徐々に森を拓いて街道を通し、森の東側で村を作る予定じゃった。

 退路を確保しつつ、切り倒した木材を【収納】できるからの行程じゃな。

 サルとイヌの村に行きたがった奴に感化された阿呆が、団内にかなりおったんじゃ。

 いつか行きたい、来てくれるかもしれない。交易の拠点、旅の中継点にしようってな。



 キャンプが完成し、団内の腕自慢で調査隊を作って森に入ったとき、事件は起こったのじゃ。

 調査隊は2日経っても帰って来んかった。

 3日目、留守番をしていたワシとサトルと他数名で、森に入ることを決めたんじゃ。


 森の中は悲惨じゃった。


 血が撒き散らされているんじゃが、肉の欠片もない。

 戦闘の痕跡はあっても、生存者は終ぞ見つからんかった。

 捜索を諦めてキャンプに戻ろうとしたとき、ソイツは現れたんじゃ。


 深紅に染まった人熊ウェアベアじゃ。

 弓も剣も通じんし、近付けば挽き肉にされた。

 サトルが懸命に応戦してくれたが、使い慣れた【火魔法】でも毛の先を焦がす程度。ワシの【風魔法】じゃ微風にしかならんかった。

 それでも魔法を放ち、牽制しながら後退していくんじゃが、肝心なところで蹴躓いてしもうたんじゃ。


 目の前が真っ赤になった。

 襲い来る爪にサトルが立ちはだかってくれたんじゃ。

 その隙に、一緒にいたドワーフがワシを担いで逃げてくれた。


 【回復魔法】に優れた人間もいたが、見殺しにするしかなかった。

 胸を貫かれて、手の施しようがないのがすぐにわかったんじゃ。

 分かるじゃろう? ──胸じゃ。魔核を貫かれてしもうた。

 直ぐにサトルの身体は輝きだし、大爆発とともにこの世から消えてしもうた。


 サトルを貫いた腕を失いながらも、人熊は生きておった。


 生き残ったワシらはキャンプへ戻り、体制を立て直すことにしたんじゃ。

 奴を殺さんことには、町へ戻るのは危険を連れ帰ることになってしまう。


 倒しきることを選び、キャンプを村へ発展させ、町から来た新たな開拓団と包囲網を作り、長い年月を掛けて森のゴブリンたちと隻腕の人熊を退治する事に成功したんじゃ。


 その後、ワシも子を産み、曾孫の顔まで見るような歳になったが、街道を通すことは出来んかった。



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