第24話 日出ずる処の天子
目を覚ませば、見慣れた光景だった。
寝間着はまたも剥ぎ取られ、茜髪の少女が同衾していた。
いつもと違うのは、かなり酒臭い。
弱いくせに、また深酒をしたのでしょうね──。
祭の空気も手伝ったのだろう。彼女自身の気持ちの整理が付いたのなら、それもいいと思った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
朝食を済ませ、引っ越しを手伝う。
個人の思い入れが強い物は所有権の問題があり、【収納】する事が出来ない。
反面、思い入れのない物で引っ越し先にもあるものは、そのまま家ごと交換となった。
自然と、出来ることは掃除くらいだった。
昼前には作業も終わり、皆で昼食をとる。
そこでリズにイヌやサルの村のことをそれとなく訊いてみたが、御伽噺としても内容自体うろ覚えで、詳しいのはリナだったという。
引っ越した先、リタとダンの家では、以前世話になったリザの部屋を使うことにした。
夫婦の部屋をティアナと赤ん坊が使うことになった。
部屋自体が広くベッドも大きいため、二人一緒に寝ても窮屈にならないことが決め手だ。
リズの部屋に茜髪の少女が転がり込んだ。
年格好、背丈も同じくらいなので、ふとした拍子だと呼び間違えかねない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
4人での共同生活が始まった。
家事は当番制となった。
この世界に来るまで一人暮らしをしていたので、自炊の経験はあった。
料理は問題なかったが、赤ん坊の世話は論外。
少女が最も手慣れていた。
近所の子たちを世話した経験があったため、ティアナが次点。
知識だけの危うさは日常にも潜んでいたわけだ。
洗濯機のない生活は初めてだ。洗濯板でさえ、やはり知識の中の話。
頑固汚れの揉み洗い、漬け置きくらいはするが、最終的には洗濯機頼みだった。
しかし、ここは魔法のある世界。
服の汚れを虚子で
単体原子で放出するのが一番キレイにできるのだろうと思い、実行したら尻を蹴飛ばされた。
魔法への冒涜だと言う。
ちょっと何言ってるかわからないです。
しかしながら、マナの消費が激しすぎるので実用的でないのは確かだ。
適当なところで止め、軽く払うだけで充分にキレイになった。
土汚れなども同じ要領で何とかなるが、心情的にはやはり水で洗い流して、天日で干したい。
汚れの分解も水で流せる塩類で止めることが出来るので、消費マナの節約にもなる。
濯ぎ洗いをした後に、【水魔法】で水球を作る水源に洗濯物を使う。脱水完了。
そのままでも着られるくらいに乾かすことも出来るが、
森の散策や戦闘で引っ掛け、解れていた箇所を走査して復元していたら背中を蹴られた。下着が見えるぞ。
家の管理をするようになって気付いたのは、トイレが水洗式であること。
普段通りに使えていたので、気にもしていなかった。
水源は各家に備わっている水槽からで、定期的に手押しポンプで地下水を汲み上げて補充しなければならない。
今までダンがやっていてくれたそうだ。2軒ともか…。
水洗トイレも手押しポンプも賢者による発明ということらしいが、“渡り人”による伝来だろう。
水の豊かな土地では、一家に一台ずつ普及しているそうだ。
排水の先には村の下水処理場として、大水槽が柵の外の地中に埋められている。
大水槽の底は素焼きの板になっていて、水は透過でき、下には大小の石が層になっており、ろ過され河へ放流されていく。
下流にはあまり住みたくないと思える話だが、元の世界でも同じことをしていると思い至り、考えるのをやめた。
大水槽には飼い慣らされたスライムが居て、汚物を堆肥へと分解処理してくれる。
スライムの体内で再消化されるため、寄生虫の心配もなくなるという。
定期的に堆肥は槽から出され、天日でいくらか乾燥された後、麻袋に詰められ畑へ蒔かれる。
槽内にいるスライムは所謂分裂タイプで、成長すると、一定の大きさで分裂し、数を増やしていく。
放置すると槽内がスライムで溢れてしまうため、こちらも定期的に間引きをしている。
この世界でも例に漏れず、ゲル状の生物で中が透けて見えるため、弱点である魔核が丸見えになっている。
他の物も丸見えだが、気にしてはいけない。透明人間の食べた物はどうなるかなんて、知ったことではない。
他の生き物同様、魔核を貫けばすぐ破裂してしまい駆除が完了する。
魔核を取り出そうとしても、すぐに戻ってしまうらしく、魔核自体も大きくないため、労力に見合わないとされ、破裂させることになっている。
実際にやってみたが、魔核以外の部分を切り離して放置すると、互いに引き合うように合体し元通りになった。
切り離した後、容器に入れて合体できないようにすると、暫くして魔核を持たない方はドロドロになってしまった。アメーバの分裂実験のようだった。
確かに魔核を取り出すのは容易では無さそうだった。
因みに野生のスライムはかなり大きく成長するため、人間も猪も丸呑みされてしまうこともあるという。
このため動物の死体などは燃やして、スライムの餌にならないように、残さないのが原則だそうだ。
それでもたまに大きい個体が出てくるため、ゴブリン同様、定期的に討伐しているらしい。
大水槽の堆肥の取り出しもスライムの駆除も、各家持ち回りで順番にやっているのだが、早い段階で知っておけと立候補する事になった。
魔法を使わずに従事したら上機嫌だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
生き残りを連れ、南村へ向かった。
生活用品の回収に行くのだ。
女たちはリタとダンの家で世話になりつつ、機を見て自立することになるのだという。
そのとき必要になる家財道具や新居の材料など、使えそうな物を【収納】しておくのだ。
身寄りのない子どもたちは、村で子どもがいない世帯で養子になった。
エリックが結婚して部屋が余ったからと、エドガー・シャーリー夫妻も名乗りを上げてくれた。
子どもたちは【収納】が使えないため、養父母が一緒に来ている。
伝令役だったラルゴはダンに弟子入りすることになった。
成人を迎えた頃合いで、足が速いことしか取り柄がなく、それ以外は鈍臭いと言われてきたのだという。
将来的な鍛冶長候補として、生きていくに困らない技量は身に付けさせてやると快諾していたダンだったが、宴の酒が残っていたのか涙腺が崩壊しっ放しだった。もう2日経つぞ。
我が家もティアナ親子の家財道具を回収するため参加している。茜髪も一緒だ。
一人で残っても退屈だからと付いてきた。
子どもたちの足に合わせ、現地で一泊してから帰る予定だ。
道中、エドガーと夕飯用の野鳥狩りに精を出す。
茜髪が【風魔法】をしきりにぶっ放しては、ドヤ顔していた。カマチョか。
エドガーが引き取る子は3歳の女の子で、シャーリーたっての希望だそうだ。
エドガー自身、パパと呼ばれてデレデレだった。孫が生まれたばかりだよな?
南村に着き、各自の家へと散会する。
ゴブリンの襲撃後、生き残りが戻ってきていないかと散策するが、襲撃後の生活臭は何一つとして感じられなかった。
悲喜交々あったが、日が暮れるときには、村中央の教会前に集まり、バーベキューとしゃれ込んだ。
教会はそのまま残っていたため、家が壊されていた者は教会で泊まることに、それ以外は最後の別れにと、自宅で過ごすことになった。
子どもたちは養父母と村での思い出話などをし、涙を流しながらも、現実を受け入れる準備が出来たようだった。
咽び泣くティアナに胸を貸し、震える肩をそっと抱き締めてやる。
赤ん坊を抱いた茜髪は脛を蹴っていた。痛いものは痛い。
解れきれていなかった気持ちに整理がつき、移動と家財整理の疲れもあり、日が暮れきる頃には皆、床についた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜明け前、エドガーと見張りを交代し、【地図】と星の動きを眺めていると、ティアナが赤ん坊を抱いてやってきた。
「おっぱいをあげたんですけど、ベッドに寝かせようとすると愚図っちゃって。仕方がないので散歩です」
「寒いでしょう? 此方へどうぞ」
焚き火のよく当たる席を譲る。
「ありがとう。ちょっと落ち着いたわ」
「それは何よりです。よく眠っているようですね」
「そうなの。抱いていると大丈夫なんだけどね」
腕の中でスヤスヤと眠る赤ん坊の顔を覗き込む。
「ちょうどこれくらいの時間に、私は生まれたんだって。“夜明け”とともに産声を上げたって。そこからティアナって名付けられたの。──この子の名前、そろそろ決めなくちゃね。命を救ってくれた貴方に授けて欲しくもあるのだけれど、お願いできるかしら?」
「突然ですね」
「ふふ。思いつきでもいいのよ。貴方にはその資格があるわ。貴方がいなければ、この子はとっくに天に還されていたもの」
考えている間に、日が昇りはじめ、変わり果ててしまった村へ光が差し込む。
「──ティーダ。私の故郷の言葉で“太陽”を意味します。夜明けより出ずるもの。如何でしょう?」
「ティーダ。素敵ね。──ありがとう。ティーダ、あなたの名前よ」
朝日に包まれ、心なしかティーダが笑ったように見えた。
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