第23話 キジは卵生

 ティアナはダークブラウンの髪を腰まで伸ばし、くりっとした目は茶色。

 ぽってりとした唇が可愛らしい女性だった。

 歳は25になるという。見た目の印象と年齢の差に戸惑う。

 なかなか子宝に恵まれず、念願叶って授かったと思ったらこの騒動に巻き込まれた。


 子は母親似のダークブラウンの髪に、目許もよく似ていた。唇は薄く父親似だろうか。


 形態的な特徴は、掌に肉球のようなプニプニがあり、頭の上に熊のような円い耳が付いている。熊の尻尾も付いていた。

 いずれも血管と神経が通り、生態的な機能も持ち合わせているようだった。


 ぬいぐるみのような男の子だ。

 人熊ウェアベアとのハーフで熊人ヒューベアと言うらしい。

 人熊がハーフだから、ゴブリン成分は1/4でクォーターにあたる。


 爪は未だ小さく、歯も生えていない。ヒトとしての特徴の方が強いが、比較対照がないことも事実だ。


 実際、人熊はほとんど熊だった。

 熊は2足立ちが多少出来てしまうため、骨格的な部分の変化は少ない。

 これが狼などで4足歩行が常態の生物であれば、2足歩行に骨格を変えることは大きな変化と捉えられただろう。


 赤子であるため、マナを通してどうこうするのも憚られた。


 エリックとリザの子どもよりも先に、見ず知らずの子を抱いてしまったのは何とも言い難い。

 ダンの辛そうな顔も、孫の姿が重なったからではないかと思えた。



 赤ん坊を抱いたティアナを連れ、家の外に出る。

 日は沈みかけ、教会の前の広場に人々が集まっていた。

 誰に咎められたわけでもないが、ティアナの足が止まったところで、遠巻きに様子を眺める。


 中央には薪が閉じ傘で積まれ、その脇には棺が大小1つずつ並んでいた。


「今日、このときを迎えるにあたり、多くの命が失われた。残された我々は、明日も生きていかねばならない。強く、そして大きく。大地は大いなる恵みを齎した。明日を生きる糧とし、犠牲者たちを盛大に弔い送り出そう。今日の命と明日の恵みに感謝を!」


「「「感謝を!!」」」


 村長の一人となったダンの言葉とともに、薪に火が掛けられ、棺の前で祈りを捧げていく。

 女たちは、小さな棺の中に手を差し入れ、何かをしているようだった。


 リナの亡骸に化粧をしていると、いつの間にか隣にいた茜髪の少女に教えられた。

 死化粧自体は済ませているが唇や頬に紅をのせて、別れを告げていくのだという。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ここにいたか。ほらコレ。そっちにはコッチだな」


 音頭を取っていたダンが、麦酒の入ったコップを渡してくる。

 身を強張らせたティアナには、果実を絞ったジュースの入ったコップが渡された。


「急で悪いが、明日、家を交換して欲しい。女将さんとこに俺たち家族が入る。トモーは俺たちの家を使ってくれないか。南村の連中のケアだったり、工房だったり、その方が都合がいいんだ。なんだったらそっちのティアナさんも一緒に移ってくれて構わねぇ。風呂はいつでも入りに来てくれていいからよ」


「構いませんよ。その方が私としても気を遣わずに済みます。手伝えることがあれば言ってくださいね。今は薪割り専門ですが」


 確かに急な提案ではあったが、妥当な話で断る理由もなかった。

 【収納】のある世界だからこそできる、即日引越しだ。


「すまねぇな。当面はその子に付いててやってくれ。その方が皆も安心できるってもんだ。──っと、そろそろ戻らねぇと。この後、料理もいっぱい出てくるから、しっかり食ってってくれよ」


 そう言い残して、元いた場所へ戻っていった。再びダンの声が響く。


「皆、別れは済ませたか? 盛大に、明るく、笑って送り出してやろう。リタ、頼む」


「ええ。──母さん。ありがとう。──【宝葬】」


 大小の棺に魔法の炎が上がる。遺体に残された魔核と反応し、遺体のマナを使って焼き上げるのだという。


 炎は一晩中燃え続け、残るには小さな原石──“魔玉”。

 魔核の名残で、カットし磨けば形見の宝石となる。

 魔石とは違い、魔力が封じ込められているわけではないので、宝石としてしか価値がなく、天然石の方が価値は上だ。

 この魔玉を生み出す【宝葬】を使う魔法長と、魔玉を装飾品に加工する彫金士──鍛冶長が兼ねることが多い──が村の長になるのだと、過日リナから聞いていた。


 今正に、リナから次期村の長が引き継がれたのだ。


「──キレイ」


「そうですね」


 小さい棺からは青緑色の炎が、薪の燈赤色を挟んで、大きい棺から青白い炎が上がる。

 空に浮かぶ月は、元の世界と同じく一つ。

 満月には未だ足りないが、落ちきった日に代わり、大きく照らす。


「月にはね、ウサギの森があるんだって。小さい頃ママが話してくれた。東にはイヌとサルの村があって、人間と協力して人鬼オーガと戦っているんだって。悪いことをすると人鬼が攫いに来るの。でもちゃんと良いこともしていると、イヌとサルを連れた人が助けに来てくれるのよ」


 月を眺めながら、ティアナが昔語りを始める。


「子ども心に怖かったわ。悪戯しないようになったし、すごいお手伝いもするようになった。でも大きくなるにつれて、お伽噺だなって思うようになって、いつしか忘れていたわ」


 腕の中で眠る我が子に目を落とす。


「この子が生まれてきたんだもの、イヌやサルの国もあるんじゃないかって、今なら思えるわ」


「あると、いいですね」


「そうね。もう少し落ち着いて、この子の名前が決まったら、その村を探しに旅に出ようと思うの。それまでお世話になってもいいかしら?」


 眼差しには一つの覚悟が見えた気がした。


「構いませんが、急すぎませんか?」


 

「村の子たちがこの子を見ると、きっと人熊を思い出しちゃうわ。だって、私もドキッとするときがあるもの。でも、自分の分身だってことも分かるから、大丈夫。村の子たちにとっては、そうじゃないでしょう? 遅かれ早かれ、出て行くことになるわ。なら、早い方がいいと思うの。冬がくる前に」


 母親の決意に、頭が下がる思いだった。


 楽な旅ではないだろう。

 子を諦めれば、自分一人生きていくことは、それ程難しくはない。

 子を諦めることの方が難しかったのだ。


 産後の心情変化に因るものか、それとも母親としての自覚、元来の母性本能か。

 きっと後者であると、思わせてくれる目をしていた。


 自然と右手を差し伸べていた。


「分かりました。それまでお付き合いしましょう」


「はい。お願いします」


 伸ばした手に温もりを感じた。


 遠くリズが、涙目になっていたが、きっと知らない物語があったのだろう。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 宴も酣となった頃、ボロボロに泣き崩れたダンが男衆にぼやきかける。


「女将さんがよぅ、もっとしっかりしなって、よく言ってたんだよぅ。お前ぇら、こんな俺だけど付いてきてくれるか?」


「バッカ野郎。誰もお前ぇなんかにゃ付いていかねぇよ。リタがいるんだから、誰も不安なんか感じちゃいねぇよ!」


「お前ぇら…」


 オイオイと声を上げて泣き、爆笑が渦巻いた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「お婆ちゃん…。まだ教えてもらってないこといっぱいあったのに、早すぎるよぅ。アタシの将来の旦那様を守ってくれたって、お婆ちゃんがいないんじゃ、花嫁姿を見せられないじゃない。嬉しさ半減だよぅ」


 果実酒を片手に、【宝葬】の炎を見上げる。


「母さんの最後の弟子があなたでよかったわ。魔玉はリズが貰いなさい。指輪かペンダントか、イヤリングなんかもいいわね。何にするか決めておきなさいよ。リザには私から言っておくわ」


「ママぁ~~」


 鼻をすすりながら、リタに抱き着く。

 体格差で母親の方が抱きかかえられてしまっていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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