第20話 五分狩り

 夜が明けて、合同での森のゴブリン討伐が開始される。


 リナの弔い合戦だと意気込んでは、声を震わせていた。


 ゴブリンに襲撃されたとはいえ、巣を探して叩いた訳ではないので討伐は続行。

 残党は払ったが巣に戻っているとも限らず、エドガーを始めとする半数は村に残り、警戒・防衛を続けることになった。


 人熊ウェアベアを跡形もなく吹き飛ばしたことを買われ、正式に鍛冶長になったダンに、討伐隊への参加を打診された。

 リナがあんな事になってしまった責任は自分に在るので、断るはずもなく参加を決めた。

 何よりも気になる点があったからだ。


 村々から【照明】が上がり、討伐が開始される。



 討伐隊は森を進む。

 【地図】にゴブリンの反応はなく、奥へと進んでいく。

 少し進んだところで、班を分けて散開する。

 大半は森の奥へ向かい、行き着いた先で迂回してから、本来南の村が担当する筈だった領域を絞り込むように探索する。

 最初に襲われた南の村に近い領域に巣があるとの見立てだ。


 勿論同時複数の巣が出来ているかも知れないため、村々はそれぞれの安全を確保するために森狩りを行う。

 総力を挙げて一箇所を虱潰しにするわけにはいかないのだ。


 ダンとエリックらとともに南の村方面へと進路を変えて進む。外周側から森の外に逃げ出るのを塞ぐかたちをとる。

 領域的に一番先に接敵する見込みだ。



 太陽が頂点に差し掛かる頃、それは見付かった。

 周囲から3m程下がった窪地。直径は約20m。

 側面に幾つも開いた穴が寝床のようだ。

 中央にゴブリンが屯し、一画にはバラバラになった白骨が堆く積まれていた。


 【地図】に光る点は凡そ50。一際大きな洞穴の中に20、周りに30だ。

 窪地の周囲には敵影はなく、昨日の襲撃が餌を取りに出た狩猟班だったのだろう。


「くそったれ。もう一体いやがるじゃねぇか」


 悪態付くダンの視線の先には、赤毛に身を包んだ4mを超す巨体。


「やはりいましたね」


 人熊の生態までは分からないが、クマの多くは多胎で平均2頭の仔を産む。

 あれだけ強力な個体なら、そのどちらもが生き残っていてもおかしくないし、ゴブリンと群れを形成していたのだから、同じ集団に複数体いることも考えられた。


「高所を押さえている分、此方が断然有利だ。並のゴブリンだったら弓で楽勝だ」


 ダンの目配せにエリックは首肯する。


「問題はヤツだ。トモー、此処からヤツを吹っ飛ばせるか?」


「出来なくはありませんが、洞窟内の生存者に影響が出ます」


 どう攻め込むかを考えるうちに、迂回してきた仲間たちが合流する。

 担当する領域内では此処以外の巣は見つからなかったようだ。


「初撃に弓でどのくらいゴブリンを減らせますか?」


「6~7かな。すぐに番え直して2射目までは当てられるけど、3射目はダメだと思う」


「2射目で突入か。俺がデカブツの気を引くから、皆で残りを任せていいか?」


「いえ、私が当たります。ダンさんはゴブリンを蹴散らしつつ、生存者のいる穴を制圧してもらえますか?」


「分かった。どちらにしろ俺じゃアレを倒せねぇ」


 そう言って皆の了承を取る。


「弓班は2射後もそのまま上から撃ち続けてくれ。登って来たときのことを考えて、近接武器の用意を忘れるなよ。エリック、そっちは任せたぞ。エドガーの仕事を一番見てきたのはお前だ」


 ダンの言葉にエリックが首肯する。


「強襲班は、なるたけ早く数を減らせ。だが無理はするなよ。足を止めてやれば上から仕留めてくれるからな。横同士の連携も取っていけよ」


 各自気配を抑えて散開する。


「一番厄介な役を任せちまったな。ずっと世話になりっぱなしだぜ。この戦いが終わったら収穫祭だ。死ぬんじゃねぇぞ」


 頷き返し、戦闘準備を整えていく。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 鉈と金鎚を左右に握り、マナを練ってそのときを待つ。


 【照明】の発光信号で、全員の準備完了を確認したエリックが、攻撃開始の合図を送る。


 矢の2斉射で動きを止めたのが10体程。内2体が胸を破裂させた。

 段差を駆け降り、動揺するゴブリンたちを斬り、叩き伏せていく。

 3分と経たずに半数を減らした。


 中央付近に居座る人熊目掛けて飛び出し、進路上にいたゴブリンの首を鉈で斬り飛ばす。


 此方に気付いた目標は、一歩踏み出し、爪を振り下ろしてくる。

 右の肩盾を前にして防御姿勢を取るも、容赦なく叩きつけられる爪が肩盾を裂き、肉を抉った。

 続く反対の爪は後ろに跳んで躱し、鉈を薙いで攻撃の波を断ち切った。


 金鎚を握り直し、握力が続いていることを確認し、次の攻め手にマナを練る。


 ガアアアアアアァァァァッ!!

 

 轟く咆哮に、ゴブリンたちが勢い付き襲いかかってくるも、弔い合戦と気迫に漲る男衆は竦むことなく、斬り、叩き、貫いた。


 ──終わりにしようか。


「うおおおおぉぉぉ!」


 裂帛の気合いとともに、脚を踏み出し、地を鳴らす。

 人熊を睨み付け、目線を合わせたところで、再び踵を踏み鳴らす。


 虚子を放ち、人熊を中心に半径2m、深さ5mの円筒形に地面を水に変える。

 分子構成上、増える体積分の差を円筒外周・底面の補強と蓋に使う。


 一瞬で暗闇の水槽に捕らえられた人熊は、訳も分からず浮いた後肢をバタつかせ、藻掻く前肢は壁面に届くが、爪傷一つ付けることなく滑る。

 満たされた水は抵抗となり、生木を投げ飛ばす腕力を殺す。

 酸素を得ること叶わず、徐々に肺を満たしていった──。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 地中への虚子ソナーで人熊の様子を窺う。


 檻が破られる見込みがないことを確認し、終わりかけていたゴブリンの殲滅に加わる。

 

 窪地をクリアにし、人熊の生体反応が失われたことを確認しつつも、ダンの入った横穴へ生存者の救助に走る。


 洞窟内は奥行き10mもないが、中に進むに従って広くなり、外の明かりが届かないところは目を凝らさなければ見えない程だろう。

 ダンと先に突入した仲間たちにより、【照明】が照らされ、物陰に隠れていた者まで討伐は済まされていた。

 

 中には放心しきった女たちと、南の村で飼われていたであろう家畜、そして窶れた熊がいた。

 年齢を問わず、家畜も熊もすべて雌だった。

 女たちは着る物もなく、辺りには性臭が立ち込め、何が行われていたか想像に難くない。


「トモーは初めてか? ゴブリンたちに攫われた女たちはこうなる。所謂苗床だ。殺されることはないが、ずっとゴブリンたちを産ませ続けられる」


 女たちを拭き、布で身体を包み込んでやっていたダンが近付き、そっと教えてくれる。


「此処にいるってことは、ヤツを殺ったのか。大したもんだ。ありがとよ」


「ダンさん! これ!?」


 合流したエリックが痩せた熊を見て呼ぶ。


「ああ、たぶんコイツがアイツ等の母親だ。リウの狩りのときに森に残されていた爪跡はコイツの物だろうよ。後肢に猪の牙の痕もある。やり合って弱ったところにゴブリンどもに襲われたんだろう」


 失した威嚇矢を捜したときのことを思い出す。


「ちょうどあのとき引き返した所の先に当たるね、この場所は。どうする?」


「ここまで弱ってしまっていたら、逃がしたところで生きてはいけまい。食ってやることも出来んが、楽にしてやろう。家畜たちも同様だ。村に連れ帰っても飼育が難しそうなヤツは楽にしてやってくれ」


 男たちは女たちを外に連れて行き、残った者たちで家畜の選別をしていった。


 屠殺した家畜たちは、連れ去られてからの日が浅いため、持ち帰って解体することにし、母熊も被害者であるため、ゴブリンたちと一緒に燃やすのは忍びないと、ダンがまとめて【収納】した。


 外に出たとき、女たちは既に引き揚げられ、男たちがゴブリンを一箇所に集めていた。


「コイツ等を放置すると、スライムどもが増え過ぎちまう。村でも今頃処理してる頃だろう。トモー、昨夜俺を庇ったときみたいに、穴を掘ることは出来るか?」


 問題ないと答え、人熊を葬った水槽へ向かい、蓋の一部を開けて中の人熊を【収納】し、蓋を戻して水槽も【収納】する。

 水槽を作り出したときのマナのパスを辿ればと思ったが、強化した壁面を境に、問題なく【収納】することが出来た。


「流石だな。魔核の処理が済んだやつから、ここに放り込んでくれ」


 女たちを村に連れて行く時間を考慮し、ゴブリンの魔核は破壊し、南の村で奪ったであろう装備品は、遺品となるので取り返しておく。

 準備が出来たものから、水槽跡の縦穴へ放り込まれた。


 間に薪を挟みながら死体を重ね、油を掛ける。討伐の後には死体の処分に必要だからと、ダンが持参したものだ。


 【着火】」すると、勢いよく火の手が上がる。


「これで村の連中にも他の村にも、討伐に成功したことが伝わるんだ。火の番を頼めるか? 別の穴も調べてくる」


 エリックたちに先に帰るよう指示を出し、生存者がいたのとは別の穴に向かい遺品を回収していった。


 立ち上る煙を眺めていると、ひとつ、ふたつと少し遠くの空にも煙が上がり、他の村でも討伐が成功したことを報せた。

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