第14話 新しい命
エリック家族を見送ると、入れ替わりでリナがやってきた。
「“渡り人”らしいね。お前さんも神様に会ったクチかい?」
「どうでしょうか。不思議な体験はしましたよ。そこに神様が居たかどうかは分かりません。この教会が、居たかもしれない神様に連なる場所なのかも分かりません。──ただ何かに感謝したい、その対象は皆さんが信仰するものが良いのかなと。それだけなんです」
「真面目じゃのう。この教会はな、特定の神様を崇めているわけではないんじゃ。それぞれが心の中に抱く神様に、祈りを捧げる場じゃ。説教したりすることもない。祈祷所と集会所を兼ねた場所ってとこじゃな」
「特定の宗教がないのに、教会なのですか?」
「個々人の信仰を守る場所じゃ。ノックもなしに入ってくるガサツな父親がいれば、自室での祈りなんていつ邪魔されるか分からん。各家庭に祈祷部屋を設けられるほど、余裕のある生活でもないしな。教会と呼ぶのは便宜的なもんじゃよ」
それに──、と続けるリナ。
「いずれは子どもたちへの寝物語から、ひょっこり神様が形作られるかもしれん。強力な為政者が現れ、其奴の信じる神様を強制されるかもしれん。莫大な富を築いた者が成功の秘訣として信仰を持ち出すかもしれん。それらはお前さんら“渡り人”かもしれん」
「皆の神様が統一されたときにも使えるように、ということですか」
「予め教会と呼んでおいたら、わざわざ建て替える必要もあるまい」
──本当に先を見通そうとしている。きっと確度も高いだろうな。
「ところで、奥の像は何なのですか? 信仰の対象を示す偶像ってというわけではありませんよね?」
「お前さんはどんな印象を受けた?」
「鳥が翼を広げ、羽ばたいていく姿に」
「うむ。制作者の想いはしっかり届いておるな。その通り、此処で祈る者たちの想いを、それぞれの信じるものへ届ける鳥を模しておる。じゃから、これそのものが信仰の対象にもならず、廃教や改宗を迫られても壊す必要がない。タダのメッセンジャーじゃからな。届ける相手が変わるだけじゃろ?」
「こういった教会や像は他の場所でも?」
「この辺り一帯の村や町じゃ、ほとんど同じ物が用意されておるはずじゃ。それこそ新たに宗教が芽生えん限りはな」
──無宗教が文化として根付いておきながら、他者を受け入れる素養があるのか。
社会学者や宗教学者が見たら何と思うのだろうか…。
「準備ができたようじゃ。祈りが済んだのじゃったら表に出ようか」
リナの言葉に詮無きことに見切りをつける。
姿勢を正して像に向かい、瞑目して腰を折る。
今生きていることに感謝している思いを乗せ、自称管理者へ届けと祈りを捧げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
表に出ると、辺りは茜色に染め上げられ、優しかった風も少し肌寒さを感じさせた。
篝火が焚かれ、集まった人々は麦酒を片手に宴の始まりを待ちわびていた。
麦酒を配り回っていたリズからコップを受け取り、人々の輪へ加わる。
輪の先には台があり、エリックに支えられたエドガーと、赤子を抱いたリザが立っていた。
此方の姿を確認したエドガーと目が合う。
「大体揃ってもらえたみたいだな。はじめに、先日は心配を掛けた。この通り元気に歩き回れるようになっている。皆のおかげだ。ありがとう」
優しい微笑を湛えながら、感謝の言葉を口にする。
「ここにいる倅が子を授かった。知っての通りこのリザが女児を産んでくれた。母親に似て、美人になるぞ。倅のとき以上に目に入れても痛くない」
「惚けるには早いぞー」
「自重しろジジィー」
早速の爺馬鹿発言に野次が飛ぶ。
皆が笑う中、呆れた顔の金髪の女性がおそらくエドガーの奥さんなのだろう。
「コホン。ここ数日、生きるということに真正面から向き合うことになった。俺のお袋が死んだとき以上に考えさせられた」
軽く咳払いをして、気を取り直して話を続ける。
「孫娘の名は“リウ”。新しく誕生した命に、命の名を与えることにした。倅夫婦も快く受けてくれた」
「リウ、おめでとう!」
「いい名前じゃねぇか!」
温かい拍手とともに、リザがリウを抱え上げ、皆に顔見せする。
「そしてもう一つ、考える機会をくれた──俺の命を救ってくれた恩人に感謝を。トモー、本当にありがとう」
「「ありがとう」」
エリックとリザも声を合わせる。
不意に隣にいたリナに背中を押され、踏鞴を踏んで前に出る。
エドガーに手を差し伸べられ、台に上がる。
「村の新しい命と仲間に、乾杯!」
「「「カンパーイ!!!」」」
「新しい命に!」
「新しい仲間に!」
期せずして村の皆に受け入れられ、感謝、労いの言葉を向けられる。
滲みゆく視界の中で、茜色に髪を染めて微笑むリナは、素直に美しいと感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
宴が始まり、料理が振る舞われていく。
肉は香草と塩で味付けられ、野趣が強い物には野菜のソースやビネガーが添えられていた。
凄まじい突進力を見せた猪の強靭な筋肉も、下拵えを見事に施され、驚くほど柔らかい食感に。
麦酒もこの辺りで収穫出来る小麦を原料としており、薫りよくフルーティな甘みに富み、優しい口当たりに杯が進んだ。
村の皆と挨拶し、酌み交わして行く。
酒精も回ってきたところで、ちょうどお開きとなった。
集まったときと同様に、村人たちは三々五々去っていき、主催家族が残された。
先程の金髪女性がシャーリーで、エドガーの奥さんだという。
後片付けの手伝いを申し出たが、病み上がりを理由にエドガーとともに帰宅を命じられた。目を回していたリズの一喜一憂が印象的だった。
「トモーさん、母さんも頼むわね。あまり強くないのに、曾孫の祝いだし、長老でもあるからお酒を断れなかったみたい。──リザもリウと先に上がりなさいな」
麦酒の樽に抱き付く家主を連れ帰るようにリタから指示される。
その右手には逃亡を試みたリズが首根っこを掴まれ、引き摺られていた。夜の帳が降りたせいか、ダンが少し小さく見えた。
5分ほど掛かって樽から引き剥がし、肩を貸すには身長差があったため、背負うことにした。
挨拶を済ませていくと、ダンが声を掛けてきた。
「明日から小麦畑の収穫に入るぜ。体調が良さそうなら参加してくれると有り難い。──女将さんを頼んだぞ」
「すぐそこですから大丈夫ですよ。明日からも、またいろいろ教えて下さい」
「────あぁ。明日は朝飯食って準備が出来たら、ここに集合してくれ。道具もそのとき渡す。──ジャア気ヲ付ケテナ」
「えぇ、おやすみなさい」
妙な間と最後の一言が気になったが、風邪を引かせるわけにはいかないと、家に帰る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
リナを寝室に運び入れ、ベッドに寝かせる。
着替えさせるわけにはいかないので、楽になるように、幾らか服を緩めてやるだけに留めた。
準備の済ませてあった窯に火を付け、湯を沸かしていく。いい湯加減で一度火を落とし、数本薪を入れておく。
【着火】に加え【火魔法】も使えるようになったし、マナのパスの検証から、遠隔でも魔法が使えるようになった。
追い焚きをするのも、格段にお手軽になった。
からだを流し、湯に浸かる。
風呂の準備のときに用意しておいた、特製入浴剤を入れかき混ぜていく。
【回復魔法】の要領で、入浴剤へ自分諸共マナを流し、活性化させていく。
疲れが癒されていくイメージをもちつつ、一つ一つの細胞が生き返るように、全身へマナを巡らせていく。
からだが温まりきったところで外が騒がしくなり、一悶着あったが、実験結果は概ね良好だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「母さん大丈夫かしら?」
「女将さんは大丈夫だ。むしろ心配なのはトモーの方だぜ──」
「何か言った?」
「何も言ってません!」
「──手が止まっているわよ?」
「「イエス、マムッ!!」」
宴の後、夜は静かに更けていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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