第15話 昨夜はお楽しみでしたね
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娘婿の筋肉達磨が朝一番でやってきた。
黒髪・黒眼で【収納】を使わない男が、森で孫娘たちを助けたと言う。
昔受けた恩を返すためとは言ってはいたんじゃが、いざ黒髪・黒眼が現れたと聞かされたときには年甲斐もなく胸が躍った。
会ってみると、背は180あるかないかの30男。切れ長の瞳にスッとした鼻筋は、かつての恩人とは似ても似つかないが、頼りない体つきはどこか懐かしさを感じさせた。
聞き及んだ遭遇時の様子に加え、日焼けもせず、野良仕事と無縁そうな手、行き届いた教養を滲ませる所作と、状況証拠としては十分じゃったし、単刀直入に切り出すことにした。
結果は大当たり。
生きている内にまた“渡り人”に会えるとは思わんかった。
30年前に現れたと思われる“渡り人”は、直ぐに消息を絶ったらしく、会いに行くことも叶わなんだ。
恩を返すと世話を焼きつつ、娘の希望もあることじゃし、孫娘の婿にあてがうよう外堀を埋めていくことにする。
本来なら一つ屋根の下で過ごさせるのがいいんじゃろうが、嫁いだもう一人の孫娘のお産が控えておる。
空き部屋の都合上、ワシの家に同居させるのが良かろうて。
死んだ旦那の遺品整理の名のもとに、使えそうな物をと遺品をくれてやる。芥が一気に片付いた。
薪割りの鉈を欲しがったので、対で作ったという金鎚もくれてやる。さらに片付いた。
それにしても“渡り人”の考えることはよう分からん。
薪割り係の筋肉達磨に、鉈をくれてやったことを告げ、予備を打つよう言っておく。
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魔法の修練の傍ら、雑用をこなしていき、一週間経つ頃には体つきも大分良くなった。
風呂のときにうっかりを装って、バッチリ見たんじゃから間違いない。思いの外でかかった。
【水魔法】の練習中に爆発を起こしよった。本当に“渡り人”の考えることはよう分からん。
吹っ飛んで肋骨をヤったらしい。痛みに眉を顰める表情には少々キュンとした。
【回復魔法】のどさくさで胸板もお触り達成。役得、役得。
此奴が最終的に使った水を作る【水魔法】は、マナに還ることなくちゃんと水として残っておった。
今まで村の連中に魔法を教えてきたが、こんなことは初めてじゃ。
ワシの教えたこととは異なる方法を編み出し、実用させよった。この短期間でじゃ。
マナが枯渇した様子はないのに、酷く浮かない顔をしておった。物憂げな表情に、またもキュンときてしもうた。
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孫娘の出産後、祝いの宴に向けて男共で狩りをするのに付いて行くという。
ゴブリンどもが現れるようになったという話じゃが、筋肉達磨とエドガーが居れば何とかなるじゃろう。
そう思って送り出したんじゃが、戻ってきたときは瀕死じゃった。
頼りにしとったエドガーも重傷じゃった。訊けば皆を庇ったエドガーを救おうと、【回復魔法】の使い過ぎでぶっ倒れたとか。筋肉馬鹿仕事しろ。
エドガーの怪我は骨は辛うじて繋がっていたが、肉が潰れてしまっていたんじゃ。
驚いたことに動かせもするようじゃし、血色もいい。骨は程々にして、血管と神経を優先しおったようじゃった。
切れた神経を繋ぐことはワシも出来んし、魔法を教えてくれた彼奴でも出来んかった。
神経と血管が繋がっておるなら、娘の【回復魔法】でも対応可能じゃ。エドガーは任せて、“渡り人”の容態を確認したんじゃが、酷いもんじゃった。
軽くマナを送ってから家へ運ばせ、部屋の暖炉の準備をさせる。
体温が下がっていたんじゃが、からだを温めるような魔法などないからじゃ。
冬場なら火を入れるのは直ぐじゃが、まだ秋の口にも早い。筋肉馬鹿の出番じゃ。
ベッドに運び入れたところで、服を緩めてやる。
暖炉の準備中もマナを送り続けていたんじゃが、一向に回復せんかった。
長期戦になる──。
そう思い、集中するためにも面会謝絶を厳命して人払いしたが、好判断じゃったと思う。
この年になって同衾する羽目になるとは思わなんだしな。やはりでかかった。
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“渡り人”が目を覚ました日の夕方に、曾孫の祝いが行われることになったんじゃ。
久し振りに大量のマナを使ったもんじゃから、宴は正直有り難かった。
開拓村には必ず建てるようにしていた教会で、祈りを捧げる姿はどこか重なるものがあった。
神様に会ったのかと聞いてみたが、違うと言う。誤魔化している風でもなかったから、確信はないんじゃろうな。
彼奴は「神様に会った」と言って憚らんかった。
彼奴が言うことは概ね間違いがなかった。
だからこの辺りの開拓村にはすべて教会を建ててきた。
それでも神様はいるかと聞かれれば、素直に肯定してやれん。
神様がいるんじゃったら、彼奴はまだ生きていたかもしれん。相当ヨボヨボになっとるじゃろうが。
ワシに多大な恩だけ残してこの世を去ることはなかったんじゃないかと思えてくるから、やはり神様を信じきれないんじゃろうな。
村人たちが過ごしやすくなるのなら、こんなもんでも有った方がいいじゃろう。
受け売りじゃが、教会の将来的な在り方を説いてやったら感心しとった。
彼奴の言うことも満更じゃないんじゃな。
宴のはじまり、エドガーの気遣いもあり、村の中で此奴が認めてもらえるとになったのは僥倖じゃった。
これで終いというわけじゃないが、この世界での基盤を築いてやれたことで、一つ肩の荷が降りた思いじゃ。
何歳になっても、黒い瞳を潤ませている姿にはときめいてまうもんじゃ。
曾孫のこともあり、酒がとても美味かった。
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その晩、久し振りに彼奴の夢を見た。
互いに出会った頃の姿で、ワシは彼奴に背負われとった。
夢なんじゃからお姫様抱っこでもいいじゃろうに、融通がきかんやつじゃ。
それだけ非力な印象が強かったんじゃろうな。
それでも密着出来る機会なんぞ、もはやありはしないと思うと、夢の中でもいいから堪能したかった。
背中に顔を埋め、心音に耳を傾ける。
程よく筋肉の付いた背中越しに聞こえた鼓動は心地よく、自身の鼓動に邪魔されるまで耳を楽しませてくれた。
いつの間にか場面は変わり、実家が経営していた酒場になった。
初めて彼奴に会った場所じゃった。
カウンターに座り、酒を酌み交わした。
出会ってすぐに家を出る羽目になったから、そんな機会はなかった。
一度はしてみたかったことを夢で見せてくれたんじゃろうか。
当たり障りない話をしたんじゃろうな。ワシも彼奴も笑っとった。
酌をしとると再び場面は変わり、グラス片手に風呂の中におった。
彼奴に湯船に浸かることを勧められ、試してみてからは虜じゃった。
それまでは湯桶のお湯で身体を拭くだけじゃったが、今となっては3日と我慢できん。
からだがぽかぽかと温まり、酒がよく回った。
現実では混浴どころか肌を見せ合うことさえ、終ぞ叶わんかった。
嘗ての憧れも手伝い、自然と距離が近くなる。
枯れた泉が溢れ、忘れていたオンナが顔を覗かせる。気付いてしまえば止めようはなかった。
唇を重ね、熱を増した下腹に手が伸びる。
相手の昂りを自身へ導いていく。
久し振りの快感にからだが強張る。
頭を抱え込もうとするが、胸に走る刺激に仰け反る。
遠い記憶の彼奴は、美化されてしまって、切れ長の瞳にスッとした鼻筋で、体つきも逞しくなっていた。
名残惜しかったが、直ぐ会えるという確信が呆気なく絶頂を齎す。
果てるとともに、深い眠りへと落ちていった──。
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