第12話 家に帰るまでが遠足
森の出口に差し掛かると、先行するエリックが足を止めた。殿を務めるエドガーもショートソードを構え、ダンもメイスを取り出した。
【地図】には光点が出現していたが、鉈と金鎚を構えること優先する。
「血の臭いに誘われたか」
エドガーの呟きと同時に、見つかったことを察した相手が飛び出してくる。
細長い手足に肋骨の浮いた胸、膨らんだ腹が特徴のゴブリンだ。
手には木の棒や手の平大の石を持ち、振りかぶってくる。その数5。
エドガーに左右から飛び掛かる2体の内、右の個体にはナイフで胸を刺し、腹を蹴飛ばしてナイフを抜く。
程なく胸が小さく爆ぜて、魔核が傷付けられたのだと思い至る。
左の個体はエリックの矢が右眼を貫いて間をつくり、返すナイフを胸に突き立てた。
ダンにも2体飛び掛かるが、振り下ろしてきた石ごと、2体まとめてメイスで吹き飛ばした。
ホームランッ!!
ただの観客であれば茶々を入れていたであろうが、残る1体は此方に来ている。
振り下ろされる棒を、左手に持った鉈で受け、右手の金鎚で側頭部を狙う。
が、身を躱され宙を薙ぐ。
追撃に一歩踏み出し、左手を袈裟懸けに振り下ろす。
鉈に食い込み残された木の棒が邪魔をし、思ったように振り切れず、胸を浅く裂いたのみ。
勝ち誇ったように乱杭歯を覗かせながら笑みを見せたゴブリンは、胴体を残して飛んでいった。
ダンのメイスが風を切る音を聞きながら、バックステップで飛び散る血を避けた。
「胸を潰せ!」
エドガーに言われるまま、残った胴体の魔核を破壊する。
森へ不浄は残したくないと、ゴブリンの死体を片付けるべく集めていく。
「いかん。逃げるぞッ!」
エドガーの声に顔を上げると、奥から木を圧し倒れる音が近付いてきていた。
「ダンさん、早く!」
飛ばした2体を探していたダンが慌てて戻ってくる。
ダンが戻ってくる間に虚子を使った【地図】を開く。
「「ダン、左だ!」」
エドガーと声が重なる。
茂みを越えようと跳ねるのに合わせ、頭上から人影が襲い掛かる。
「そのまま走って!」
ダンの後方を警戒していたエリックが矢を放つ。
左眼に矢を受けたゴブリンは草むらへ落下した。
そのまま走り出し、森の外へ飛び出す。
小麦畑の広がる丘の頂に差し掛かった時だった。
「跳べーっ!」
エドガーに言われるまま、稜線の向こうへと、前方へ跳ぶ。
「んぐぅ──」
呻き声とともに、鈍い音。
振り返りそれが骨と肉の潰れた音だと知る。
「「エドガーッ!」」
「父さん!!」
木に圧し潰されたエドガーが横たわる。
今まさに引き抜かれたであろう、枝も葉もそのままの木をダンが跳ね除けた。
エドガーに駆け寄るエリックを見て、周囲の警戒が自分の役割だと虚子を放つ。
激しい頭痛が襲いかかる。
追撃のないことを確認し、エドガーの許に駆け寄る。
心臓を守るように右腕で受けたのだろう、あらぬ方向に向いていた。
口元に血が付いている。
意識はどうか。
エリックの呼び掛けに対して反応が薄い。
ダンと2人で静かに身体の向きを変えさせ、頭を頂上に向けさせる。
顔を横にして舌根沈下を防ぐ。
──クソッ、肺が傷付いている。
口元の血が喀血と確認出来た。
右脇腹をさすると呻き声を上げる。
肋骨が折れて肺に刺さったと見ていいだろう。
左は問題なし。
通常なら開腹手術だが、追撃や狼たちの襲来や、衛生面でも不安がある。
動揺するエリックの頬を張り、矢を数本出させて添え木代わりにロープで腕を固定するよう指示を出す。
【回復魔法】で応急処置をしていく。
ダンは鍛冶仕事主体に学んできたため、火傷を治す程しか使えず、エリックも魔法自体を身につけ始めて2年程。
怪我をしたときの対処や、動物のからだの構造には詳しかったが、こちらも擦り傷や切り傷くらいだという。
この世界に来て2週間足らずの自分は言わずもがな。
「私がやります」
この中で欠けても問題ないのが自分だった。
周囲の警戒はできても、襲いかかられたときに対処する力は一番劣っている。
簡単な消去法だった。
村へ搬送出来るように、肺に刺さっている先端部分を除去しつつ、正位置に出来なくとも骨の接着をしていく。
肋骨の処置を終え肺の修復を始めたところで、エドガーの意識が戻った。
「ガハッ! カハ。彼奴は、どう、なった?」
「森からは出てきていません。肺が傷ついていますのであまり喋らないで下さい」
傷付いた箇所の修復を促していくが、治癒が一向に進まない。
「俺も、もう45だ。【回復魔法】…効き、にくい、だろ? …無理、しなくて、いい」
「父さん、諦めないでよ!」
肺の穴が徐々に塞がってきている感覚はあるが、マナが尽き掛けている。視界が惚ける。
「エドガー、しっかりしやがれっ! お前、この狩りが終わったら孫の名前を決めてやるんだって言ってたじゃねぇか!!」
おい、やめろ。
「ダン、これから集中して治療に当たります。周りを見ている余裕はないので警戒は任せます。エリック、エドガーの意識が切れないように声を掛け続けて」
リザの恩人だからだと、リナの客人だからと、多くを訊かずに同行を許してくれた。
たった一日だけど、学んだことは少なくない。
学ばせてもらったことに対して何も返せてないんだ。
ダンたちの返事も聞かずに治療に集中していく──。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【水魔法】の実験で肋骨に罅が入ったとき、患部の様子を確認しようと自分の身体にソナーを当ててみた。
【地図】をどんどん接近させて拡大表示させていく。認識が追いつく限り拡大に制限はなかった。
罅の入った周囲の骨芽細胞をマナで活性化させ、骨の再形成を促したので驚くほど早く完治できた。
エドガーの肋骨も同様に、破骨細胞による骨の破壊・吸収を、骨芽細胞で骨の再形成・接着を促した。
しかし肺の治癒は一向に進まなかった。
怪我に対してのアプローチを変える必要があった。
マウスなんかじゃ肺の再生力が高いことが知られているが、相手は中年男性だ。
あるか分からない幹細胞を捜して活性化させるよりも、今出来得る最善策を選択していく。
範囲をエドガーに絞り、虚子を放つ。
意識が飛びそうになるが、右腕と肺以外の損傷が軽いことは確認できた。
【収納】から野鳥の魔核を取り出し、マナのパスを繋げてエドガーの胸──傷付いた肺の上に当てる。
マナを空気代わりに右肺を膨らませ、破れた袋を繕うように、穴の周りを重ね合わせていく。
傷付いた細胞を除去し、ファスナーを閉じるように細胞接着させていく。
脳を酷使して血流が増えたか、のぼせてきた。弱い血管は耐えらずに鼻血が垂れてくるが、気にしてはいられない。
「──うぐぅ、ぐっ」
呻き声とともにエドガーが痙攣し始める。
強い衝撃を受けたことに身体の反応が追い付いてきたか。
身体を大きく曲げて嘔吐し、顔から血の気が引いていく。
肺の治療が間に合ってなければ、ここで終わっていた。
身体が細かく震え始めたので、マナで薄く包み、体表で分子振動を起こして熱を上げる。
ダンが焚き火を始めていた。
右腕の治療に取り掛かる。
砕けた骨の細かい破片は破骨細胞で破壊・吸収させ、大きな破片は腕が真っ直ぐになるように骨芽細胞に仮付けさせていく。
骨の仮処置が済んだところで血管の修復に掛かる。
切れている箇所は肺と同じ要領で繋げていく。
潰されてしまっている箇所は、血管内にマナの風船を通して内側から広げていく。
血流が戻り、内圧で血管の形が保持されている間に、左腕の正常なコラーゲンなどの細胞外マトリックスを模倣して、変形した細胞外マトリックスを再構成して外側から血管を保持させる。
これで骨髄の幹細胞が働けば、潰れてしまった細胞も新しい細胞に置き換わってくれるはずだ。
問題は神経だ。
傷付いていても辛うじて繋がっていたものはいい。
切断された神経繊維が近くに留まっていてくれたものも、そのまま繋ぎ直していく。
最難関は切断され離れてしまった神経繊維。繋ぎ間違えてしまうと、意識と肉体との差異が出てしまう。
本人に明確な意識があれば、仮繋ぎで確認しながら治療できるが、そうはいかない。
──イチかバチか。
肺の上に重ねていた右手をずらし、エドガーの魔核の上に重ねる。
野鳥の魔核は消失していた。
左手をエドガーの右手に重ね、魔核から右手を通る環を形成する。
エドガーの魔核にマナをゆっくりと通し、親和させて【巡廻】させる。
患部に意識を集中し、マナの流れをパルス状に変化させる。
──魔核よ、魂の形を憶えているなら在るべき肉体の姿を教えてくれ──。
切断されて相手が見つからない神経繊維を通るマナが飛び出した先、不規則な軌道でありながらも、特定の神経繊維に辿り着く。
──ヨシ。
幾度となく続くマナのパルスが正しい神経繊維の組合せを教えてくれた。
パルス状のマナを繋げ、神経繊維を引き寄せ合う。
神経繊維を繋ぎ合わせていき、最後に繋ぎ忘れがないか確認していくと、闇が意識を満たした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
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